『欠陥品』と笑われた私ですが、どうやら殿下にとっては『特別』だったそうですよ?
我が国では魔法の才が優遇される。
魔法を巧みに操れる者程、万能に近く、様々な場で貢献できるからだ。
そんな国の侯爵家に産まれた私だったけれど……私の魔力量はあまりにも少なかった。
魔力とは、生命の体内で生成される、魔法の行使に必要なエネルギー。
私は特殊な体質から、日常生活でもそのエネルギーを多く消費してしまうらしく、体内に溜められる魔力が平均を大きく下回ってしまっているとの事だった。
本来ならば備わっているはずの体内エネルギーが足りない私は、人より体温が低く、また常にエネルギーを消耗している為に大きな倦怠感を常に抱えて生きて来た。
人に気遣えるだけの余裕もあまりなく、『健康』を装うので手一杯。
その結果、体力を温存する為に笑ったり、話す頻度が大幅に減り――ついでに生まれ持った目つきの悪さもあって、同年代の貴族からは恐れられる事が増えていった。
それと、時折我が家に迷い込んで来る小動物や、庭園の綺麗な植物に素手で触れる事を避けなければならないのは不服だった。
私の体は、他者からエネルギーを欲するが故に、触れたものの魔力を吸収してしまう性質を持っていた。そのせいで私は毎日手袋を付けて生きている。
人の生命に害を及ぼす程のものではないのだが、それでもこの事実を知れば、周囲の人々から疎まれるだろう事は明白だった。
その為、魔力の吸収に関する話は家族以外に秘匿されている。
とはいえ、家族は私の体質を理解してくれていたし、体質を明かさずとも私の本当の性格を理解し、仲を深めてくれた友人達も少なからずいた。
だから私は自分を不幸だとは思わない。
ただ……家族や友人達と過ごす事で手に入れられる心の安寧をいちいち台無しにしてくるような人物も身近にはいた。
侯爵子息トラヴィス。
幼い頃からの婚約者である彼は傲慢で、他者を見下す事で優越感に浸るような男だった。
更に厄介だったのは、彼が持つ自信がある程度根拠が備わっているという事。
彼は魔力量が人よりも多く、周囲から魔法の天才として花開く時を期待されていたのだ。
私達は成長し、王立魔法学園へ入学を果たした。
そこで一定の評価を得た彼は、更に自信を膨らませていった。
「この欠陥品が。少しは俺を見習えないのか」
「笑いもしない。動きも鈍い。その辺にある家具と何ら変わらないな、お前は」
「こんなのが婚約者なんて、我が家の恥だ」
トラヴィスは人前でよく私をそのように罵った。
だから私は彼の言う事に従う事にした。
魔法の腕を自己流で磨く事にしたのだ。
確かに私は魔力量が少なかった。そして体質のせいで、他の生徒のように『使った分だけ少しずつ増やせる』ような事もない。
だからこそ私は、魔法の精度に拘った。
遠く離れた的に魔法を当てる方法は二つある。
出力を上げて、命中の範囲を広げる事。
そしてもう一つが、出来得る限り細く、小さく魔法を出力する事。
私はこの後者を誰よりも極める事にしたのだ。
魔法の威力を絞り込む技、狙った場所へ正確に当てる技……これらは勿論の事、私の魔力では本来使うことが出来ない困難な魔法の理論も習得し、自己流に改変する事で行使可能にした。
そして、入学当初は魔法実技の試験で最下位争いをしていた私の成績は見る見るうちに上り始め――気が付けば、トラヴィスの成績すら追い越すようになっていました。
当初彼が私に向けた言葉以上の結果を出したのだった。
それが気に入らなかったのだろう。
トラヴィスはそれから、私を蔑むような発言がより増えた。
そして――
「エリノア! お前との婚約を破棄する!」
大勢の生徒の前で、トラヴィスはそんな事を言い出した。
彼の隣では何故か泣いたふりをしている令嬢がいる。
「欠陥品で魔法もろくに使えない癖に、お前は不正を働いて成績を勝ち取っていた! それに加え、男爵令嬢であるキャロルが自分の家よりも地位が低くありながらも大勢から人気を集める様に嫉妬し、彼女に陰湿ないじめを行った!」
事実無根の言い掛かり。
けれどこれが事実かどうかなど、トラヴィスにとっては些細な事だったのだろう。
彼からすればきっと、私を批判でき――私の評価が自分より下がりさえすればよかったのだ。
