第36話 ダメです!
文化祭が終わり、梅雨が明けた。
高校生活二度目の夏、それは俺にとって野球部として迎える初めての夏。
長い甲子園への道のりの始まりだ。
「ちょっと、神谷君動かないで」
俺の右腕のアイシングをしている北川は、そう言って俺を注意した。
「すいません」
「初戦コールド勝ちだからって、ちゃんとケアしないとダメでしょ?
神谷君の右腕に開成の甲子園かかってるんだから」
「以後気をつけます」
「……ちゃんと聞きなさい」
やべぇ、北川の後ろに般若のようなものが見える……体中汗でびっしょりだ、
「はい、終わり!
明日の投球練習は控えること、分かった?」
「軽くならいいだろ?」
「ダメです!」
ぐぅ……目を盗んでしてやる。
「どうせ練習は私が付きっきりなんだから無理だよ」
大会の1週間前くらいに北川は、加持先生に俺の目付役を頼まれた。
なんでも、肝心のエースが無理のし過ぎで故障したらこまるとか。
おかげで何の不安も無く大会には望めたが……
「もっと、投げこまないとこの先不安だって」
投げ込み不足は否めない。
勝ち進む連投になれば、肩を酷使するから練習からの無駄の消耗を避けるってのは理解できるんだけどな。
「男だったらつべこべ言わない。
ほら、行くよ。
皆バスで待ってるし」
「へーい」
北川は、荷物を持って元気よく立ちあがった。
この夏、俺はどうしても北川を神鳥と再会させてやりたかった。
甲子園に出場できればそれが叶うと思っていた。
神鳥の居る聖王高校は、春のセンバツで準優勝したし、激戦区の神奈川とは言え春夏の連続出場は揺るがないだろう。
問題あるとしたら開成の方だな。
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「で、今日の反省は?」
「あー、初回、先頭に四球だしたとか?」
「正解や」
バスの中で隣に座る、山中と今日の試合の反省会。
歩きで帰る時は、近くの店、バスを使っての遠征の時帰りのバスの中。
その日のうちに振り替えるってのは、どちらでも変わらない。
「初戦やから緊張したんは分かるが、力み過ぎや。
結果は文句なしやけどな」
今日の試合結果は、12対0で開成の5回コールド勝ち。
俺は、5回を投げて被安打1の無失点。
四球は3つほどだしたがな。
「まぁ、これからだって」
「足元すくわれるのだけは勘弁やで」
「分かってるって」
反省会を終えて俺は、帽子を深くかぶり直した。
耳に愛用のウォークマンにつないだイヤホンをつけて、重い目蓋を閉じた。
Side 山中 淳
「山中君、これ昨日のスコアブックと頼まれてた次の対戦相手のデータ」
「すまんな」
北川からスコアブックと一冊のノートを受け取った。
データ集と書かれたノートには対戦校の特徴や選手のことまで細かく書いてある。
「油断は禁物だけど、今のウチの力なら問題ないと思うよ」
「せやな」
このノートのデータをもとにワイは、いつも配球の組み立てを考える。
神谷は、感覚で野球するタイプやからなぁ……このノートを見せても覚えへんしな。
ワイがデータを頭に叩き込むしかないんやけど……
「もうちょい、キャッチャーの苦労を理解してほしいわ」
「頑張れ少年!」
「ん? どこ行くんや?」
「エースの栄養管理」
「はいはい、行ってらっしゃい」
そういや、もう昼飯か。
ワイも何か食べるかな。
Side out
「丸川は、今日何食べんの?」
「俺様は、うどんだな」
昼休み、俺は丸川と2人で食堂に来ていた。
「ふーん、じゃあ俺はかつ丼でも食べるか」
「北川に野菜食えって、言われたんじゃなかったのか?」
「大丈夫だろ、ばれなきゃ「何が大丈夫だって?」……」
後ろを振り向かな、今振り向いたら取り返しのつかないことになるぞ。
「その右手に持った、カツ丼との引換券を渡しなさい」
「はい……」
俺のカツ丼が……
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「バランス良く食べないとダメって言ってるでしょ?」
俺は、昼飯を食べならが北川に説教をくらってる。
隣には美味しそうにうどんを食べる丸川、そして、美味しそうに食べているのはもう1人。
「神谷ぁ、カツ丼御馳走さん。
今度なんかおごったるわ」
俺の買ったカツ丼をたいらげた飛鳥。
北川は弁当持参につき、俺のカツ丼は飛鳥の胃袋へ。
食べたかったカツ丼……
「飛鳥の口約束は期待しないでおくよ」
「うっさいわ。
人の善意は黙って受け取れ」
「はいはい」
「で、私の話は聞いてた?」
「も、もちろん、これからは気をつけます」
舞に弁当を用意してもらわなくなって、俺の食事バランスは偏った……らしい。
せめて、学校でとる昼飯くらいはバランスよく食べろとの加持先生のお言葉。
「舞ちゃんが弁当作ってくれてた方が楽だったのに」
北川がため息交じりに言った。
「まぁ、舞の奴も自分のことで忙しいからな」
自分から舞の援助を断ったことは誰にも言っていない。
「……神谷ぁ、次の数学当たるけどウチのノート写さんでいいの?」
「マジか!?
丸川、わりぃけど俺先教室行くわ」
「そのノート後で俺様にも見せろよ」
「分かってる」
Side 福島 飛鳥
「ほい、ノート」
「サンキュ」
ホンマ、神谷のノートを写す速度は天下一品やな。
右手つかれへんのかな?
「神谷、最近舞と話してる?」
「ん? 最近はあんましだな。
野球中心に今は特に生活動いてるし」
最近……ね、舞がウチに泣きながら電話かけてきたのは一か月前なんですけど?
「舞とケンカでもしたん?」
「別に何もねーよ。
それに幼馴染ってだけで全部把握してるわけじゃないし」
それは神谷が分かろうとしないからやろ。
舞は、諦めるって言ってたけど結局村上と付き合ったんかな?
一緒に居るのはよく見かけるけど、噂は何も耳にしぃひんな。
「飛鳥? どうかしたか?」
「なぁ、神谷って舞のことどう思ってんの?」
「いきなりなんだよ?」
「いいから、答えて」
「どうって、言われてもなぁ。
ただの幼馴染だろ?
向こうだってそう思ってるって」
なるほど、舞が諦めるって言ってた意味が分かったわ。
「神谷……舞に身の回りの世話を断った?」
「んー、まぁな」
やっぱりな、それで舞は自分なんて必要ないって言ってたんか。
「もし、舞が他の男と付き合っても、お前は何も思わんの?」
「俺が口出すことじゃないだろ」
やろなぁ。
「ただ……いい気はしないのは確かだ」
……それを舞に言ったれよ。
Side out
「つーか、邪魔すんな。
俺は今写すのに必死なんだよ」
たく、ホント飛鳥は邪魔ばっかしやがる。
舞が他の男と付き合ったらか……そんなのいくらでもあり得るだろ。
でも、深く考えてたこと無かったな。
隣に居るがいつの間に当然になってしまったのかもしれない。
俺にみたいなどうしようもない奴には、勿体無いのに。
「今の発言、舞に言ったれよ」
「はぁ!?
嫌だね、舞が好きなやつと付き合うんだから、俺が邪魔してどうすんだよ」
「ヘタレ」
ほっとけ。
「座れ―、授業始めるぞー」
先生来ちまったじゃねぇか!
まだ、半分も写してねぇのに!
ちくしょう、飛鳥のやろう……覚えてろよ。




