第18話 町が、問いを返す
その日は、風がなかった。
境界町では珍しいことではないが、
静かすぎる朝は、少しだけ輪郭が曖昧になる。
茶屋を開けると、もう一人、そこにいた。
影だ。
戸口ではなく、店の中。
炉の火が届かない位置に、自然に立っている。
「早いですね」
「君が、早かった」
影は、そう答えた。
私は、いつも通り湯を沸かす。
影は、それを見ている。
「ここに来る者は、皆、途中だ」
「ええ」
「途中で、立ち止まる」
「ええ」
「そして、いつかは出る」
影の声は、確認だった。
「出る者もいます」
「君は」
問いは、短かった。
私は、湯の様子を見る。
「今は、出ません」
「理由は」
「あります」
「聞かせる義務はないな」
「ええ」
影は、少しだけ輪郭を揺らした。
「君は、十分ここに居た」
その言葉は、忠告でも、命令でもない。
「ええ」
「ならば、
なぜ、今も居る」
私は、初めて影を見る。
目があるかどうかは、分からない。
だが、確かに、こちらを見ていた。
「……選んでいます」
影は、すぐには返さなかった。
「誰のためだ」
「誰かのため、ではありません」
「町のためか」
「それも、違います」
一拍。
「私自身のためです」
影は、何も言えなくなった。
その沈黙は、否定ではなかった。
ただ、受け取ったという沈黙だった。
「この町は」
影が、低く言う。
「君がいなくても、続く」
「ええ」
「それでも、居るのか」
「はい」
影は、ゆっくりと後退する。
「……ならば」
最後に、そう言った。
「町は、問いを返そう」
「何を」
「いつまで、だ」
影は、それ以上何も言わず、
朝の光に溶けるように消えた。
しばらくして、アルトが来る。
「……来てたな」
「ええ」
「何を言われた」
「問いを、返されました」
アルトは、少し笑った。
「そりゃあ、
いい位置に立ってる証拠だ」
「そうですか」
「そうだ」
アルトは、茶を飲む。
「急かされなかったろ」
「ええ」
「なら、問題ない」
私は、湯を注ぎ直す。
影の言葉が、胸に残る。
――いつまで。
だが、不思議と重くはなかった。
境界町は、
答えを求める場所ではない。
問いを、持ち続ける場所だ。
私は、今日も立つ。
問いを返されたまま、
それでも、選び続けながら。
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