第4話 急がなければ、間に合わない
その青年は、走って町に入ってきた。
息を切らし、肩で呼吸をし、何かに追われるように周囲を見回す。
「……ここか」
誰に言うでもなく、呟く。
茶屋の前で立ち止まったが、戸はすぐに開けなかった。
拳を握り、離し、もう一度握る。
ようやく入ってきたとき、青年の目は落ち着きを欠いていた。
「水を」
「お茶になりますが」
「なんでもいい」
湯を注ぐ。
青年は待ちきれず、まだ熱いそれを一気に飲もうとした。
「……熱っ」
「急がないほうが」
「急がないと、終わる」
青年は湯呑みを置き、こちらを見た。
「ここは……中継点だろ」
「どういう意味ですか」
「転生か、復活か、次の戦場か。
どれかに行くまでの、待合室だ」
「そう思う人もいます」
「違うのか?」
答えずにいると、青年は舌打ちをした。
「時間がないんだ」
「何が」
「勇者が足りない」
その言葉に、店内の空気が一瞬だけ止まる。
「俺は、選ばれた。
力も、適性もある」
青年の声は、焦りで震えている。
「なのに、ここに来た。
止められてる」
「止めてはいません」
「だったら、なぜ出られない」
青年は拳を机に打ちつけた。
木が、鈍く鳴る。
「世界が滅びるんだぞ」
その声は、必死だった。
ちょうどそのとき、扉が開く。
鎧を着ていない男――元勇者だ。
「……随分、急いでるな」
青年は即座に反応した。
「誰だ」
「ただの客だ」
「邪魔をするな。
俺は行かなきゃならない」
元勇者は青年を見て、少しだけ目を伏せた。
「行けるなら、行けばいい」
「……行けないから、怒ってるんだ!」
「それでも、ここで暴れても、門は開かない」
青年は言葉に詰まる。
「どうして……」
元勇者は、静かに言う。
「俺も、同じことを言ってた」
「嘘だ」
「本当だ」
青年の視線が揺れる。
「世界を救わなきゃ、意味がない」
「救ったあと、どうする」
青年は答えられなかった。
「名前は」
元勇者が聞く。
「……名乗る必要はない」
「そうか」
それ以上、元勇者は踏み込まない。
青年は湯呑みを睨み、やがて俯いた。
「……少しだけ、休んだら行く」
「ええ」
私はそう言った。
「急がなければ、間に合わないんだ」
「それでも」
青年の声が、小さくなる。
「……喉が、渇いた」
湯を注ぎ直す。
今度は、青年は吹き冷ましながら飲んだ。
元勇者は席に座らず、戸口に立ったままだ。
「……行く」
青年はそう言って立ち上がる。
「今日は、な」
元勇者の言葉に、青年は一瞬だけ立ち止まった。
だが、振り返らずに出ていった。
しばらくして、元勇者が言う。
「……あいつ、俺より危うい」
「そうですか」
「止まれないやつは、折れる」
私は答えなかった。
外では、町はいつも通りだった。
走る者もいれば、立ち止まる者もいる。
境界町は、誰も縛らない。
ただ、急ぎすぎる者を、通さないだけだ。
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