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境界町の茶屋で、立ち止まる ― 何者でもなくていい時間が、ここにはある ―  作者: 森乃こもれび


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2/10

第2話 名前を呼ばれない午後

 その男は、三日続けて茶屋に来た。


 同じ時間。

 同じ席。

 同じ、ぬるめの茶。


 三日目の今日は、鎧を着ていなかった。


「……軽いな」


 男は椅子に腰を下ろし、両肩をゆっくり回す。


「身体の話ですか」


「いや。たぶん、頭だ」


 私は湯呑みを置く。

 湯気はほとんど立たない。


「剣も置いてきた」


「そうですか」


「止めないんだな」


「止める理由がありませんから」


 男は一瞬、言葉に詰まった。


「……そういう返事が、一番困る」


 苦笑だったが、声は少し柔らかい。


 剣を持たない指が、無意識に机の縁をなぞる。


「なあ」


「はい」


「俺は……ここで、何をすればいい?」


 真っ直ぐな問いだった。

 逃げ場も、飾りもない。


「何もしなくていいですよ」


「それが分からないんだ」


「分からないままで、大丈夫です」


 男は眉を寄せた。


「俺はずっと、“次にやること”を言われてきた」


「そうでしょうね」


「何もしなくていい、なんて……怠けてるみたいじゃないか」


「怠けるのも、才能ですよ」


 思わず、男が吹き出す。


「そんな才能、聞いたことがない」


「ここでは、珍しくありません」


 店の外から、子どもたちの声が聞こえる。

 走って、転んで、また笑う。


 男はその音を聞き、少しだけ目を細めた。


「ああいう声を聞くと、焦る」


「なぜですか」


「走らなきゃ、って思う」


「走らなくても、追いつかれませんよ」


「……本当か?」


「たぶん」


「たぶん、か」


 男は湯呑みを持ち上げ、しばらく眺めてから口をつけた。


「ぬるいな」


「この町では、それが普通です」


「……悪くない」


 一口、もう一口。


「なあ」


「はい」


「名前を呼ばれないって、こんな感じだったか?」


「どうでしょう」


「静かすぎて、最初は怖かった」


「今は?」


「……少し、楽だ」


 その言葉は、確かめるようだった。


「名前を呼ばれると、役目も一緒についてくる」


「ええ」


「ここでは、それがない」


「今のところは」


 男は湯呑みを空にし、深く息を吐く。


「明日も来る」


「お待ちしています」


「同じ茶でいい」


「承知しました」


 立ち上がり、戸口で男は振り返った。


「俺、名乗らないでいいか」


「今は、それで」


「……助かる」


 扉が閉まり、町の音が戻る。


 私は次の湯を沸かす。


 名前がなくても。

 役目がなくても。


 午後は、ちゃんと過ぎていく。


 境界町では、

 それが生きているということだった。

本話もお読みいただき、ありがとうございました!


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