それに加え、婚約破棄の理由としてキャロル様の名前を出したのはきっと、彼が彼女に恋焦がれていたから。
トラヴィスはバレていないつもりだったらしいが、私は彼がキャロル様に浮気していた事を知っていたし、現場も見た事があった。
今、彼の傍で泣いたふりをしているキャロル様も、トラヴィスと結ばれる為に協力して一芝居打っているのだろう。
トラヴィスは、成績が勝っている私をどうにか下に見る正当性と、私との婚約を破棄して他の女性に乗り換える正当性の二つを求めていたのだった。
彼は言い出したら聞かない質だし、そもそも私達の婚約は財政が傾きつつあった彼の家からの申し出であったはずだ。
ならば家族に掛ける迷惑も気持ち少なく済むだろう。
あと、勝っても負けても怒りだす彼がいい加減煩わしかった。
「全く身に覚えがない言い掛かりについては証拠を提示して頂いてから再度お話しさせてください。それはそれとして、婚約解消に関しては構いません。どうぞご勝手に」
私は周囲の視線も気に留めることなく、そう吐き捨ててその場を去る。
いくら悪意ある噂を囁かれようとも、証拠がなければいずれ消えていくものだ。気にするような事ではない。
背後からは私を呼び止めたり、罵倒する声が次々と投げられたが、私は一度も振り返りはしなかった。
それから。
一部の生徒はトラヴィス達の主張を信じ、私の悪評を囁くようになった。
けれどそれは極一部の生徒達だったので、私の生活自体に影響は殆どなかった。
そして婚約解消から半年が過ぎた、冬の事。
雪が降る程に冷えた空気は、私の体にはとても堪えた。
なるべく屋内にいるように心掛けはするけれど、移動教室で外廊下を歩いたり、魔法の実践で外に出なければならない事は少なくなかった。
そして、私はこの日も移動教室の為に外廊下を歩いていた。
そんな折、ふと、雪が降る外で私は人影を見つけた。
人影が裏庭の方へ向かっていく事に気付いた私は、雪に降られながらも外を歩いていくその影を不審に思って裏庭へ向かった。
そして後者の角を曲がり、裏庭へ足を踏み入れようとしたその時。
すぐ目の前に、座り込んでいる男子生徒の姿があった。
「な……っ」
彼は建物の壁に凭れ掛かったまま座り込み、ぐったりとしている。
「だ、大丈夫ですか……」
容態を確かめようと覗き込めば、見覚えのある顔がそこにはあった。
紺色の髪に金色の瞳を持つ美しい顔立ちの青年。
それは我が国の王太子であるノエル殿下だった。
彼は息を乱し、顔を紅潮させている。
明らかに正常ではない体調を見た私はすぐに人を呼ぼうと彼に背を向ける。
けれど、その手を後方から掴まれた。
「問題ないよ」
「問題ない、ようには全く見えませんよ」
「少し涼んでいただけさ」
何故下手に強がるのかと咎めようと振り返れば、丁度ノエル殿下が立ち上がるところだった。
先程まで苦しそうだった顔は赤みこそあれど、彼は本当に平然とした表情をしている。
しかし……日々の不調を隠している私にはすぐにわかる。
彼が、不調を隠しているだけだという事を。
……時に、体の不調を隠したい、そうせざる得ない理由があることを私は良く知っていた。
しかしこのままでは彼は体の不調を抱えたまま普段通りに過ごそうとするだろう。
私は小さく息を吐くと、ノエル殿下へ向き直った。
「わかりました。人を呼ぶのはやめます。ですから……せめて、休んでください」
裏庭の近くにはガゼボがある。
私はそこまで殿下を連れて休ませる事にした。
「医務室へいかれては?」
「騒ぎにしたくなくてね」
柵に持たれて座る彼の顔はやはり赤い。
「……殿下は、魔力量が人一倍優れているお方だと伺いました」
「ん? ああ、そうだね」
問いの意図が分からなかったのか、彼は首を傾げた。
彼にはわからずとも、私にとっては重要な問いであり、確認事項だった。
私は殿下の返答を聞いてから手袋を外す。
「殿下、触れてもよろしいですか」
「……何故」
「私の体は人より冷えやすいので。多少心地良く感じるのでは、と」
「何だ、それ」
殿下は力なく笑う。
氷や濡らした布の代わり程度にはなるだろうと思っての提案だったのだが、流石におかしな話の運びだったかもしれないと私は反省する。
しかし。
