第1話 こんなのが見つかるから?
放課後、部活や帰宅で賑わう生徒を横目で眺めながら、俺は自分の席で欠伸をしていた。
すぐに立ち上がって帰宅しないのは、人混みの中に飛び込むが面倒だから。
寝不足でけだるさが残る身体に、大勢の生徒による人波はけっこう気がつかれる。
高校に入学して一週間、こうして人が少なくなるのを待ってから帰ることにしている。
たとえ、面倒な奴に絡まれたとしてもだ。
俺の名前は『神谷 功』、兵庫の県立開成高校に通う、高校1年生。
これといった特徴は無いし俺は何かを自慢するのは好きじゃない。
普通に日常が過ぎるならそれが一番だと思うほどの平和主義だ。
そんな、俺は一週間前から面倒な奴に放課後かならず絡まれている。
そう、入学式からだ、これってもうストーカーじゃね?
とか思っているのも事実だ。
家まで尾行してくるとかそんなんじゃない。
あいつの言い分は
「一緒に野球やろうや!!」
今日も懲りずに来たよ……
野球部特有の坊主頭をしている、そいつは俺のクラスに入って来るなり、一直線に俺の席へと向かってそう言った。
「だから、何度も言ってるが俺は中学で野球をやめたんだ。勧誘なら他当たれ」
「んなこと言わずにワイと一緒に野球やろうや、きっと楽しゅうてしゃあないで!」
こいつの名前は『山中 淳』俺に付きまとうストーカー、もしかしてあっちの奴か?
だとしたら、俺の身が危ない。
……まぁ、今は置いておこう。
公共の場では襲われる心配は無いはずだ。
「しつこい奴だな。
第一なんで、お前みたいな奴がこんな公立にいるんだ?
強豪校からの勧誘だってあったはずだ」
そう、この山中は中学時代、近畿圏内では名の知れ渡ったスーパー中学生だった。
あえて、甲子園への困難な道のりを選んだバカなのだろうか?
現実はそう甘くない。
「何いってんねん。
そんなこと言うたら、お前もやろが。
弱小チームを全国大会ベスト4まで導いたエース 神谷 功」
こいつが何故俺のプロフィールを知っているかは置いといて、自慢ととられるようなことは好きじゃないんだけど。
「野球は中学でやめるって決めてたんだ。
金のかかる私立より家から通えて金のかからない公立に来るのは当然だろ?」
「よし。
なら今日からまた始めよ」
山中は俺の両肩に両手を置いてきた。
手から伝わる力強さがこいつの本気度を示していた。
このやり取り。
かれこれ一週間続いてるんだぞ?
いい加減あきらめてほしい。
「お前がどれだけ真剣でも俺の気持ちは変わらない。じゃあな」
俺はカバンを持って、人が少なくなった廊下へと向かった。
「ホンマにええんか!? 今しか甲子園を目指せへんねやぞ!!?」
後ろで山中が声を張り上げる。
「……お前と違って俺はその場所にそこまで興味を持てねぇよ」
俺は教室を振り返らず、岐路についた。
全く今日もあいつのしつこい勧誘に疲れたぜ。
自室のベッドでとりあえず昼寝でも……
家の二階に上がり、ドアを開けるとそこには見慣れた少女の姿が。
「ん? おかえり~」
「貴様、人の部屋で何をしている?」
「掃除。
だって、功の部屋汚いもん」
今、俺の部屋否、俺の家に上がり勝手に掃除していたのは俺の幼馴染の女の子の『斉藤 舞』
地毛の茶髪にショートカットで顔は可愛い部類に入って相当モテる。
俺が聞いた話だけでも中学時代から何回も告白されている。
それなのに一度も彼氏が出来たことないのには不思議だが、こいつは中学時代ある伝説も持っている。
中学時代、近所の不良を無双し一掃。
その後、この付近一帯に平和をもたらしたと言うプチ都市伝説。
こいつはとにかくモテるが女子とは思えないほどケンカが強い。
これもきっと中学2年までやってた空手のせいだろう。
「いくら幼馴染とはいえ最低限のプライバシーは守れ」
俺は部屋へと入り、自室の机の上にカバンを置き、ベッドに腰掛ける。
「あんた、いつからあたしに意見するようになったの?」
や、やばい!
指をならすあの動作は戦闘態勢に入ろうとしている!!
山中の勧誘に少しイラついていた!
このままでは俺の命が!!
「ま、待て! 俺が言いたいのは思春期の男の部屋に入るなという意味だ」
「へー、なんで?」
彼女は首をかしげる。
察してくれそのくらい!
「なんででもだ。お前だって部屋に見られたくないものくらいあるだろ?」
「無いよ」
平然と言い切る彼女に俺は疑問に思った。
……年頃の女の子ってそうなの?
「と、とにかくだ! 自分の部屋くらい自分でするから勝手に荒らさないでくれ!」
「こんなのが見つかるから?」
舞はわきの方から一冊の本を出した、それを見た瞬間俺の中の何かが急速で暴れ出す。
そ、それは!! ベッドの下というベタな場所に隠していたあの本!!
何かは男の子なら分かると思う。
「とりあえず返せ」
「まだ18歳でもないのにこんなもの持ってていいと思ってるの~?」
舞はニヤニヤしながら、薄いその本をぱらぱらとめくる。
俺だって男だ! 興味持って何が悪い!!
なんて、恐ろしくて言えない。
こうなったら……
俺はある決断をし、ベッドから立ち上がり、舞との距離を詰めていく。
「じゃあ、お前を襲えって意味か?」
「へ? ちょ、ちょっと何言ってんの!!?」
よし、動揺したな。
意外と押しに弱いことは知ってるんだぜ。
動揺する彼女からさりげなく本を取り返す。
それを無造作にベッドの上に投げ込み、そのまま彼女との距離をさらに近づけていく。
「だって、仕方ないだろ。
お前は見知らぬ子を襲えって言うのか?」
今、俺と舞の距離はお互いの息がかかるほど近い。
彼女は俺から視線を外し横を向いている、頬は予想以上に紅潮し、その姿を見て俺の理性のダムがヒビを見せ始める。
「スっストップ! なんで、そうなるの!!? 一回離れて!!」
彼女は両手で突っぱねるように俺を押そうとするが、いつものような怪物じみた力は無い。
これはいけると調子に乗った俺は、右手で彼女の顔の輪郭をなぞる。
多分、今の俺の眼は獲物を目の前にした猛獣のような目をしていると思う。
そのまま、彼女の耳元で囁く。
「嫌だって言ったら?」
「そ、それは……」
まったく、赤くなりやがって顔が可愛いってことを自覚しろ。
このままだと俺の理性が本当に危ない。
俺はすぐさま舞と距離を取った。
顔をこちらに向けた、彼女の顔が普段の色に戻り、代わりに変なオーラが後ろに見え始める。
これは……やばい!
怒ってる! めちゃくちゃ怒ってるよ!!
「あんた……あたしをからかったわね?」
怒りをぶつけるため今度は舞から距離を詰めてくる。
自分の生き残りをかけて俺は脳をフル回転させる。
落ち着け俺、ここで選択を誤れば俺はあの世へ一直線だ。
ここで打てる最善策は無言でこの戦闘区域から脱出することだ!!
舞の脇をすり抜ける脱出するため、俺は床を力強く蹴った。
「……!!」
「な!? 待ちなさい!!」




