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夏空  作者:
第1章
20/94

第20話 私は君のこと

 『神鳥 哲也(かみとり てつや)』の名前は甲子園での活躍で一気に全国へと広がっていった。

 当然、俺は連日甲子園の舞台で打席に立つ神鳥の姿を見ながら夏休みを過ごしていた。


「これでベスト8か」


 3回戦、神鳥のいる神奈川代表・聖王高校が報明学園に勝利しベスト8入りを決めた。

 神鳥は4打数3安打3打点の活躍、1年生4番ながらすでに実力は3年生に匹敵する。


「でも……なんで復活したんだ?」


 そうさ、あいつは俺のせいでもう野球が出来ないと言っていたのに。

 この手の情報に詳しそうな人物は1人しか思いつかない。














「やぁ、よく来たね。

神谷君」


「どうもです、藤井さん」


 藤井さんが勤める事務所、近くの喫茶店で2人で会った。

 高校野球の雑誌を取り扱う藤井さんなら裏情報に詳しいはずだ。


 頼んでいたコーヒーを一口飲むと藤井さんはゆっくりと口を開いた。


「君の言いたいことは大体察しはついている。

残念だが神鳥君の詳しいことは分からない。

ただ、ハッキリしているのは彼にとって君が起こした事故はもはや過去でしかないと言うことだ」


「神鳥にとって、終わったことでも俺の中ではまだ……」


「そうやって、自分を責めるのはもうやめにしないか?

自分の気持ちに正直になったらどうだ?」


 黙りこみうつむく俺に藤井さんは言葉を続けた。


「野球をやるんだ。

山中君に誘われているんだろ?

それに君はプロになれるだけの資質がある。

今のままでは宝の持ち腐れだ」


 そんな簡単に割り切れるかよ。

 人の幸せをぶち壊しにしといて自分のやりたいことをやるだと?

 俺にとってはナンセンスな話だ。


「俺はもうしないと決めたんです。

今になって変える事は……」


 あれ? なんで後の言葉が出てこないんだ?

 言え……言うんだ!!


「そこで詰まるってことはそれが君の答えだよ」


「……」


「おっと、もう時間か。

お勘定は済ませておくよ、今日は君と話せてよかった。

これは個人の希望だが、君と神鳥君が勝負する所を見てみたいよ」


 そういい残し藤井さんは夏の日差しが見え始めている、街へと姿を消した。

 1人になった俺は、自分の顔が移るコーヒーの水面を眺めることしか出来なかった。














 頭の中が何かで一杯のときは時が過ぎるのが早く感じる。

 夏の甲子園はすでに終了していた。

 神鳥のいる聖王高校は結局ベスト8止まりだった。


「今日で補習も終わりやなぁ」


 横にいた山中が腕を天に突き上げ身体を伸ばしながら呟いた。


「そーだな。

これから夏休みを謳歌するだけだ」


「ワイも県大会へ向けて頑張らんとアカンわ」


 開成の野球部は夏休みに行われた地区大会で3位に入り、秋季県大会への出場を決めていた。

 上手くいけば春の甲子園が狙える大会だ。


「勝てそうか?」


「お前がいれば楽になるかもの」


「はいはい、分かったって」


「真剣に考えてくれへんか?」


 山中の口調が急に真剣なものへと変わった。


「ワイはなんとしても甲子園へ行きたい。

今回の大会を含めて、チャンスは残り4回しかない。

その中で出るにはお前の力がどうしても必要なんや!」


「……それはお前の都合だろ。

俺に押し付けんな」



「はぁ、俺は一体何やってんだろ」


 山中から逃げるように去った俺は学校の屋上で寝転びながら空を眺めていた。

 神鳥のことを知ってから頭にかかった霧が晴れない。

 光の差し込まない霧の中に俺はずっと立っている。


「俺に……俺にどうしろってんだ」


 

 そう呟く俺に声をかける人がいた。


「神谷君?」


 起き上がった俺の目線の先には北川が立っていた。


「北川……」


 それが俺の口から出た精一杯の言葉だった。

 きっと今、俺の顔は最高に冴えないだろう。


 でも、それは彼女も同じだった。


「何、考えてたの?」


「色々だよ」


「私のこと気にして野球をやりたいけどやらないとか?」


「北川は関係ないよ、俺が決めたことだ」


「関係ないこと無いよ!」



Side 北川 沙希


 私は神谷君に謝らなきゃいけない。

 彼が前に進むために。


「私ね……嘘ついちゃったの」


「は?」


「ホントはね、神谷君のこともう恨んでたりはしてないの。

そりゃ、初めて話すまではそうだったかもしれないけど、今もういいの」


 君は優しくて、私なんかよりもずっと弱い人だから。

 きっとこの先も自分で十字架を背負って行くのだろうけど、そんなことは誰も望んでいないよ。


「だって、神谷君はホントは野球したいんでしょ?

だから……」


「北川、変な同情は要らない。

お前が俺のことを恨んでいようが恨んでいなくても、俺は……」


「同情なんかじゃないよ」


 そう、これは同情なんかじゃない。

 私の中に芽生えた気持ちが私を動かすの、彼を助けてあげたいって。

 そうだよ……私は君のこと……


「私、神谷君こと好きなの」


「え……?」


 驚いた顔してる、それもそうだよね。

 私だってまさか告白することになるとは思っていなかったけど、なんかスッキリしちゃった。


「いや……北川……いきなりそんなこと言われても……」


「神谷君の返事は1しかないよ」


「はい?」


「野球、やろうよ。

返事は野球部入ってから聞いてあげる!」


Side out


 

 めちゃくちゃだ……告白の次は野球部に入れだと?

 つーか、北川の顔、赤すぎだろ。


「北川、それ本気で言ってる?」


「もちろん!

それとも、乙女の告白を冗談として流すつもり?」


 そんなつもりは毛頭もございません。


「でも、俺は「これは野球部いり、決定やの」は!?」


 山中!? いつからそこに!?


「ちょ! 山中君なんでいるの!?」


 北川も知らなかったのか。

 つーことはさっきのはマジ告白……


「安心せい、ワイは何も聞ぃとらん」


 そんなニヤニヤした顔で言われると確信犯にしか思えねぇよ。


「山中君……ひどい……」


「まぁ、ええやないかい。

で、神谷、返事を聞こか」


「……1週間、待ってくれ。

少し時間が欲しい」


 でも、今回は前向きに考えてだけどな。


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