「まぁ、その程度で良くなるようなものなら困ってはいないけれど。君の厚意を無下にするのもね」
殿下はそう言うと、私の手を優しく握った。
「ああ、本当だ。随分と冷たい」
体温にしてはやはりやや熱い温もりが伝わってくる。
その時だった。
僅かに体が軽くなる心地がした。
生まれてからずっと感じて来た倦怠感が、僅かにだが確実に和らいだのだ。
私は驚いて殿下を見る。
する彼も驚きから金色の瞳を見開いていた。
「……君は今、何か魔法を使ったのかい」
「い、いいえ……私は殆ど魔力を持ちませんし、回復魔法の類などは扱えませんので…………」
そこまで言いかけてから、私はふと思い至るものがあった。
自分の体質について、お医者様や両親から聞いた際の話だ。
世の中には私の体のように魔力の生成や貯蓄、発散が上手くできない稀な体質がいくつか存在する。
私のように体内エネルギーの燃費が悪い体質もあれば――逆に、体内エネルギーの生成が消費量に追い付かず溜め込んでしまう体質もある、と。
もしかして、と私は殿下を見る。
「……殿下、私の体は魔力の消費が激しく余所からの供給を求めてしまう性質があります」
ノエル殿下が息を呑む。
私は空いているもう一つの手も、彼へ差し出した。
それ以上は言葉を尽くさずとも伝わったのだろう。
彼は静かに頷くと、私と手を繋ぐ。
久しぶりに感じる人の温もりと共に、私は呼吸が軽くなっていくのを感じるのだった。
三十分程経った頃。
ノエル殿下の体調はすっかりよくなった。
「まさか、こんな方法があったとは。感謝するよ、エリノア嬢」
「いいえ」
私としては、常に学年首位を維持する優秀な王太子殿下がこのような悩みを抱えていた事に驚きを隠せないのだが。
何となく返されるであろう答えを察しながら、私はノエル殿下へ問う。
「……お体の事、どなたかご存じの方は」
「両親くらいだな。いつどこで、誰が敵になるか分からない立場だ。弱みは隠すに限るのさ。……貴女にはバレてしまったが」
「……申し訳ありません」
「いいや。発作は暫く魔力を消耗すれば落ち着くとは言え、随分な荒療治ではあるし、苦しくもあるからな。助けてくれて感謝している」
「決して他言は致しません」
「ああ。……まぁ、君も隠していたであろう事柄を明かしてくれたんだ。その言葉は信用に値する。……君の体の方は無事かい」
「はい。寧ろ生まれて初めて、体が軽いという事を体感しております」
「……ふはっ、それはよかった」
あまりの感動に声が弾んでしまっている自覚はあった。
恐らくは喜びに満ちていたであろう私の表情を見て、ノエル殿下はプッと吹き出した。
「なぁ、ノエル嬢。もしよければ、定期的に『予防』をさせてくれないか」
予防が何を指しているのか。それは明白だ。
「君に迷惑が掛かるのであればと思ったが、君にとっても都合が良いのであれば互いの為になるのではと思ってね」
そう言ってノエル殿下は私に手を差し出した。
自ら申し出るのはあまりに恐れ多いが、当人からの願いたってという事であれば――私にとっても好都合だった。
私はノエル殿下の手を取る。
――これが、私とノエル殿下の不思議な関係の始まりだった。
それから私達は、友として交友を続けた。
出会った時にさりげなく肌同士を接触させては魔力の供給と発散をする。
そして定期的に、人目のない場所で手を繋ぎながらのんびりと話をする。
……たったそれだけの事で、長年苦しみ続けてきた私達の体は随分楽になった。
ノエル殿下のお陰で、私は彼が溜め込み過ぎた分の魔力を手に入れ、体調が安定した私は試験に於いてより高得点をたたき出せるようになった。
とはいえ殿下の魔力を借りる形で魔法の出力を上げる方法は、不正になるのではという不安が過ったので、使う魔法の種類や出力はこれまで通りを維持した。
これによって何が起きたかというと。
――トラヴィスの嫉妬が増幅した。
更に成績に差がついた事でトラヴィスは何とか私の成績を下落させようと考える。
そしてそれは魔法の実技試験で起きた。
魔物除けの香を焚いた森の中での実践。
にも拘らず、試験会場に魔物が飛び込んで来たのだ。
そしてその魔物が狙う相手は――何故か私ばかりだった。
この日も殿下から魔力供給を受けていたとはいえ、元の燃費が悪い分、複数の魔物を相手にしていればすぐに魔力は尽きる。
