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夏空  作者:
第2章
33/94

第33話 打ち返すぜ

Side 加持 幸一


「ここか」


 やっと、見つけた。

 藤井の奴が行き成り来いと言うから来たのに、約束の居酒屋がこんな分かりにくい場所にあるとは。


「加持! こっちだ、こっち!」


 店内に入ると藤井が元気よく手を振ってきた。

 元気なのは相変わらずだ。


「で、行き成り呼び出してなんだ?」


「少し、話がしたくなってな」


「個人か? それとも……」


「個人の方だよ。

実は俺の所に、神谷君たちが加持(おまえ)の正体を聞いて来た。

去年の秋が終わったころだ」


「なんで今更そんなこと言うんだ?」


「そんな話をあったことを俺が忘れていたんだ」


 本当にこいつは、昔から適当だ。

 こんな奴が自分のチームの4番(・・)を打っていたと言うから笑えてしまう。


「別に隠してるつもりはないんだがな」


「お前の正体知ったら、驚く奴もいるじゃないか?

春の優勝投手そして、夏の準優勝(・・・・・)投手ってな」


 今となっては過去の栄光だな。

 当時は、自分たちが最強だと思っていた。

 4番の藤井に俺と久木のバッテリーは、甲子園でも圧倒的だったしな。


 俺の肘さえ、満足なものなら……最高の結果で終わることが出来たのに。


「そう言えば、久木は元気にしているか?」


 俺の問いに藤井は、胸から取り出した煙草を吹かしながら答えた。


「あぁ、なんせあの神鳥君を獲得したんだから、今年の夏は頂点を狙いに来るぞ。

センバツは準優勝だったしな」


 いつの間にか、神奈川の聖王高校になっちまってるしな。

 高校野球の監督をしていることすら知らなかったというのに。


「それで、今や近畿最強の公立校の呼び声高い、開成高校はどうなんだ?」


 今年の3月に行われた、春季近畿大会。

 夏の予選のシード決めも兼ねた大会だった。

 兵庫大会の優勝校として乗り込んだうちは、ベスト4と言う成績を収めた。

 主力を温存した私立(・・・・・・・・・)相手にだが。


「報明も新井は出してこなかったし、春のシード決めの大会は、強豪にとってはただの遊びだ」


「それでも……だろ?

実際、神谷君と山中君のバッテリーは、全国でも屈指だ。

後は層の厚ささえどうにかすれば、甲子園だって夢じゃない」


「そんな、簡単じゃないことは俺たちが一番知ってるだろ?」


 現役時代、俺たち館鳳高校のメンバーがそれほど苦労して、甲子園(あの舞台)にたどり着いたか……

 あの頃の苦労を今の教え子たちに、押し付けるのは正直気が進まない。


「俺は個人的に神谷君は、加持を超える逸材だと思っているが?」


「残念だが、同意見だ」


 ほらな、と言って藤井は笑みを浮かべた。

 そして


「まぁ、今日は野球のことなんか忘れて飲もうぜ」


 そう言って、ビールを頼むのだった。

 この男は、ただ飲みたかっただけっと、言うことに気付いた時には、俺はすでに酒豪のテリトリーに足を踏み入れていたらしい。

 今日は、どうやら朝帰りになりそうだ。

 

Side out











「ストレート」


「はいよ」


 投げたボールが高めに外れた。

 山中が立ち上がってなんとかキャッチ。


「わりぃ、ちょっと抜けた」


「気ぃ抜けとるのちゃうか?」


 山中はそう言って、ボールを返してきた。


「何やら考え事してるか知らんけど、夏まで時間がないんやぞ」


「分かってるよ」


 春の県大会で優勝した開成(うち)は当然ちょっとした注目校になっている。

 春の甲子園ベスト4の報明を倒しての優勝だったから尚更だった。

 新井や主力は甲子園の疲労を考慮して、出場してなかったがな。


「ほれ、開発中の変化球投げてみ。

ストレートとスライダーだけじゃ、夏は勝てんぞ」


「へいへい。

じゃ、行きまーす」


 山中がミットを構えるのを確認し、大きく振りかぶった。



Side 関本 陽一


 フリーバッティングの待ち時間、俺はずっとブルペンで投球練習をしている神谷を見ていた。

 バッティングケージでは、先輩が2か所で2人同時に練習している。


「関本さん?

ずっと、ブルペンの方を見てどうしたんですか?」


 同じように順番を待っている、桜井が不思議そうな顔で尋ねてきた。

 その横では、丸川が素振りを繰り返していた。


「いや、改めて神谷の奴は化け物だと思ってな」


「そりゃ、今やプロ注目の2年生投手ですからね」


「それでも、神谷は異常(・・)だ。

他の投手とは違う何かを持ってる。

それくらい、桜井だって感じるだろ?」


「僕がいつも後ろで守っていて思うのは恐怖と歓喜だけですよ。

もし、敵だったら絶対に勝てないと言う恐怖と頼もしい味方だと言う歓喜です」


 俺も桜井に同意見だ。

 しかし、1つ疑問がある。

 今のチームには神谷と同格と呼べる、山中と言う選手がいる。


 もし、そのような同格の選手が居なかったら?

 神谷は間違いなくチームから孤立する。

 あいつの力と才能はそれほどのものだ。


「俺様なら敵になったとしても、打ち返すぜ」


「丸川……盗む聞きとは、見損なったぞ」


「丸川さんは打てるんですか?」


今の(・・)、神谷だったらな」


 丸川だって、中学時代は山中ほどとは言わなくてもそこそこ有名な打者だし、高校に入ってからも数段進歩しているが……神谷はそれ上回る速度で成長している。


「癪だが、神谷(あいつ)はどうも底がしれん。

それに、たまにだが中学の時にまともな指導を受けてたのどうか疑うプレーもするしな」


「いい意味で、めちゃくちゃに未完成だな」


「でも……神谷君っていつから野球を始めたんでしょうか?

中3の最後だけ、居たような印象をうけますよね」


 確かにな、神谷の名前を知ったのは中3の最後の大会。

 もう少し早めに知っていてもおかしくないと思うだが……


「神谷の過去か、面白そうだな」


 丸川がそう呟いて悪そうな顔をしている。

 この顔時はロクなことを思いつかない。


「舞ちゃんに聞くか?」


「俺は興味ないからパス」


「僕も神谷君が話さない以上、知るつもりもないんで」


 丸川は1人だけ意見が食い違い、驚いた表情をしている。

 貴様は斉藤と話がしたいだけだろうに。


 お、ようやく俺のたちの打つ番か。

 1人佇む丸川を置いて、俺と桜井は打席に入った。

 


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