騎士とお姫様ごっこ
『中座する前にお願いしたいのだが、会議に集中出来そうも無いので、そこの方は退室して頂きたい。……何より、この子の情操教育上、あまり同じ空間にいて欲しくないのでね。』
だとぅ?(巻き舌)。
先程、その口で「席数は決まっているのだから」と宣った癖して、こんな所で皇太子パゥワーを発揮するだなどと。と言うか、最後の方、なんて言ったんだろう?聞こえなかった。
思考が明後日の方向へと向かう前にそちらも阻止されたとも知らぬまま、思いっ切り顔を顰めた。
そして、そのへの字むっつり口をカバー出来なかったーー角度的に、皇太子の手のひらの下から見えていた数名は、皇太子の先程の台詞よりも、微笑ましさと、愛らしさ。何よりも、ほんわかとした気持ちを贅沢に味わっていた。
彼らの視線に直ぐに気が付いて、隣に居る他称妹の様子を知ったのは皇太子もだった。少女の顔が手のひらの裏側から見えた彼、しかし、目を伏せたと思わせて視線をそちらに向けた事を隠してから意識を切り替えた。
妹思いのお兄様が微笑ましく映った黒布越しに、その問題の男を背後に侍らせている以上は予測出来た事、なので、彼に纏わる懸念事項への提案は尤もだと頷く。
いやまぁ、最後の主張が、実の所、皇太子の一番の本音だったりして。と、掠れた吐息にも似た笑みを漏らした。
「ふ、そう言うとは思っていましたよ。」
「それなら話が早い。早く彼をーー」
目を合わせた国の代表としてこの場に居る二人がさっさと話を纏めようとした所で、クス、と、漏れ聞こえた声に、肌がひりつく位の静けさが場を満たしていた。
あ、この人が皇太子が私から隠そうとした人かな。当たりをつけた所で、むんず、と顔の前にある、触れない距離感の手を掴んだが、全然、動きそうもない。
どうして。ただ手を動かそうとしただけなのに。こんなに疲れているんだろう。
ぜぇはあ、と更に踏ん張り所を見せようとしていた私は、パッと手を離した皇太子に両耳を塞がれると、ぐりんっと彼の居る方向を向かされた。え、何で?何があったの?誰か教えてってば……。
失礼、一言宜しいでしょうか。と、丁寧な口調なのに、何処か、聞く者を平伏したくなる仄かな圧をじんわりと滲ませて乗せた声が、あの黒布の人の許可を取っていた。
ふっ。皇太子のナチュラルサイコきらーぼーんナルシズム帝王学を治めし者を、いつも隣に侍らせている私には、どうとも無いが、他の人にとってはキツーーァッ。やめてぇっ。頬を親指と中指でぎゅむっとしないでえぇえぇぇ。
何で、いつもいつも、変な事を考えていると即座に気付かれて時間が経とうとも速やかにやり返されるんだと、涙目で頬っぺたを押さえる私は、大変愛らしい美少女の唇を尖らせた姿に悶える人々が居る事に気が付いていなかった。
そして、ふっ、と笑いながら耳を塞ぐ必要がないと判断した皇太子が、先程から執拗に妹を見つめる厄介な害虫へと目を向けた。
果たして、表面上はにこやかな二人の間に火花が散って見える様な気がするのは気の所為だろうか。
「そちらのお嬢さんはそうは思っていない様子ですが?」
「この子の保護者は私だ。この場は個人的な関係性よりも、会の進行に優先の重きを置く。悪戯に長引かせるのなら、妨害の意思有りと見て貴殿の伴いをしているルーダコーハ卿に責任の裁可を取る事になる、……だが。私とて、友人にそんな責を問いたくないと分かってくれるだろうか。」
呆然としていたら、目の前には何も無かった。詰まり、自由に視界が使えると言う事!
