ブロッコリーが刺さりっぱなし
能天気で居られるという事は、最低限の覚悟が決まっていると言う事だ。
じゃなきゃ、あの男の隣に首根っこ掴まれて連れ回されておきながら、和気藹々と楽しめてしまう時間を過ごしてはいられなかった。
いや、でも死ぬのだけは本当に勘弁して欲しい。
「い゛ぎだぐな゛い゛ぃ゛いイ゛ィ゛〜〜〜!!!」
「はいはい、そこまで泣ける気力があるなら元気だね。さあ行こう。化粧をする時間はあげるから早く済ませておいで。」
鼻をズビズビと鳴らす私に、ティッシュを押し当てて、鼻を噛ませた皇太子は、今日も眩しい程に美しかった。ああ何でそんな顔なんだ嫌い過ぎる。気色悪い、大嫌い。
死にそう、とまでは行かなくとも、同程度の嫌な事がこの先に大人しくついていったら待ち受けていると私のセンサーがビンビンに唸っているのだ。
だが、残念ながら、この皇太子は私よりも強情で、不遜で、そして、皇太子だった。
こんな日に限って、彼は決して折れてはくれない。普通に何も無い日にぼんやりとしていると、「疲れたろう?今日は休んでいて良いよ」とその日の私の体調に合わせてベッドや街に放流してくれるのに。
何で、この皇太子が皇太子なんだ。他にも、皇太子になれて皇太子に相応しい皇太子になるべきみたいな人間位いるだろう!!
いや、居なくても姫様に娶らせてでも擁立してしまえば軽い、そうなったらコッチのもんよと思いながらも、何もしないでただそこに居るだけなのに、「ん?」と首を傾げるだけでキラキラフェイスから後光の様なものが差して見える相手に隙は見当たらなかった。
駄目だ。寧ろ、こんな奴に勝てるのが居るとしたら、それこそ、もっと会ってはいけない類の相手だろう。そうに違いない。
新たな皇太子立ち上げ計画は始まる前から、座礁に乗り上げたのであった。ああ、悲しい、でもそんな事よりも私が向き合っているのは、今だ今。
「や゛だっ。」
地団駄を踏んだ私に、彼は眉を下げた後、そっと立ち上がった。ソファーに座ると本に視線を落としていた。
「化粧しないままでも連れて行くからね。」
「うぅ゛〜〜〜っ。」
リラックスした体勢で本に集中し出してしまった皇太子は、もう返事をしてくれないだろう。分かっていた。無駄な足掻きだと。
いや、でも、そうだとしても。この国の王族でまだ会っていない第四皇女がこの先に来ると聞いて、自然と、あの少女では?と理解が行き着いてしまった私の手から、ブロッコリーが刺さりっぱなしのフォークが滑り落ちたのは遅めのブランチでの場だった。
呆然とする私に、早く食事を終わらせるべく、手振りだけで使用人達を動かしてせっせかと私の方に食べ物を運ばせた皇太子は、その時に既に、たぶん、私がこうやって駄々を捏ねると分かっていたと思う。
ちくせぅ。非常に悲しい事だが、先述した通り、子供と言う最大の弱点でもあり強みしか持たない私には彼に逆らう術が無いのだ。
今の時点では、次点で使える次点で弱点にもなる美少女振りを際立たせる為に、ぶすくれた私本人の機嫌を飴やらスイーツ店の話題やらで取りつつ、にこやかながらも忙しなく手を動かし続けた王族専属の侍女達によって、私は仕立てられていった。
はぁ。こんな容姿じゃなきゃ、皇太子の目にも留まらなかったのだろうか。
お互いに、お互いを無いな。と思っているのだから、早く婚約者位、定めて欲しいものだった。そんなんだから、男色だとか、取っ替え引っ替えだとか、ぺだ?だっけ、そんな噂が独り歩きするのだ。
どうやったのか、頭の上に二つ出来たお団子から伸びた、細い三つ編みにされた二束を緩く首を振って動きを確認すると、キャッキャッと笑った。
「うん、可愛いね。行こうか。」
さあ、手を取って。の「さ」が出た辺りで、私は瞬時にソファーの後ろに回って赤髪の三つ編み仲間のズボンを掴んでいた。
「……何でその騎士の服を掴んでいるんだい?」
やれやれ、理解に苦しむとでも言いたげなポーズと、困惑した表情は本当に騙しに掛かって来ていた。劇団員にでもなれば、忽ち、演技の巧さにドン引きされながらも熱狂的なファンで毎回満員御礼に出来るのでは。と、じとりと見上げた。