そして魔力残量から流石に身の危険を感じ始めた、その時――
「エリノア!」
別の班で試験を受けていたはずのノエル殿下が私の前に飛び込んで来る。
「で、殿下……!」
「大丈夫かい」
「は、はい。……でも何故か、魔物が私ばかりを狙っていて――」
「状況整理は後にしよう。……今はとりあえず」
魔法で周囲の敵を一掃するノエル殿下。
それから彼は私へ手を差し出した。
「君が特別だという事を証明する場だとでも思えばいい」
ここは試験会場なのだから、と不敵に笑うノエル殿下。
その笑みにつられるように、私は小さく吹き出す。
そして手袋を外し――彼の手を取った。
魔力量という大きなデメリットが消えた今、繊細な魔法の技術を会得していた私は殿下と協力してあっという間に魔物を倒していく。
そして数分が経った頃には、唖然とするトラヴィスやキャロル様、講師陣や他の生徒達の前に――大量の魔物の死骸が転がることとなったのだった。
***
この騒動の犯人はトラヴィスとキャロル様だった。
嫉妬に狂ったトラヴィスがキャロル様に命じ、私の手袋に裏ルートで手に入れた魔物に興奮作用を齎す無色で無臭の香水を振りかけていたそう。
この思惑は、ノエル殿下と彼が派遣した調査員によってあっという間に明らかとなり、二人は捕らえられる事となった。
大勢の生徒の前で真相を明かされ、騎士に取り押さえられるトラヴィスとキャロル様。
そんな二人を見下ろしながら、ノエル殿下はいつも通りの穏やかな笑みを顔に貼り付ける。
……尚、目は笑っていない。
「君達にとってはただの悪戯……少し痛い目を見せるだけのつもりだったのかもしれない。だが結果としてあの香水は容易に人を殺し得る効果を出した。もしかしたら彼女の命だって失われていたかもしれない。……おまけに」
ノエル殿下の瞳が鋭く光る。
「あの場には僕もいた訳だ。君達は――王太子をも危険に巻き込んだと言っても過言ではない」
「そ、そんな……ッ!」
「まぁ、そういう事だ。この先の事は……言わずともわかるだろう?」
「お、お許しを、殿下!」
「殿下……っ、どうか……っ、――殿下ぁっ!」
騎士達に連れて行かれるトラヴィスとキャロル様。
厳しくはあるかもしれないが、そのつもりがなかったとしても二人が犯したのは大罪だ。
二人の首は離れてしまうだろうし――彼らの家も、潰えてしまうだろう。
そして……。
私達が魔物の群れを一掃し、トラヴィスが罪人として捕らえられたことで、私を欠陥品と笑う者も、私の悪評を信じる者もいなくなったのだった。
***
これにて一件落着、と一息を吐く昼休憩。
ノエル殿下と手を繋ぎながら、ガゼボでのんびりと過ごしていると、殿下が声を掛けた。
「エリノア」
「はい、殿下」
「婚約しないか」
耳を疑い、殿下の顔を見る。
彼は日頃の穏やかな微笑み――基、作り笑いとは異なる、照れ笑いを浮かべていた。
「初めは利害の一致からだったけれど、君と過ごす何気ない時間やその空気感が、随分心地良い事に気付いたんだ。それに……君が理不尽な理由から危険な目に遭った事を知った時……生まれて初めてと思うくらいに……本当に怒りが湧いた」
ノエル殿下の美しい顔が私の顔を間近に見つめる。
「……僕がいれば、君も本来の素質を存分に発揮できるだろう。僕も君を守れるし……危険な目には遭わないはずだ。それに……何よりも僕自身が、君の傍に居続けたい」
彼からの言葉はどれも真っ直ぐで、本心からの物だとすぐに分かった。
ただの利害関係ではない、それ以上に思ってくれていた事。
それがとても嬉しい。
とくとくと、鼓動が速まっていくのを感じながら、私は微笑んだ。
「……喜んで」
それから私達は、互いの腕の中に相手を閉じ込める。
彼の温もりに包まれながら、私は確かな幸せを噛み締めるのだった。
最後までお読みいただきありがとうございました!
もし楽しんでいただけた場合には是非とも
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また他にもたくさん短編をアップしているので、気に入って頂けた方は是非マイページまでお越しください!
それでは、またご縁がありましたらどこかで!




