6.5 チグハグな
直ぐに戻って来れるであろう範囲内で、外に行った二人に倣うか悩んでいた皇太子は、ドアに近い場所に居た為、直ぐ近くに座っていた男から話し掛けられた。
「やあ、アウレリオ。会う度に君は面白くなっていくね?」
何が言いたいのか分からないな。
思わぬ所から得られた忌憚の無い意見を受け流しつつ、彼の空いている方の椅子を引くと、そこに座った。
どうせ今日の欠席の確定者だ。席を借りる、その許しを願う相手も居ない。
「ルーダコーハ、先程の黒の件、どう言い訳するつもりだ。」
「はは。こりゃ手厳しい。」
実は同年代のアウレリオとルーダコーハは、会う回数は多いとは言えないものの、アウレリオが五歳の頃に王に隠れて付いて行って結局見つかり、参加した会の後で出会った事を切っ掛けとして、それから、二年と間を置かずに顔を合わせていた。
その為、不思議と離れて暮らしていると言う感覚や、久し振りに会うと言う感情よりも、日常的に隣に居るその人と話す様な気安さが二人の間にはあった。
この二人も二人で、何処か、共通点があった。例えば、妹ではない相手を妹と言う所。
(いつの間にか赤ん坊じゃなくなっていたこの子に会った時に、ピンと来るものがありまして。彼の真似をしたのですが、これが、どうもしっくり来るのですよね。)
隣で、すぴー、すぴーと寝息を立てている第四王女ネモリモは、彼の姉にそっくりであった。
姉と一番に仲が良かったものの、何故、一緒に居たのだかは分からない程には義姉とは正反対の印象を持つ女。太陽を背負っている様な騒がしい義姉の子供とは思えない、静謐を好む性質にあるこの王女は、物静かさから、王城の中で存在を忘れ去られ、何れ、自然淘汰される憂き目にあった。
彼の兄に似て、野望を強く抱く第二王子が、王にと強く望まれる声がある第三王子や、当然の如くに臣下に降る準備を着々と進めている第一王子ののっそりとした、詰まりは、短気な彼にとってはなかなかに遅過ぎる二人の動きと穏やかに笑う王にブチ切れた結果故に生まれた、憂き目である。
しかしながら、ひしひしと足音を立てて近付く破滅にも、そっぽを向いて、日々、しんしんと降り積もる白い雪の様な暮らしをしていた王女である、姪子の隣は、酷く静かだった。
それは、生き残る為に、額に傷を作り、兄を王とするが為に庇い、その最中に獲物を喰らう為の獲物の置き土産とやらで、右手にも腕の付け根から中指に至るまでの引き攣れた傷跡があって、常に肌を極力見せない格好を明るい雰囲気でそれと悟られない様に立ち回って来た。
常に音に溢れている様であっても、表からは見えない、ずっと、砂漠の夜の様に寒さで肩を揺らしながら火に薪を焚べる素朴で、何一つ面白味に欠けていて、我ながら物足りないと思っていた生来の自分自身の足元に、小さな、淡く、甘い雪の結晶が舞い込んで来る様な。そんな、言葉に出来ない衝撃があったのだ。
歳の離れた兄からの信頼も厚く、こっそりと彼を王とせんが為に動く勢力を適当に泳がしながら、機を見ては手駒にしたり、不要なら削ったりしつつ、それなりの地位とそれなりと土地とそれなりの名誉とそれなりの人徳とを手に入れていた自分の影響力が、決して少なくない事は知っている。
今は、まだ特に秀でた所の無い弱い王女として見られているから良いものの、足元が危ういのはそのまんまだ。
もし、数年後にでも、王弟の適当に誂えた相手と縁組でもさせれば、そして、それが誰かにとっては無視の出来ない勢力の始まりとなると判断されたとなれば。
「ふ。その方が一掃し易くて楽なのだがな。」
◇
護衛が着いたらしく、名を呼ばれて席に戻る間際に、呟かれた言葉に、またもや何の事だと聞き流した。
しかし、それを見てしまって、その愁眉を寄せる。
黒い紗から、ひらりとはためいた際に、覗き見えた目。
楽しそうな口元とは全くチグハグな、何の感情も浮かべていない、久し振りに見た藍色の瞳に、素直に喜ばせてもくれないものかと難儀そうな背中から、目を閉じて、顔を背けた。
アウレリオは、ふむ、と何を言うでもなく自分の席に腰を下ろした。
その隣の出っ張った特等席では、男二人を侍らせて、きゃっきゃっとはしゃぐ妹のお姫様接待されタイムが続行中だった。
