第26話 嘘はダメだよ
さて、ややこしいことになった。
加持先生のことを聞くために藤井さんに連絡を取り、約束を取り付けた所まではよかったんだが……
「は!? 北川も連れ来いだって?」
『あぁ、それが藤井さんが出した条件や』
「はぁ、分かったよ。
じゃあ、当日は俺とお前と北川と3人で『何いってんねん?』へ?」
『わいは行かんぞ、関係無いしな。
北川にはお前が連絡いれとけ。
まぁ、頑張れや、じゃ』
「おい! こら、待て!」
と、まぁ、こんな感じで昨夜の電話は切れたんだが、メインの問題はそこじゃない。
「ごめん! 待った?」
「いんや、今来たとこ」
「そっか、それで、今日はどこに連れて行ってくれるのかな?」
そうメインの問題とは、北川がこれを約束していたデートと勘違いしてることだ。
なんで勘違いしてるんだって?
電話の向こうの北川の勢いに押されて言いだせなかったのさ……
念のために言うが、俺はヘタレでは無い……と自負している。
「――ねぇ、聞いてる?」
「ん? あぁ、聞いてるよ」
「嘘はダメだよ」
っ! 地味に痛いです、手の皮をひねられるのは。
なんか、すでに機嫌悪くない?
やべぇよ、もし、ホントのこと言ったら機嫌悪くするんだろうなぁ。
「はい、ごめんなさい。
で、なんだっけ?」
「言い訳は後で聞いてあげるから。
今日の本題を話して」
……なんで、ばれてるんだ?
「電話の前で神谷君、挙動不審だったじゃない。
あれだと、誰でもわかっちゃうよ」
「ごめん……じゃあ、ちょっとついて来てくれ」
「――て、なわけで、加持先生の素性を教えてもらっていいですかね?」
「なるほどな……加持のことを知りたかったのか」
藤井さんの要件は、個人的な話だった。
俺とは本当にそれだけだった、ただ、北川を呼び出した理由は分からない。
彼女にはまったく、話題を振らず、藤井さんの要件は終了。
本当に無駄に連れて、来ただけだったんじゃないか?
「まぁ、加持は自分のことを話さないからな」
「ですから、藤井さんなら何か知ってると思って、親しそうですし」
「そうだなぁ、なんて言えばいいのか……」
藤井さんは頼んだコーヒーに一口つけると、遠くを見るような眼で口を開いた。
「俺とあいつは高校時代、同じチームで3年間過ごした。
愛知県にある、館鳳高校、そう言えば大体分かるだろ。
まだ、知りたいなら加持に聞くといい」
Side 北川 沙希
私なんで、呼ばれたんだろ……ただ、座って話聞いてるだけなんて、暇すぎる。
神谷君は私を置いて、トイレに行っちゃうし、私にこの無精ひげを生やした人と何を話せって言うの。
「君が、神鳥君の妹か?」
「え?」
驚いて思わず顔をあげた。
私を見る彼の瞳は確信を得ていた、それだけは間違いない。
「この仕事がら、色々な話を聞くんだ。
神奈川の友人から、神鳥君が妹のことを心配してると聞いてね。
名前は間接的に知ってたから、君だとすぐに分かった」
「それで、仮にそうだとしてなんですか?」
「伝言があってね、『すまなかった』それと、『また、必ず会おう』だそうだ」
お兄ちゃん……もしかして、ずっと心配して……
「俺が今日、君を呼び出したのはそれを伝えるためだ、じゃあな」
藤井と名乗る人は、そう言って、爽やかな笑顔で去って行った。
「あれ? 藤井さんは帰ったのか?」
「え? うん、さっき帰ったよ」
お兄ちゃん……また、会えるよいいな。
Side out
『館鳳高校? 確かにそう言ったんか?』
「あぁ、知ってるか?」
『当たり前や、15年前、甲子園に旋風を起こした伝説の高校や。
なるほど……加持って、あの加持 幸一か』
電話の向こうで山中は1人で納得した様子。
「詳しく話せ」
『また、今度な、ほな』
切りやがった……ったく、話せってんだよな。
「こうにぃ、誰と電話してたの?」
「ん? 部活の奴だよ」
「北川さん?」
「その隣に居た奴だ」
「山中君か……ホント?」
疑うことか?
つーか、俺の顔を覗き込む愛の顔が近すぎるんですけど……
「愛、ちょっと近い」
「最近こうにぃ、部活ばっかりで全然かまってくれないから。
甘えていい?」
その、上目遣いの顔で俺を覗き込むな!
誰だよ、愛に男を誘惑するようなことを教えた奴は!?
危険な中3だ、まだ、身体が発展途上でホントよかったと切に思う。
舞はスタイルいいからなぁ、愛もあんな感じになるのだろうか?
だと、したら俺の理性は将来本当に危ない。
「1階に舞も居るのにダメに決まってんだろ。
舞が洗いもの終わったら、お前も帰れよ」
しかし、舞に家事をほとんどしてもらっている、俺は相当情けない男だな……
Side 斉藤 愛
む~、こうにぃ最近冷たいよぉ。
部活始めて、毎日充実してるのは分かってるけど……
「もう少し、かまって欲しいな」
「十分かまってるだろ?」
そう言って、こうにぃは愛の頭に手を置いて、髪をくしゃくしゃにする。
昔からこうにぃが愛にしてくる、ちょっとしたクセみたいなもの。
その手から伝わってくる暖かさは、優しくてどこか、切ない。
大事には思われているけど、特別には思われていない。
何も語らない、大好きな人の手はいつも、そう言っている。
「ねぇ、こうにぃは好きな人とか居る?」
「……居ないよ」
「愛はね、居るよ」
ずっと……ずっと、大好きな人が。
こうにぃを独占したい。
自分だけものにしたい。
きっと、こうにぃが他の女と仲良くしてるのを見てると、きっと自分が自分じゃ無くなるほどに、愛はこうにぃのこと……
「ふーん、愛にもとうとう、好きな男が出来たか」
え!? この流れって普通、誰か聞く流れじゃない!?
こうにぃって愛にそこまで興味無いの!?
もう、泣きそう……
「泣きそうな顔してどうしたんだ?」
こうにぃのせいだよ……
Side out
急にそんな、泣きそうな顔してお前、一体どうした?
「なっなんでもないよ。
それより、早くゲームしよ」
「あぁ、分か……」
愛の提案に乗ろうとテレビの前に座った時だった。
聞こえたのは何かガラス類が割れる音、そして、誰かが倒れる音。
「なんだ!?」
慌てて部屋を飛び出した、俺と愛の目に飛び込んできたのは、割れた皿の残骸と床に倒れる舞の姿だった。




