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境界町の茶屋で、立ち止まる ― 何者でもなくていい時間が、ここにはある ―  作者: 森永あおば


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第14話 座らない席

 茶屋には、もう一つ席がある。


 客用ではない。

 帳場の奥、湯を沸かす炉の横。


 私は、そこに座らない。


 椅子はある。

 古く、少し軋むが、使えないわけではない。


 ただ――

 腰を下ろしたことがない。


 昼前、客が途切れた。


 湯は沸いている。

 茶葉もある。


 私は、立ったまま、

 炉の火を見ていた。


「……珍しいな」


 アルトの声だった。


「何がですか」


「誰もいないのに、

 座らない」


「癖です」


「そうか」


 アルトは、それ以上聞かなかった。

 だが、視線は一度、

 あの席に向いた。


「なあ」


「はい」


「ここで、一番長く立ってるのは、

 あんただ」


「そうでしょうか」


「間違いない」


 私は、茶を淹れる。


 今日も、ぬるめ。


「座らない理由、

 あるのか」


「特に」


「……本当に?」


 私は、答えなかった。


 午後、新しい来訪者が来た。


 年齢も、過去も、

 すぐには分からない人。


「……ここ、落ち着きますね」


「そう言われることは多いです」


「不思議だ」


 その人は、店内を見回す。


「店主さんは、

 ずっと立ってますね」


「ええ」


「疲れませんか」


「慣れていますから」


 その人は、少し考えてから言った。


「……ここは、

 誰かの“途中”を支える場所ですね」


「そうかもしれません」


「じゃあ」


 視線が、炉の横の席に向く。


「店主さんの途中は、

 どこにあるんですか」


 アルトが、湯呑みを持つ手を止めた。


 店内が、静かになる。


「……さあ」


 私は、そう答えた。


 嘘ではなかった。


 分からないのだ。


 夜、店を閉めたあと、

 私は一人で炉の前に立った。


 火は、弱くなっている。


 椅子に、手をかける。


 一瞬だけ、

 座ることを考えた。


 だが、やめた。


 代わりに、

 椅子の位置を少しだけ直す。


 誰かが座るためではない。

 私が座るためでもない。


 そこに席があることを、

 忘れないために。


 境界町では、

 立っている者も、

 途中なのだ。


 ただ――

 自分の途中に、

 腰を下ろすタイミングを、

 まだ選んでいないだけで。

本話もお読みいただき、ありがとうございました!


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