8.Thanks to the Rabbit
唯とのお泊まり会、もとい、私の誕生日会を終えて一週間後の土曜日。
今日は唯と一緒に行こうねって約束したバザーの日だ。
唯の何を着ていけば売る側の人間として失礼が無いだろう?と言う疑問にに対し、2人で考えた結果、最終的に制服が一番無難ではないかという結論に至り、今私は学校でもないのに制服に着替えていた。私は毎年私服だからそれでいいんじゃないかと言ったら、何がいいんだろうか、どれがいいんだろうか、という話になり余計ややこしくなった。唯らしい性格と言えばそれまでなんだが、もう少し適当でもいいと思うんだけどね。
あれからぬいぐるみの在庫を増やし、うさぎを5匹、くまを3匹の合計8匹を作成。用意したうさぎは全て唯と一緒に作った物と同じで、くまの方はもっと小さくてキーホルダーみたいな感じのものだ。
バザーと言っても屋台のように建物を建ててお店を構えるというものではなく、アケード街の中でピクニックに使うシートを広げて自分の場所を確保する感じ。事前に当日バザーやりたいです、という運営本部への申請が必要なだけで、後は各々マナー良くお客さんや隣のショップといざこざなくやりましょうね、という緩い感じの催しだ。その風潮を求めてか、親御さんに連れられた幼稚園位の人から主婦やご年配の方までと様々な年齢の人達が参加している。売る側の人間だと、私達位の年齢はレアなんじゃないかな。
朝10時の開始に余裕を持たせて9時ちょい過ぎに現地集合の約束をしたが、私は事前に本部へ挨拶をしなくてはならないので少し早めに家を出る。去年とは違って今年は責任者が母ではなく私になる。ただ付いて行って手伝いをすればいいだけの立場ではなく、しっかりと唯を引っ張っていかなければならない。母とのバザーの場所もあえて少し離してみた。これはちょっとした自分への挑戦。お客さんを相手にしっかりと責任を持つ社会練習。まだちょっと怖いから母へすぐ連絡取れるようにしておいてね、とは言ってるケドね。
本部への挨拶を終え、唯との集合場所へ向かう。やはりと言うかなんと言うか、唯は既に来ていた。
「唯おはよう。待たせてごめんね。」
「おはよう。私も今来た所だよ。」
私の到着は9時5分位。あえて集合時間をちょい過ぎなんて曖昧にしたのだが、唯は何時に来たのだろう?まさか9時よりもずっと前に来て待ってたよ、という事は無いと思うけど……。
「今日は一日よろしくね。それじゃあ準備をしよっか。まずはシートを敷きたいんだけど手伝ってもらっていい?」
「了解!私に出来る事ならなんでも言ってね。」
唯に手伝ってもらいながらシートを広げる。風で飛ばないように四隅に重りを乗せて、今日の私達の城を完成させる。後はぬいぐるみ達を並べるだけ。
「あれ?唯もこの前作った子持ってきたの?」
「そうだよ〜。ぬいぐるみはいっぱいいた方が雰囲気いいかなって思って連れてきたの。勿論非売品だけどね!」
無くしたら嫌だとか、お客さんに気に入られたら嫌だ等で持ってこないと思っていただけに少し意外だった。確かに唯さんの仰る通り、賑やかな方が良いに決まっている。
「気遣いありがとうね。お客さんに気に入られてこれ欲しいって言われないようにだけ気を付けてね。」
「その辺何にも考えてなかった……。そうだね気を付けるよ。奏子は何匹持ってきたの?」
「じゃーん。うさぎだけじゃなくてくまも少し作ってみたの。値札はこれ。」
「うさぎが500円で、くまが300円……。結構安いんだね。」
「え?そう?半分趣味で作ったものだしこんなものでしょ?唯はいくら位を考えてたの?」
「1匹1500円とか2000円位。この前行った水族館のお土産に売ってるぬいぐるみってそれ位したじゃん。」
