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夏空  作者:
第2章
34/94

第34話 ただの幼馴染だよ


「神谷ぁ~、早く終わらせー。

ウチが暑さで溶けるぞ~」


 無視だ、自縛霊がいると思え、そこに人はいない。


「早くぅ~」


 無視だ……無視……


「舞の奴が村上に食べられるぞ」


「うるせぇ! 飛鳥(おまえ)は俺の邪魔をしたいのか!」


「最後のが一番声小さいのに反応したな」


 ちくしょう、なんか負けた気分だ。


 俺と飛鳥は現在2人で教室に放置プレイ。

 うちの学校の文化祭は、2・3年は演劇すると決まっている。

 俺と飛鳥は、くじでどの役も当たらなかったため、裏方に回りクラスの皆が体育館で練習をしている間に劇で使う小道具でも作っていると言う訳なんだが……


「お前も少し働け」


「ジャンケンで負けた神谷が悪いんやろぉ」


 ちくしょう、ジャンケンで負けると逆らえる気がしない。

 ジャンケンの持つ不思議な魔力ってやつだな。


「そういえば、理系の方はヒロインが舞で主人公は村上でやるらしいで」


「あっそう、興味無いね」


「あの2人付き合ってのかなぁ?

どう思います? 神谷君」


「舞が誰と付き合おうと俺には関係ないだろ」


「それ、本気で言ってんの?」


 飛鳥の口調が変わった。

 少し怒りを含んだ口調になった。


「どうゆう意味だ?」


「いい加減舞の気持ち、気づいたりぃや」


「なんの話だ?」


「舞は神谷のこと「福島せんぱーい」っち、なにぃ?」


 廊下側の窓を開け、飛鳥を呼んだ声の主、愛が姿を現した。

 何やら今日の練習についての話しみたいだった。

 愛は最後に、差し入れと言って、自販機に売られている紅茶を置いていった。


「で、なんだっけ?」


「もうええわ。

ただなぁ、神谷ぁ、今のままやったらそのうち全てを無くすで」


 本当に飛鳥は何言ってんだ?


「何を意味のわからないこと言ってんだ?」


「もういい」


 そっぽ向く飛鳥をよそに、愛が持ってきた紅茶で喉を潤した。

 なんで、俺は飛鳥に怒られるんだろうなぁ……

 機嫌悪くなるようなことしたかな?


「功、居るー?」


 噂のヒロインが現れた。

 廊下側のドアを開けて、愛と同じような形で入ってきた。

 ……やっぱ、姉妹だな。


「居るけど何?」


「今日さ、文化祭の練習で遅くなるから、愛と一緒に先に帰っといて」


「へいへい」


「愛のことよろしくね」


「わかって「神谷~、ウチちょっと席は外すから」いきなり、どうした?」


「大丈夫、すぐ帰ってくるから。

舞もちょっと待っといて」



 じゃ、と言って飛鳥は教室を出て行った。

 誰も居ない教室と廊下に教室の窓を挟み、俺と舞だけになった。


 身体の距離は数メートル。

 でも、高2になって俺と舞の距離は、もっと遠いような気がした。

 

 ――舞に甘え過ぎてたのかもしれない――

 最近そう思うことが多くなった。

 周りに馴染めなくて、いつも1人で居た頃に舞に会わなければ今の俺は居ないと思うし、野球もしていなかった。

 今になって、自分ことは自分でするべきだと思い始めていた。


「ねぇ、何かしゃべってよ」


 彼女は、窓際に身を乗り出してそう言った。


「……最近さぁ、功とあんまり話してないよね?」


「ん? あぁ、文化祭とか色々忙しいしな」


「そうだね」


 また、会話が途切れた。

 間に沈黙と言う名の音のない時間が流れる。

 

 その空気を破ったのは、あの男だった。


「さいとー、練習再開したいんだけど?」


 そう言って、舞の後ろから村上が現れた。


「ごめん、すぐ行くね」


 舞は忙しく教室へと戻って言った。

 ただ、村上は俺の方を見て廊下に立っている。

 その目の色は明らかに好意を抱いている目ではない。


「君が神谷か?」


「そうだけど?」


「斉藤とは、付き合ってるの?」


「ただの幼馴染だよ」


「そうか」


 口数は少なかった。

 ただ、その表情からは喜びが見て取れる。


「君はあんないい子が近くに居て何とも思わないのか?」


「そーだな」


「………俺は、彼女のことが好きだよ。

人当たりも良くて、芯の強い彼女が」


 なぜだろう、その時鈍器で殴られたような衝撃が頭を走った。

 ドクンと心臓の鼓動が強く打ち付ける。


「あっそう、俺には関係ないね」


「どんな手を使ってでも彼女は手に入れて見せる。

たとえ、君と彼女の仲を引き裂こうともね」


 村上は、そう言い残して去って行った。

 誰も居なくなったはずの廊下からは、聞き覚えのある男女の声だけが響いていた。


 

 

 









 Side 斉藤 舞


 功と愛はもう帰ったかな?

 すっかり周りは、暗いし早く帰ろう。


「斉藤、聞いてる?」


「え? ごめん聞いてなかった」


 軽いため息を1つした後、村上君は再び口を開いた。


「送って行こうか?」


「1人で大丈夫だよ。

それに、村上君家が反対「送ってくよ」え……?」


 彼の雰囲気に威圧された、有無を言わさないっと言うばかりのオーラが出ている。


「えーっと……じゃあ、お願いしようかな」


 結局、あたしは雰囲気負けした。


 誰も居ない夜道を村上君と並んで歩く。

 歩き出してから黙るあたしを彼は不思議そうな顔で見ている。


「どーしたの?」


「なんでもないよ」


「俺と居るの面白くない?」


「そんなことないよ」


 村上君の問いにあたしがひたすらに答えた。

 そんなことを繰り返しているうちに家に着いた。

 功の部屋からは、愛と功の声が聞こえる。


「じゃあね、今日は送ってくれてありがと」


「……待ってくれ」


 呼び止められたことに疑問を抱きながら、再び村上君の方を向いた。


「斉藤は、神谷のこと好きなのか?」


「え? いきなりどうしたの?」


「……まぁ、いいや。

ねぇ、俺と付き合わない?」


「え……?

ごめんなさい、あたし村上君のことそうゆう風に見れない」


「もうちょっと、真剣に考えてよ。

斉藤に興味が無い神谷よりは、マシだと思うよ」


 言い返せなかった。

 功は、本当にあたしに興味なんて無いように思ってしまったから。

 

 出会った時は、功のことをこんなに好きなるなんて思わなかった。

 臆病なあたしは、功に気持ちを伝えることも聞くことも出来ない。

 ならいっそ、今のままで……


「じゃあ、真剣に考えといてね。

返事はいつでもいいから」


 ぎこちなく頷くことしか出来なかった。

 彼が去ったあと、夜空を見上げて呟いた。


「ねぇ、功はあたしのことどう思ってる……?」


Side out


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