第37話 再会は波乱と共に
「ショート!」
「ぐっ!」
センターに抜けようかと言う痛烈な当たりを関本がダイビングキャッチ。
セカンドにトスでボールを渡し、試合終了。
ツーアウト満塁のピンチを脱し、3対0で逃げ切りベスト16入りを決めた。
「ひやひやさせんなや」
「勝ったんだからいいだろ」
まったく、山中は心配性なんだから。
中学時代はあんまし、あれこれ言われなかったのになぁ。
俺がド素人って言うのもあったんだが。
「なぁ、中学の時はどんなキャッチャーと組んでたん?」
山中が帰りのバスで聞いて来た。
「そーだな、山中と違って細かいことは気にしない奴とだな。
ただし……」
「ただし?」
「俺はどうもそいつの野球観が好きになれなかった」
俺に細かいことを言ってこなかったのは、俺を嫌ってからかな?
でも、俺があいつのことあんまり好きじゃないからな。
「仲悪かったんか?」
「さぁ? 学校も違うっかたし、面と向かって話したことはあんまり無かったな」
「そいつの名前は?」
「一ノ瀬 春斗」
Side 藤井 高志
「とんでもないのが現れたな」
「藤井さん、彼は一体何者ですか?」
県予選の4回戦、シード校である、神戸西が敗れた。
春の県大会でもベスト8に入るほど強豪だ。
それを破ったのは1人の2年生投手。
「津佐高校の2年生、一ノ瀬か……あんな投手どこにも居なかったはず……今年の夏から投手に転向か?」
「調べときます」
相変わらず飯村が仕事が早いなぁ。
俺も少しは見習わないと。
しかし……神戸西のエースの負傷退場はアクシデントか、それとも……
Side out
Side 山中 淳
「神戸西が負けたぁ!?」
「うん、スコアは2対1で津佐高校の2番手の投手が好投したって」
練習の休憩中に北川はそう言って、再抽選が終わったトーナメント表を渡してくれた。
どこやねん、津佐高校って……
しかも、神戸西のエースはプロ注目の投手のはず。
春の県大会で唯一、神谷と互角の投手戦を演じた好投手やったのに。
「エースの人は打たれたんか?」
「ううん、3回に負傷退場で試合にはほとんど投げたてない」
「運が無かったんか……ところで津佐の2番手投手の名前は?」
「一ノ瀬って2年生。
試合のスタートはキャッチャーで、接戦になった試合は全部リリーフで投げてるみたい」
「北川……それってホントか?」
近くで黙って話を聞いていた神谷が声をあげた。
Side out
「うん、間違いないよ。
知り合い?」
「まぁ、少しな」
エースを負傷退場させたのか。
相変わらず勝つためには手段を選ばない奴だな。
「神谷ぁ、昔の仲間との再会に浸るのはええけど。
津佐と当たるのは準々決勝やぞ、次の試合に集中せぇよ」
「わーってるよ。
ちょっと、聞いただけ」
「なら、投球練習再開すんで。
水分は補給したか?」
「バッチリ」
にしても、ホント暑いなぁ。
こりゃ、明後日の試合も猛暑日だな。
「ボール! ファボール!」
この試合5個目の四球。
タイムをとって、山中がマウンドまで来た。
「一昨日まで晴れてたのに、なんで今日に限って雨が降るんだ?」
「一時的な雨や、それよりも次が4番やで、しっかり低めに集めんと火傷するで」
ベスト8入りを目指す試合は、現在2対1で開成が勝ってる。
相手の8回の攻撃時に天気が崩れた。
連続フォアボールでツーアウト一・二塁。
長打が出れば逆転という場面で、先ほどの打席で長打を打たれた4番を迎えた。
「スライダーはまだ打たれて無いだろ?」
「暴投だけは勘弁せぇよ」
「任しとけ」
審判の合図で山中のサインに頷く。
ストレート2球で相手の4番を追い込んだ。
山中の出したスライダーのサインに小さく頷いた。
これで決めろと言わんばかりに山中は軽く一回ミットを叩いてから、ミットを構えた。
一塁ランナーに目で牽制を送り、セットポジションから足をあげた。
「はぁー、疲れた」
勝った後の取材は、疲れる。
柄じゃないだけに余計にだ。
「神谷君! お疲れ様」
北川か、待っててくれたのか。
「神谷ぁ~、トイレ行こうや」
山中よ待っててくれたのはありがたいが、先に何か飲ませてくれ……
「待てって、先に何か飲み物……北川、ちょっと取って来てくれない?」
「え?
そこに自販機あるよ?」
「頼む」
「分かった、待っててね」
Side 山中 淳
神谷の奴は何考えてんねん。
北川をパシリに使って……
「よう、久しぶりだな」
っ?
神谷は誰に向かって言ってるんや?
「春斗」
「やぁ、会えて死ぬほど嬉しいよ」
春斗って、まさかこいつが一ノ瀬か!?
身長は、170くらいでそんな高くない……けどなんや、この何とも言えない圧迫感は。
「僕が偵察に来てたのは予想したのかい?」
「あぁ、お前は昔から偵察は手を抜かないからな。
それに、前の試合エースの人に何しやがった?」
険悪なムードやな。
ホンマに元チームメートか?
「ハハハ!
相変わらず、まじめ過ぎて困るよ、功は」
こいつ……まさか。
「中3の時だって、僕の言うとおりにしとけば神鳥 哲也は、壊れたままだったのに」
「……ダメだ。
どうも、お前とは考え方が合わないみたいだな」
「まぁいい。
今の功は、僕の敵じゃないよ。
そこに居るキャッチャーでは、功の力は3割減ってとこだからね」
言ってくれるやんけ。
黙って聞くほどワイは、大人しくないで。
「待てや。
考え方が合わないキャッチャーよりも、ワイが神谷と相性が悪いとでも言う気か?
一ノ瀬、お前よりも少なくともワイは「そうだね、全然ダメだ」っ!」
「山中だったな、君は功の本質を理解していなのさ」
「本質やと?」
「そうだ。
まぁ、昔と雰囲気も違うし分からなくても仕方ないと思うけどね。
じゃあ……僕はこれで……功、準々決勝で会おう」
右腕をあげ、一ノ瀬 春斗は去って行った。
「神谷ぁ、あいつの言ってた本質って何のことや?」
「……さぁな。
俺に聞くなよ」
本質を理解していないっか……それに、神鳥が壊れたままやったって。
まさか、あの事故は……
「神谷君、頼まれてた物……あれ?
2人してどうしたの?」
北川か、場を外してたのは幸いやったな。
Side out
「なんでもないよ。
飲み物ありがとう」
「え? うん」
あの夏の事故は、本当に春斗が仕組んだろうか?
そう、信じたくはない。
でも、確かめる勇気もない。
ただ、俺に出来るのは、今度こそ春斗を止めることだけだ。




