第12話 ピッチャーを……だろ?
「ナイスピッチング!」
試合後、そう言って山中は俺に声をかけてきた。
気がつくと俺は試合終了まで投げていた。
相手のバットにボールはかすらず、6者連続三振で試合は終わった。
「そりゃ、どうも」
「なぁ、やっぱもったいねぇよ。
ワイらと野球しようやぁ」
「それは終わった話だ」
この試合で湧き上がってきた『野球をしたい』という感情を俺は自分の心の奥へとしまった。
そうさ、俺はもう野球はしないんだ。
「よう! ナイスピッチングだったな。
神谷 功くん、それに山中君も久しぶり」
俺の名前を言って近づいてきた、剃り残しの無精ひげを生やした、タバコ臭いおっさん。
山中とは知り合いみたいだけど。
何者だろう?
「まぁ、そう警戒しないでくれ。
君の代わりに今日出る予定だった男さ」
お前のせいか!
と思わずつっこんでしまったが心にしまっておこう。
「俺は野球雑誌の記者なんだが、去年君のピッチングを全国で見てファンになったんだ」
「そうっスか」
「素っ気ないな……山中君と居るってことは県立の開成高校ってことか。
打倒・報明高校ってところかい?」
「俺、野球は中学でやめたんです」
「これマジなの山中君?」
「マジですわ。
僕の熱烈の歓迎も木端微塵ですわ」
「いい加減あきらめろ。
俺はもう野球はしないと決めたんだ」
「ピッチャーを……だろ?」
なんだよおっさん、その自信ありげな顔は?
「どうゆう意味ですか?」
「実はな俺、君のあの試合を会場で見てたんだ。
君があの事故を気にしているのは分かるさ。
自分のせいで1人の野球人生を奪ったんだからな」
「……」
「俺は別に君を責めてるわけじゃない。
ただ、あの時、君の見せた底知れない才能に惚れたんだ。
甲子園という大舞台で投げる君を見たい、1人の野球ファンとしての期待だよ」
「それは期待を裏切ってすいませんね」
「まぁ、いいさ。
するかしないかは君の自由だしな。
俺の名前は藤井 高志。
縁があればまた会おう」
あれを見てなお、俺に期待するのかよ。
あのオッサンは。
『物好きな人だ』それが藤井 高志と名乗る男の第一印象だった。
Side 山中 淳
「なぁ、神谷ぁ。
あの試合ってなんや?」
「お前には関係ないよ」
んなこと言われてもなぁ。
ワイとてここまで断固野球をしないと言い続けるこいつの原因には興味ある。
「山中君、誰にだって聞かれたくないことあるよ」
「北川、お前の言うことは理解できるけど、ワイだってちゃんとした理由を聞きたい」
「勘弁してくれ」
こいつは断固言わん気か。
野球をやめるほどの原因になった試合ってどんな試合なんや?
Side out
Side 北川 沙希
「ごめんね、神谷君、家まで送ってもらっちゃって」
「家の方向が一緒だっただけだよ。
山中は駅から逆方向だし」
私は今、神谷君と家までの道を歩いている。
彼が「家まで送ると」言いだして付いて来てくれた。
正直、私は自分の気持ちに戸惑っていた。
私は神谷君を恨んでいた、少なくとも始めて話す日まで。
彼は思っていた人と違って、優しくてどこか少し抜けた所のある人だった。
今、私は彼との会話を純粋に楽しんでいる。
彼のせいで私の家族はバラバラになったと言うのに……
「北川? おーい、どうした?」
「え? あ、うん。
ちょっと、考え事」
私の顔を覗き込んだ彼は「そっか」と優しく微笑む。
どうして、君はそんなに優しい人だったの?
君がもっとひどい人なら……思った通りの人だったなら……
「ねぇ、神谷君」
「ん?」
「神鳥 哲也って、知ってる?」
「え?」
きっとこんなに苦しまずにすんだのに。
Side out