ソファーの背凭れに手を付いて、もう片方の手で頬杖を突いた彼のにこやかな眼差しにたじろぎそうになった。
「嫌。カーリクスにエスコートして貰う。」
「それは、どうかな。本人に聞いてみたら?」
ふっ、言ったな。
手を離すと、此方に向かって跪き、頭を下げた彼に顔を上げさせた。綺麗な薄い青緑色の瞳を真っ直ぐと見つめた。
すると、何故か、皇太子の方から寒気がした気がして、バッとそちらを向いたら、「ん?」と首を傾げられて、早く聞きなよ、と返されただけだった。怪しい。怪しいが、どうでも良い。
「リク、お願い。今日は私だけの騎士様になってくれる?絵本みたいな騎士様に憧れてたの知ってるでしょ?」
可愛こぶるよりも、よっぽど効くと知っている、素直に彼の手に両手を置いて引っ張る様にしながら我儘を言うと、隣で逆らえない上司からの見えない指令ならぬ視線が来ているだろうに。
「承りましょう。ですが、自分の身分の届く場所までですよ。」
「わーいっ!やったぁ!!それなら、カーリクスはこの人の従兄弟だからずっと一緒に居られるね。」
にっこりと笑い合う私達は、実にほのぼのとしていた。しかし、もう一人がそれを許す筈も無かった。私の暴挙は暴君によって足跡さえも消されて行く運命なのだ。
この人、と言った辺りで指差しをされた皇太子が、むんず、と私の手を、正確にはその人差し指だけを掴んで来る。ぷぷ、赤ちゃんみたい。
母の親戚の家に、この度のついでに訪れた際に見せて貰えたふくふく頬っぺたの赤ちゃんに指を掴まれた時は幸せだったな。
「こら。横暴は良しなさい。既に席数は決められているんだ。予定外の事をすれば君の評判だけでなく、私と彼の評判にまで繋がるんだよ?そこの所、よく分かってるでしょう。」
そりゃ、その為に言ったんだから。でも、狡い所は、皇太子だけなら兎も角、と言うか、目的なのでしめしめ計画通り、になるのだが、そこにカーリクスを巻き込んでいる点である。
ぶっちゃけ、私の評価は子供だからと言う辺りが考慮されて下がるものも下がらない。
寧ろ、未来の成長した姿でマイナスからプラスに飛躍出来る下地にすら出来る。
そして、カーリクスは私が癇癪持ちかそうでないかによって、立ち位置が変わって来る。前者なら、可哀想な被害者、後者なら、子供の気紛れを躱す事も出来ずに皇太子の顔に泥を塗る行為を進んでしている厄介な男。
これまでの彼が誠実で、忠臣であればあるほどに、噂と言うものは、より明確な悪意を持って転がりに転がって行く。
余程、強い意志のある者が機転を利かせて介入でもしない限りは、噂が立ち消えるまで大人しくしているしかないのだ、その視線に晒されながら。
そして、それ以降も、醜聞として残り続ける。下手をすれば、次の世代にまで教訓の一つとして使われ、語り継がれる事になる。
「さて、話は終わったし。もう行こうね。」
手を取って来た皇太子の手を、取られていない方の手で、パシリと叩き落とす。
何やら痛い位の沈黙がその場に落ちたが、負けて溜まるか。
「カーリクスにエスコートして貰。」
ヒョイっと胴体を掴まれると、何故か、子牛を抱えるかの様な微妙な持ち方で部屋から連れ出された。
ああ、カーリクス、待ってて、後で迎えに行くから。真っ逆さまになった視界で赤髪の騎士が苦笑を浮かべていた気がした。
まあこうなるとは思ってはいたけどね。護衛の数や配置なんかも事前に決まっている。そう言うものだ。特に王族は。
そこに何度も同伴させられた結果、私は、この展開が読めていた。嫌でも判る位にこの男と一緒に居るからだ。
「はいはい、エスコートなら後でたっぷり譲ってあげるから、もう行くよ。」
「ちょっと?!この体勢で?巫山戯ないでこの腹黒万年詐欺師顔!!!」
「……皇太子、と付けなかっただけ褒めてあげても良いよ。」
ーーでも。誰がそんな言葉を教えたのかな。
背筋を這う、ぞくりとした悪寒に、つい顔を上げると、おっとっと。と、まるで爺さんの様な声を上げた皇太子に落とされそうになった。
……こ、こ、こ。怖かった!!!!




