第35話 そんなこと言わないで
「んぁ……あ、気持ちいいよ、こうにぃ……」
「……」
「ダメダメ、そこはだめぇ……」
誤解されてるかもしれないが、断じてやましいことはしていない。
「紛らわしい声出すな」
「だって、耳弱い、ん!」
何故か俺は、現在愛の耳かきをしている。
高1にでもなったら、自分でしてほしい。
つーか、俺には結構刺激が強いわけで……
「ほら、終わったぞ」
「ふぁーい」
……いつまで膝枕をさせる気だ?
「早くどけ」
「余韻で動けない」
「……」
「いたっ、急にどかないでよっ」
愛は、どこで道を踏み間違えたんだろうか……
高1にもなって、最近妙に危ない発言が多い。
悪影響を及ぼしている友達でもいるのか?
「そう言えば、まいねぇ遅いね。
まいねぇのことだから夜道も大丈夫だろうけど」
「そりゃ、言えてるな。
あいつの強さは超越したものがあるからな」
その後も愛と他愛もない会話をしている時だった。
愛が外に舞と村上がいることに気がついた。
「あの人、最近まいねぇと仲いい人だよね?
2人で何してるのかな?」
「さぁな」
しばらく愛と2人で舞たちを見ていた。
表情は、見てとれるが会話は聞こえない。
何回か言葉を交わした後、舞がぎこちなく頷いた。
……まさか。
「まいねぇ、告白OKしたんじゃない?」
だよな、ついに舞に春が来たのか。
「こうにぃ、どうするの!?
まいねぇが変な男と付き合っちゃよぉ!!」
慌て過ぎだ。
あと、暴れないでくれ、振り回してる拳がマジで危ない。
「どうも何も、舞の勝手だろ?
俺たちが首を突っ込むことでもないし」
「でもでも、付き合ったってことは……その……色々しちゃうんでしょ……?」
愛の頭の中はどうなっているんだろう。
話がぶっ飛び過ぎだ。
誰も居なくなった部屋の天井を見つめていた。
暗い部屋は、不気味だけど心は落ち着いた。
1人の時の方が落ち着いているように思えるあたり、心を閉ざしていた頃の名残があるようだ。
―コンコン―
窓をノックする音が聞こえた。
この部屋の窓をノックできる人物は1人しかいない。
「こんな時間になんだ?」
鍵を外し窓を開けた。
そこには、見慣れた幼馴染の顔があった。
「そっち、行ってもいい?
話がしたくて」
「このままじゃダメなの?」
「もういい、そっち行く」
相変わらず俺の意見は無視かい。
俺のテリトリーに侵入してきた幼馴染は何故か俺の隣、すなわちベッドに座った。
「何やってんだ?」
「客人を地べたに座らせる気?」
「お前は客人じゃないだろ」
「うるさいっ」
「っ! 相変わらずのボディブローだな……」
Side 斉藤 舞
あたしの大好きな人は、腹を押さえて深呼吸を繰り返している。
強く殴りすぎたかな?
「大丈夫?」
「まぁな。
つーか、彼氏いるのに他の男の部屋入って大丈夫なのか?」
はい? 何言ってるの?
「なんの話?」
「さっき、玄関で村上に告られてOKしたんだろ?」
見られてたのか……しかも誤解してるし。
「保留したの、でも多分断るかな」
「なんで?
付き合えば?」
功にそう言われて突然悲しくなった。
遠まわしにあたしのことをなんとも思ってないと言われたようで。
いつの間にこんなに好きになってしまったんだろう?
功を独占したい、自分だけを見て欲しい。
年月を重ねるほどにその想いは強くなっていく。
嫌な女だとつくづく思う。
功が他人と関わることが苦手なことをどこかで喜んでいた。
誰も知らない、功を知っているのは自分だけと少しだけ喜んでいた。
でも、高校生になって、君はあたしの知らないところでどんどん成長していく。
いつか君の隣にはあたしじゃない誰かが立ってるのかな?
近くて遠く、そして脆い『幼馴染と言う距離感』
「あと……もう、俺のこと気にかけてくれなくていいよ」
「え……」
下をうつむき彼は言った。
「俺さ、舞に頼り過ぎだなって思うんだ。
それに「……ないで」舞?」
「そんなこと言わないで!」
立ちあがって、功を見下ろしながら言った。
彼は、依然として下を向いている。
「でも、これ以上舞に負担をかけさせるわけにはいかない。
俺自身がもっとしっかりしないと」
聞きたくない、お願いだからそれ以上言わないで……
「あたしが居なくなったら功が困るよ?
朝だって遅刻するかもしんないし、ご飯だって1人だったら大変でしょ?
部活で疲れて帰って来た後に全部してたら……」
いつか壊れちゃうよ。
「大丈夫だ。
舞がいなくても俺はもうやっていける。
昔とは違う、野球部の奴らだっている」
功の新しい場所にあたしの場所は無いんだね。
「そっか……そうだよね!」
精一杯明るく、虚勢を張って言った。
「功だって、もう高2だもんね。
あたしなんかが居なくたって……大丈夫だよね……」
お願い、必要だと言って、傍に居てもいいと言って。
「あぁ、大丈夫だ」
あたしの中で何かが壊れた。
この場に居たくない。
「そっか……あたしもう寝るね、おやすみ……」
功に別れを告げてあたしは部屋に帰った。
何かが壊れたまま……
Side out