どうせ、お優しい主催者様は、その姪子の為にももう少しだけ待つのだろうと決めつけると、アウレリオは温かい紅茶の淹れられていたカップに口を付けた。
「わー!凄い凄い!!ねぇ、ゾーホンおじ様、リューおじ様っ。今度、遊びに行っても良い?睡蓮華、見てみたいのっ。」
「ゾィアフォンね。まー、良いよ。見るだけならその辺にいっぱい生えてるし。保護者と一緒に来れば?」
「ああ、来たらゆっくりすると良い。日付が決まったら教えてくれ。茶菓子の店も見ておこう。」
「本当?!約束だからね!えへへへへっ。」
ニコニコと喜ぶ美少女に、ほのぼのとしていたゾィアフォンの腹を軽く肘で突き、「おい」と隣の男がこっそりと話し掛けた。
その目線は目の前の美少女に向けられていた。当然である。こんなにも可愛らしい存在、滅多に見られないからだ。
親族にこれくらいの年頃の子供は居るが、大抵は、擦れていたり、何かしらの目的の為に擦り寄って来るか、それとも、既に大人の仲間入りを果たした生意気な面をしている奴らばかりで、ここまで素直に感情を表現してくれる少女は、貴重だったのだ。
「発音なんて難しいんだし。良いだろ、それ位。」
「お前なんて一音だけじゃないか。」
「自分を棚に上げるなよ。お前もじゃ無いか、一音仲間おじ様。」
膝をぶつけ合う二人は、目の前に居る子供を怖がらせない為に、笑いながらも睨み合っていた。
仲が良いんだか悪いんだか。遠慮無くやり合っていた二人は、金色の目が向けられ、直ぐに動きをピタリと止めた。息ピッタリである。皇太子の視線も、つい、と彼女の声に釣られていた。
「ねえ、でも、何で睡蓮華と私が似てるって言ったの?」
訊ねる妹は、本当に気になるのだろう。知りたいと思う気持ちそのままに前のめりになっているが、少し近過ぎるな。
これが既婚者なら未だしも、この男逹は二人とも、まだ婚約者止まりの相手が居るだけ。
いつすげ変わるかも分からない世帯持ちでない野郎共に、くれてやる所は欠片足りとて無い。可愛い妹の首根っこを摘みつつ、そっと引くと、素直に前のめりがマシになった。
しかし、話を聞くのに必死なのか、此方に目もくれないな。まあ、それもいつも通りか。私も私で、資料の気になる部分にもう一度だけ目を通しておこう。
「睡蓮華はねー。公家の人間しか触れられないんだ。うっかりでも、軽く罰が下る。」
「へえぇ。じゃあ、一生、触れない人の方が多いんだね。」
「でも、だからこそ魅力的で、手の出せない価値を付ける事すら烏滸がましい……ああ、ごめん。難しかったな。兎に角、そう言う風に、最高の褒め言葉にもなるんだよ。」
ーーあ?
私の前で、妹を、まだ成人もしていない女児を口説くだと。
手を止めた直ぐ近くにいる皇太子の異様な様子にも気付かず、ずいっと緑髪の青年を押し除ける様にして、もう一人の男が補足を挟んだ。
「それに、触れたら加工をしないと、花弁は手が爛れる弱い毒を持っている。」
「そうそう!リュッシェンティエンの言う通り。だから、気高くて触れ難い……じゃなくて。まあ、えーっと。要は、言いたいのはあれだ。最高の女ってのが睡蓮華に似てるとか、睡蓮華みたいだってのにピッタリだって事!」
「わぁっ。えへへ、褒められたって事ね!ありがとう。」
ピシッと人差し指を立てて、優しく丁寧に教えた所は良いとして。
年相応らしからぬ、目を細めて、照れた顔で眉を少し下げ、それでも、嬉しいからとその感謝を伝えたくて微笑んで見せる美少女は、自分がどう見られているかも知らずに、ポカンと見つめている人々の前に、その健気で強かながらも絶妙に彼女らしいポイントを押さえた小悪魔と化していた。
正直、稀にとは言え、何度かその表情を見ている私でも、不意打ちだとドキリとする。
睡蓮華、確かに、ピッタリかもしれないが。それにしたってあり得ないだろう、と、ザッと周囲の浮かれている視線を見回して一蹴してから、深くため息を吐いた。
出来損ないとか能無しだのと、ぶつくさと自らを過小評価する妹の魅力が溢れ過ぎているお陰で、兄は心が休まる暇が足りなくなって来ている。確実に。
少し前までは、もう少し純粋な眼差しだけが虜になっていたのだが。
「ーーおい、待て。」
今し方、聞き捨てならない台詞が聞こえたんだが?
