第39話 甲子園
前回に続き、舞視点でスタートです。
「神谷君、端っこに居ないでこっち来なよ」
ベンチの隅の方に1人座る、彼に話しかけた。
「なんで、俺がピッチャーしなきゃいけないんだ?」
「投げるだけだから、気楽でしょ?
キャッチャーは、あたしだから楽に投げなって」
どんなボール投げるんだろ?
スポーツしてるとこ見たことないし、楽しみだな。
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
「ねぇ、あいつ何者なの?」
打席に入った、相手バッターがそう聞いて来た。
名前は、確か一ノ瀬君。
このあたりじゃ有名な野球少年。
「ただの同級生だよ」
「小学生の投げるボールじゃないっしょ」
一ノ瀬君が驚くのも無理はない。
神谷君の投げるボールが、ここまで速いなんてだれも予想してなかったはずだし。
ヒットどころか、ボールが前に飛ばない。
試合は、結局神谷君の活躍で、圧勝に終わった。
「ねぇ、中学行ったら野球しなよ」
帰り道、2人乗りした自転車の後ろで、彼の身体につかまりながら言ってみた。
「めんどくさい。
あと、重心ずれるから動くな」
「こんな感じ?」
「っ!!」
冗談半分に身体を揺らしたら、急ブレーキをかけられた。
「……歩いて帰るぞ」
神谷君は、相変わらずの無表情でそう言った。
途中で「疲れた」とわがままを言って、河川敷で休憩した。
神谷君は、何も言わずに川を見ている。
あたしは、座りながら彼の後姿を見ていた。
「野球やりなよ~」
「しつけぇな。
第一、お前は俺に野球をやらして何が目的だ?」
「甲子園」
それは、今は亡き父が高校時代目指していた場所。
女の子では、立つことに出来ない場所。
そして、限られた一握りの球児だけがたどり着ける場所。
神谷君ならもしかしたら……今日のピッチングを見てそう思った。
「甲子園で投げる神谷君、見てみたい」
「……どうして、俺にそこまで関わるんだ?」
振り向いて、彼はそう問う。
「なんでだろうね?」
「物好きなやつだ……」
その時、あたしは、初めて彼の笑みを見た。
中学に進級してからは、彼とはクラスも違うし忙しさで話す機会も減っていった。
学校には、一応来ていた。
でも、たまに彼の姿を見かけてもいつも1人だった。
「斉藤さん! 僕と付き合って下さい」
「ごめんね、あたし誰とも付き合う気ないんだ」
中学になって、告白されることが多くなった。
何これ? モテ期ってやつ?
付き合うなら、あたしが甘えることのできる男の子がいいなぁ。
空手をしてるせいか、男子相手でもケンカは負けない。
この前も学年で偉そうにしてる、男がしつこく絡んできたので実力を行使したばかり。
パパが居なくなって、愛を守りたくて始めた空手……今では、強くなりすぎたと思う。
実は、誰かに守ってもらう状況なんか憧れてたり……まぁ、あり得ないんだけどね。
「あれ? 神谷君今帰り?」
生徒が誰も居なくなった、下駄箱で彼に会った。
「……ん?
なんだ、お前か」
入学して、10か月振りの会話だった。
「なんだとは何よ。
せっかくだし一緒に帰ろ」
「勝手にしろ……」
彼は、下靴に履き替えて出て行った。
急いで上靴を履き替えて彼の後を追った。
「いつもこの時間に帰ってるの?」
「……まぁな」
「そう言えば、2組の上原さんに告白されたんだって?」
同級生の中でも異彩を放つ、神谷君に惹かれる女子は多い。
顔は、結構カッコいいしね。
「情報のお早いことで」
「なんで、断ったの?」
「別になんだって「お前が、斉藤 舞か?」ん?」
変な男2人に絡まれた。
こんな明らかに悪そうな男の子との知り合いは、居ないんだけどな。
「あたしがそうだけど何か?」
「うちの狩野を可愛がってくれたらしいじゃねぇか」
狩野……?
あぁ、あたしが実力行使を使ったあの男か。
「女の分際で生意気なんだよ!」
女だからって、なめないでくれる?
「おい、斉藤。
どうする気だ?」
「神谷君は、見とくだけでいいよ」
あたしが負けるわけないし。
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
「噂は、本当だったのか……」
驚く神谷君の目の前には、あたしが倒した不良×2。
「ザコも片付いたしかえろ」
「お、おう」
神谷君が少し引いてるのは、気のせいかな?




