第19話 最後の来訪者
その人は、立ったまま入ってきた。
戸を開け、店内を見回し、
席を探すでもなく、ただそこに立つ。
――昔の私と、よく似ていた。
「どうぞ」
そう言っても、その人はすぐには動かない。
「……座っていいんですか」
「ええ」
それでも、ためらっている。
立ち続けることが、
役目になってしまった人の姿だった。
私は湯を注ぎ、卓に置く。
「ぬるめです」
「助かります」
その人は、まだ座らない。
「ずっと、支えてきました」
ぽつりと、そう言った。
「気づいたら、誰かの後ろに立つのが当たり前で」
「前に出る理由も、座る理由も、なくなっていました」
私は、炉の横の席を見る。
そして、ほんの一歩、横にずれる。
「……座っても、いいですよ」
その人は、驚いたように私を見る。
「あなたは」
「私は、立ちます」
一瞬の沈黙。
それから、その人は、ゆっくりと椅子に腰を下ろした。
身体が沈む。
肩から力が抜ける。
「……あ」
短い声だった。
だが、それだけで十分だった。
アルトが、少し離れた席で見ている。
「……引き継いだな」
「いいえ」
私は首を振る。
「預けただけです」
その人は、茶を飲む。
目を閉じて、深く息を吐く。
「……立ってるの、平気なんですか」
「ええ」
「無理してませんか」
私は、少しだけ考えた。
「今は、平気です」
それは、初めての正直だった。
その人は、何も言わず、頷いた。
しばらくして、立ち上がる。
「……また、来てもいいですか」
「ええ」
「次は」
その人は、椅子を見る。
「座るところから、始めます」
それを聞いて、私は小さく息を吐いた。
その人が出ていったあと、
店内には、静かな空気が残る。
アルトが言う。
「終わりが近いな」
「そうでしょうか」
「立つ役目を、
自分で手放し始めた」
私は、答えなかった。
だが、否定もしなかった。
境界町は、
最後の来訪者を迎えるとき、
いつも、静かだ。
誰かが救われる音も、
世界が変わる音も、しない。
ただ、
立っていた人が、
一歩、場所を変えるだけだ。
それで、
物語は、十分だった。
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