さて、掃除の時間かと、すっくと立ち上がり、どう料理してくれようかと考えていた私は、ゾィアフォンの隣に居る精悍な顔付きをした灰色髪を短く刈り上げた男の目線が此方の下の方にあると気付き、自然とそちらに目を向けていた。
手にしていた資料がグシャリと散々な事になっていた。
ああ、これは私がやったのか。取り乱すと、どうにもこうなってしまう。これも、嫌いではない感覚なのだが。
見ていない隙に伝達でもしたのだろう。全く、此方を見ていなかった緑髪の男が、私の方をチラ見しながら、今更ながらに自分の失言に気が付いたのか冷や汗を垂れ流していた。
「あ。はは、は……。時間だし、俺ら以外戻って来たし、俺も座りまーす。じゃね、姫さん。」
「あっ、待って!」
意外でも無かったが、それまでは目線を合わせる為にしゃがみ込んでいた、我が身可愛さに即座に立ち上がろうとした緑髪の男を、その手を掴んで引き留めたのは妹だった。
それに対しての動きを見せない事が、より不安を煽る皇太子の方を気にしながらも、空いた手を頭の後ろに置いて笑顔を作ったゾィアフォン。
「あのー、姫さん?良い子だから、その手を離して貰えると嬉しいかなーなんてね。」
馬鹿か、この男は。ククトラの公子の評価を下向きに妹への贔屓と憎さ割り増しで修正しつつ、心の中で呟く。
そもそも、私がこの娘を初めて目にした時に、避暑地に居た叔母上に会いに行ったらその叔母上と仲の良いご婦人を背に庇って、見るからに……地味過ぎて胡散臭く無さそうな純朴な青年を相手に噛み付いていたのだ。
ちゃっかりとお二人と合流しつつ、助け手が必要なら船を出そうと構えていた私は、うん?と、数分後には首を傾げる事になっていた。
今でも覚えている。燃える様な苛立ちで、黄金を煮えたぎらせつつも、にこやかな笑みを浮かべて、あっという間に青年を撃退していた。
しかも、年齢とかどうでも良くなる様な舌を巻くやり口で。
自分の出る幕なんて無かったな、と、詐欺の証拠までくすね取ってさえいた小さな淑女であり立派な守護騎士だった彼女に、小さく笑う。
それと、叔母上逹は気付いていない様だったが、彼女が話している際に、まるで、悪魔の手に心臓を優しく掴まれているみたいな、ゾワリとした感覚に何度か陥った。
あの眼差し、凄く愉快な事を考えていそうな光を宿していた。ちょっとだけ頭の中が見てみたい。覗いてみた所で、あまり得するものとは思えないが。
感謝と自己紹介をする為。後、少しの好奇心とで話し掛けようとした私の手が掠める事すら出来なかった。
何故なら、何かに気が付いた様に、パッと腕時計を見て、「時間忘れてた!!では、またお会いしたらお茶でもご一緒にマドモワゼルっ」と帽子を押さえて駆けて行ったからだ。
彼女の言い逃げに、例え、言い負かした結果を残したとしても、心配そうに顔を顰めて見守っていただけの女性二人は、くす、と顔を合わせると、何方からともなく笑い出していた。
……私なんて興味を抱かれる所か、その場に居たと認識されていたかも怪しいのに。
長々と思い出を回想していた皇太子だが、言いたい事は、一つだけだ。そう、「そんな子供騙しの台詞でやり込められると思うなよ」である。
普段から、誰よりも子供にする様に接している自覚の無い様である様なアウレリオが、まだ妹が話しているから少し待て、と、腕組みしながらも主催者の方に目線を送っていた。
それに対して、好きにしろと肩を竦めてみせたルーダコーハが、直後に、寝惚け眼の第四王女に即座に顔を向けた事を、そして、ルーダコーハは、アウレリオが即座に妹の方へとギュルンッ、と振り向いた事を知らなかった。
一部を除いての誰もが、黒髪の美少女がなんて言うのだろうと、手に汗握る中、けろっとした顔でその子は言った。
「あ、そうなの。じゃ、機会があったらまた。」
「え。」
「引き留めてごめんね、おじ様。」
「お、おう?」
やり込められたのは、何方か。
因みにだが、とっくの当に、灰色髪の男は先に戻っていた。
相手のペースに呑まれっぱなしの緑髪の南東の若造が後ろを通り過ぎた後、「ほほ」と、実に楽しそうに、黒髪の美少女を見つめる女が居たとか居ないとか。
メモ、見取り図。作者用ですがご参考までにどうぞ。
ドア
空席?
第四王女 王妃
王弟 机 緑髪
灰色髪(緑髪のお隣の国。
皇太子 ???
黒髪美少女(皇太子の他称妹
備考
これらの後ろに護衛達が二人ずつ。皇太子の護衛は、天井裏から見守っている系統なので、ダミーとして妹に付けた護衛を自分の後ろに付けています。先に行かせていたので、皇太子と黒髪美少女が来る前から部屋に居ました。
えっ、黒髪美少女の背後?窓は、美少女ちゃんから見ての右手側。しかも、後ろは壁なので問題無しとは皇太子の言。本人は気にしていません。
と言うより、圧とか何も感じないけれども、背後に立たれるのが申し訳ないのと気になるから、落ち着かないそう。
それを聞いた皇太子が動いた結果、皇太子よりも黒髪美少女の方の安全に重きを置く皇太子の暗部出身護衛と、黒髪美少女よりも皇太子の方が物理的な距離が近い護衛担当が爆誕と言う流れ。意味分かりませんって?大丈夫です。皇太子に聞いて下さい。夢の中で……。




