ちんまいお手々
ぽつ、ぽつと落ちた雫を吸い込んで、綺麗な赤いカーペットにシミが出来ていく。
このまま死ぬんだ。死因は、兄と呼ばせたがる最低な皇太子の腕からの落下死。
なんて間抜けな殺され方。有り得ない。有り得ないあり得ない有り得ない、んだからっ。
「……う。っひっく、ぇぐ。ぴゃっ?わ?」
「ほらほら、お姫様。お兄様の腕は安全だからね、落とした事は一度も無いだろう?」
そうか?そうだっけ。そうかもな。たぶん?
「……。……うん。」
「返事するまでに掛かった時間は気にしないでおくよ。良いかい。こうやって人に借りを作らせていくと覚えておくんだよ。」
微笑みながら言う事がそれって。あー、もう。私が馬鹿みたい。
愚図りが来そうになった私に、その呼んでいないらしかった追加注文をキャンセルすべく、丁寧に抱え直した皇太子。
あまりにも通常運転な様子に、逆に落ち着きを取り戻した。
まるで、赤ん坊にするが如くに腕に私のお尻を乗せて抱っこした彼の歩く姿は、相変わらず美しいので熱い視線がそれとなく向けられる事はいつもと同じだったが、何故か、少し違っていた。
先ずは、輝かしい皇太子の首の後ろだけが伸びた髪の毛の煌めきに目を引かれた後、彼のこれでもかと搭載された美の均一が取れまくり過ぎた御顔尊を見てピシリと固まるか、頬を赤らめると、男女問わず恥ずかしげに目線を逸らす。ここまでは、いつも通りだった。
しかし、この後が可笑しい。その後は仕事に意識を戻そうとしたり、名残惜しげにもう一度と此方を見てくるものも。皆、最後には、一様に私のギュッと掴んでいる彼の右の二の腕辺りのちんまいお手々を見て、あらまあとでも言いたそうな顔をして幸せそうに去って行くのだ。
あ、因みに、本来であれば他国とは言えど皇太子の横を歩くなど不敬なので立ち止まって礼を取るべきなのだが、それに関しては問題無い。
入国初日に、出迎えに来た案内係に「私はそう言うのが嫌いだから、せめて、城では目礼だけにさせてくれるかい?そうでないと気が狂ってしまいそうになるんだ」と行く先々で笑顔で脅した結果ーー勿論、話が通じる手合いか、やっちゃ駄目な相手かは見極めていたーー、今があるからだ。
私が初めてこの国に来た時には、その話すらせずに、城でその認識が浸透していたので、ここに私が来る前に撤退さえ終えていたんだろうなと思う。ああ、怖い。
ある部屋の前で立ち止まった彼に、下ろされた。カーペットに、とん、と足を付け、くるりくるとその場で伸びをしながら抱っこをされて運ばれた所為で無意識に感じていた少しの窮屈さを追い払った。
そして、何か異様に見つめてくるドアの前に配置された護衛の男の片方に、視線を向けた。
ピタリと視線を固定して、三秒ほど見つめると、こほん、と後ろから注意をこっちに向けろとの指示が来た。何なの、もう。
部屋の中に護衛と中の使用人が仲介して、私達の訪れを知らせると、すんなりとドアが開く。
肩に手を添えられて中へと入ると、長机に六人、護衛の騎士がそれぞれの背後に二人ずつ付いていた。壁に控えている使用人の数は知らない。あまりキョロキョロしてもね。
「お待たせしたね。私が妹の機嫌を損ねてしまったばっかりに。」
あれ。ホスト側の言葉を待たずに喋るなんて珍しい。
と言うか、これまでに一度も無かった筈だ。
不思議に思ったが、ぐっ、と肩に力を本の少し込められた所為で前を見続けるしかなかった。
ーー私はこの時、もう少しだけ、注意深く部屋に入る直前と直後の皇太子の様子を見ておけば良かったと、かなり後になって思うのだった。




