第24話 なにがや?
「で、さぁー困っちゃうわけ」
「へー、北川って、ゴキブリとか大丈夫なんだな」
「まぁね♪」
今の話の内容は『家に出てくる害虫』について。
どこで、こんな話に発展したのかまったく分からない。
あれこれ、くだらない話をしている間に北川の家に着いてしまった。
「じゃあ、また明日」
「うん……」
早くこの場所を去ろう。
出てきてほしくない話題が出ないうちに。
「ねぇ、少し待って」
立ち止まるな、聞こえないふりをして足を動かせ。
「振り返る気がないならそれでいいよ。
そのまま、聞いて」
……無視するわけにはいかない……か。
「なに?」
「告白の返事だけどさ」
やっぱ、それか。
触れてほしくない話題だったんだけどな。
「それのことだけど「まだ、いいよ」はい?」
Side 北川 沙希
彼は驚いた表情で私を見てる。
そんなに驚かなくてもいいのに。
「私、少し勢い余って告白した感じだったでしょ?
だから、返事はまだいいかなって。
それに……」
今の君の答えは分かり切ってしまっているから。
「神谷君が私を好きになってくれるまで私、頑張る。
だから、返事はまだしなくていいよ」
きっと、これが今の私に出来るベストなんだ。
Side out
「いいのか?
本当にそれで?」
「うん、だから、大会終わったら2人で何処か行こうよ」
「分かった、考えておくよ」
「ホント!? 約束だよ」
そう言って、彼女は小指をピッと立てた。
「約束の指きり」そう言って、彼女は俺に手招きをした。
俺は何も警戒せずに招かれるがまま彼女に近づいた。
それは一瞬だった。
「ありがと……」
そう呟いて、彼女は自分の唇を俺の唇に重ねた。
あまりに突然過ぎて、彼女の顔が離れた後も俺は声が出なかった。
そんな俺の瞳に映ったのは
「明日の試合、頑張ろうね!」
そう言って、忙しく家へと入る北川の姿だった。
「調子は良さそうやな」
試合前のブルペンでの投球練習を終えた俺に山中が話しかけてきた。
いつも、明るい表情には緊張の色。
まぁ、相手が相手だしな。
視線を相手のベンチにやった。
ベンチの前で新井が凄まじい、スイングスピードで素振りしていた。
「新井を一試合抑えるのは、しんどそうだなぁ」
そう呟く俺の背後から声がした。
「フン、俺様の所に打たせれば全部さばくぜ」
そう言って、5番、中堅手の丸川はすでに鼻息が荒い。
「神谷君、エラーしたらすいません」
2番、二塁手の桜井はそう言って、頭を下げたが、桜井がエラーしたところは見たことがない。
「俺の分析にはすでに終わっている、安心して投げろ」
眼鏡をかけなおして、1番、遊撃手の関本は微笑した。
「無駄口、たたく暇があったら、バットでも振っとけ」
自分のミットの形を入念に確かめながら、4番、捕手の山中は言った。
実に頼もしい奴らだ。
こいつらがバックにいるから俺は安心して投げられる。
やがて、主審の人の合図で両チームが整列した。
俺たちにとって、春のセンバツをかけた、大一番の試合が始まった。
Side 藤井 高志
「飯村ぁ、まだ、着かないのか?
試合はとっくに始まってんだぞ」
「そんなこと言うなら、先輩が運転してくださいよ!」
「悪い悪い、できるだけ急げよぉ」
開成対報明を楽しみにしてたんだからな。
神谷君が初めて対戦する、全国クラスの高校だ。
報明打線にどれだけのピッチングが出来るか、力の差は歴然だが、どうしても期待してしまう。
「着きましたよ」
「よし、見に行くか」
車を降りて、球場のほうへ向かった。
報明の攻撃、開成のマウンドにはエースの神谷君か。
点差は? イニングは?
「8回表……0対1か」
投手戦か……開成の打線では報明からそう何点も取るのは難しいからな。
しかし、神谷君が報明打線を1点で抑えているとは。
Side out
「ナイスピッチ」
8回表の報明の攻撃を抑えた俺に山中が嬉しそうに話しかけてきた。
「どうも、でも、無得点のままじゃ勝てないぞ?」
「わかっとるよ、ぼちぼち、反撃せなアカンな」
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「……お前、やっぱすげぇな」
「なにがや?」
山中はそう言って、とぼけた顔をした。
一番点の欲しい時に逆転ツーランって……話が出来すぎだろ。
8回の裏、ヒットで出塁した桜井を2塁に置いて、山中はバックススクリーンにボールを叩き込んでしまった。
打った瞬間にホームランとわかる完璧な当たりだった。
改めて、山中が敵でなくてよかったとつくづく思う。
「それより、神谷。
最後の1イニング頼むでぇ」
「任しときな」
山中と言葉を交わした俺は9回……最終回のマウンドへと向かった。