はっ、と顔を上げた。この声の人が、皇太子が隠したいひーー
「きゃぷっ?!」
「……大変可愛らしい妹さんだからね。でも、それは事情ではなく、一個人の実に限定的な事由に他ならない。仲良くしたいのなら、別の場で話し掛けなさい。」
「はっ。痛み入ります。」
全然痛み入っていなさそうな、寧ろ、太々しそうなニヤリと笑った顔と一定のトーンの美声で、頭を下げた真っ黒な男は退室の許可を経て速やかに立ち去った。
「仲良く?話す?有り得ないな。」
「ん〜?何か仰られましたかな、皇太子殿下。」
「いえ、喉が渇いたなと思っただけです。」
自身の対面に座る彼女には、どうやら、聞こえていたらしい。
緑の国と呼ばれているタイラーン皇国のアスヤ姫から、扇子越しに話し掛けられて皇太子が返した答えに、ルーダコーハは黒布の下の眉を上げると、笑みながら二度、手を叩いた。
時刻は、本来、会が始まるよりも数分が過ぎた程度。少しの時差。ならば、護衛は十分後にでも来させれば良い。
「この場での護衛の人数は原則事項。よって、此方の空きが埋まるまで、少しお待ち頂きましょう。」
そして、宣言の通りに、立ち去ったあの男の代わりの者が護衛に付くまで、暫し、休憩に入った。
一方で皇太子の隣の席に座っていた黒髪の美少女は、白い睫毛を震わせ、ちんまりと縮こまっていた。
ちょ、ちょっと……変な声、上げちゃったじゃん。
ああ。どんな目で見られているかも分からなくて、顔が上げられそうも無かった。
皇太子の掌の上だと分かってはいても、私は俯くしか出来なかった。また頬を掴まれたら、もう流石に、心が耐えられなかった。絶対に、私、変な顔してたもん。
もう嫌。お部屋帰る。城なんてやだ。宿取り直して帰るもん。パレードで何処も空いてないなら、適当に優しい親御さんのお宅にでも転がり込んでやる!!!!
細い三つ編みを両手に掴みながら、うるうると目に涙を溜めていた私は、「あの」と声を掛けられて、何も考えずに顔を上げてしまった。
「わぁ……。凄い、本当に彩蓮華みたい。」
「おい、先に自己紹介をするべきだろう。」
「すいれんげ?」
すかさず割り込んで来るかと思われる皇太子だが、正直言って、私が誰かと交流する事を止める事は少なかった。
ただ例外として、危険人物やそれに準じた等しい相手と彼が断じるに至った相手にだけは、私よりも子供らしいと思える位にいっそ清々しく我を突き通す。
よく私の外出の護衛として付いて来てくれる赤髪の騎士、カーリクスに関しても、今日が公式の場でも無ければ、比較的、甘過ぎるとも言える度合いで自由にカーリクスを連れ歩かせて騎士とお姫様ごっこに興じさせてくれていただろう。残念ながら、そうはいかなかったのが現実だが。
ひどく冷めた目で己の立場と現状を悟っていた美少女に対し、使用人に用意させた水で軽く洗った手をタオルで拭き取っていた皇太子のアウレリオは、妹として取り扱っている彼女の近くに居るのが二人だと知ると直ぐに視線を外した。
あれらは安全圏だと裏が取れている。この先、彼らの国が落ちたり、或いは、悲惨な目に遭ったり。それらの事を想定した上で。どう転んだとしても、だ。
妹の方は決して同意はしないこの兄妹は、非常に、その思考の傾向が似通っていた。
自身の血を分けた方ではなく、うっかりと成り行きで出会い縁を繋いだ、美少女と言う以外は点で阿呆で面白いだけの子供を、お気に入りとして堂々と見せびらかしながら練り歩く。そんな彼の顔が、誰にも分からない程度に得意げになっている程には。
お互いに、一緒に居て何だかんだと落ち着く。
この心地良い感覚を手にしたくて、初めは、縁戚とサッサと縁談を纏めてしまおうか、それとも、安全を考慮して、なんて言う古めかしくも合理的な実に古式ゆかしい伝統のお陰でまだ顔を公開していない妹のどれかと挿げ替えるか。
そう考えたものだが、何故か、関わっている内に、そのどれもを手段として打ってみたとしても、今の関係性に比べるべくもない見劣りする結果しか出ないと、自然と演算が完了していた。何よりも、心が言うのだ。
ーー……しか、……のだと。
睡蓮華の他にも王家由来の花があるが、その大体が毒持ち。
たぶん、先祖が民を守ろうとした結果だと考察されているが、これらの花に触れられるのは専門の花師と国家免許を持つ医師のみ。
見た目の美しさまで伴っている理由は、偶然と言われているが、どうやら、王族の女系がこっそりと見栄えの良い見た目になる様に品種改良したとか、より毒が強くなったり、寧ろ、弱めたバージョンまでもを網羅したとか無いとか。




