第12話 残った人の朝
翌朝、境界町はよく晴れていた。
霧はなく、
空は高く、
時計塔は、いつも通り黙っている。
私は、いつもより少し早く茶屋を開けた。
理由はない。
ただ、そうしたかった。
最初の客は、アルトだった。
「……やっぱり、いるな」
「ええ」
アルトは、店の中を一度見回す。
あの席。
窓際。
湯呑みが置かれていた場所。
「静かだ」
「いつも通りです」
「いや」
アルトは椅子に腰を下ろし、
ゆっくりと息を吐いた。
「一人分、音が減った」
私は、茶を淹れる。
昨日と同じ茶葉。
同じ湯の温度。
だが、味は少しだけ違う。
「……出るやつがいると」
アルトが言う。
「残ったほうが、
ちゃんと“残った”って実感するな」
「ええ」
「前は、
皆、途中だった」
「今も、途中です」
「そうだな」
しばらく、沈黙。
外で、誰かが橋を渡る音がする。
急いでいない足音。
「なあ」
「はい」
「この町は、
出ていく人のためにあるんじゃない」
「ええ」
「でも」
アルトは、少しだけ言葉を探す。
「残る人のため“だけ”でも、ないな」
「そうですね」
そこへ、別の客が入ってくる。
初めて見る顔。
だが、驚きはない。
「……ここは」
「茶屋です」
「そうか」
その人は、
どこか戸惑いながら席に着いた。
「誰かが、出ていったと聞いた」
「ええ」
「……なら」
その人は、声を落とす。
「ここは、
本当に出られる場所なんだな」
アルトと、視線が合う。
「出られる」
アルトは、はっきり言った。
「だが、急がされはしない」
「……そうか」
その人は、
少しだけ安心したように見えた。
私は、湯を注ぐ。
「ぬるめで」
「助かる」
その言葉が、
この町では、何よりの合図だった。
昼が過ぎ、
茶屋はまた静かになる。
私は、ふと時計塔を見る。
針は、動いていない。
だが、昨日と同じ角度ではなかった。
――気のせいかもしれない。
それでも。
私は、
今日も茶葉を量り、
湯を沸かす。
出ていった人のためではない。
残った人のためだけでもない。
今、ここにいる誰かのために。
境界町は、
今日も途中だった。
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