「あれとこれは全然別だよ。あっちはそこのお店のブランドだったり、著作権みたいな物が入ってるから、その分値段もするの。それにぬいぐるみの作成だって、しっかりとした業者の人がやってるから私みたいなのとは全然違うし。」
「奏子が作ったものも、その売り物と変わらない位上手だし気にしなくてもいいと思うけど。それに原価とか考えても大丈夫なの?」
「色々考えてくれてありがとうね。その辺含めて全部大丈夫だよ。さっきも言ったけど半分趣味だし、買ってくれる人はほとんどが子供なの。その子達に値段で諦めて欲しくないの。ワンコインなら親御さんにも優しいし、それで子供が喜んでくれたら嬉しいでしょ?」
「……そうだね。偉そうな事言ってごめんなさい!」
「謝んないで。私も初めての時にお母さんに似たような事を言って同じ事を言われたから。」
「そうなんだ。ならやっぱり奏子先生だね!」
「あははは。でもお客さんの前で先生って言わないでね。結構恥ずかしいからね?」
唯とおしゃべりしながらも作業を進める。そろそろ10時になる頃だ。
「もうすぐバザーが始まるよ。唯にやってほしい事は……。特に無いかも。実を言うと私もお客さんが来るまでやる事ないんだ。他のお店の人もお客さんが来るまでは本を読んでたり、私達みたいにおしゃべりしたりの人がほとんどだから、あまり気を張らなくていいからね。席を外したい時もご自由にどうぞ。」
「そうなの?すっごく緩いんだね。分かった。」
私としては唯が話し相手になってくれるから、いてくれるだけですっごい嬉しいんだけどね。ただ、今回の目的はバザーなんだからそこはしっかりはき違えないようにしないと!
始まって15分位経ったであろうか。ぬいぐるみをちらほら見ながら通り過ぎていく人は何人かいたのだが、初の立ち止まってまで興味を示す人がいらっしゃった。
小さな女の子と母親の2人組。年は幼稚園か小学生になりたての子だろう。気に入ってくれたのかじーっとうさぎのぬいぐるみを見ている。
「ママこれ欲しい!このうさぎさんすっごく可愛いよ!」
「どれどれ?確かに可愛いね。少し手に取ってもいいかしら?」
「あ!はい!どうぞ!」
うさぎのぬいぐるみを取って喜んでくれている女の子。一緒に出来を見ているのか、しっかりと確認をしている母親。なんだか私達の作品の完成度を査定されているようですっごく緊張する。ちらっと唯を見てみると、もっと緊張してるのか、がちがちに固まっていた。笑っちゃいけないのだが、その姿がおかしくていい感じに肩の力が抜ける。
「ママこの子買って!欲しいよ!」
「いいよ。色はその子でいいの?」
「やったー!この子がいい!」
なんと初の来客で売り上げ。女の子の嬉しそうな顔を見ると、私も嬉しさや達成感、それに安堵など様々な感情が込み上げてきた。
「購入ありがとうございます!」
「こちらこそありがとう。その制服、近くの○○高校でよね?あなた達2人で作ったんですか?」
「そうですご存じなんですね。でしたら近くの方ですよね。これも一緒に持って行って下さい。」
私は自分の名前と住所が書いてある名刺サイズの紙を渡した。
「もしそのぬいぐるみにほつれや破れなど出た場合直すので持って来てください。」
「ご丁寧にありがとうございます。アフターサービスもしっかりしてるのね。お姉ちゃん達にありがとうって言ってね。」
「これおねえちゃん達が作ったの!?凄いね!大事にするね!ありがとう!ばいばーい。」
うさぎを握って手を振る女の子に手を振り返しながら、母親に会釈。最初の売り上げはとてもいい形だった。幸先はすごくいいのだが、唯はというとまだ緊張しているのか、固まっている。こちらは幸先が良くなさそうだ。この調子で大丈夫なのだろうか……。
固まっている唯の肩をとんとんと叩き声を掛ける。
「唯ちょっと緊張しすぎだってば。いつも通りに接していれば大丈夫だって。」
「でもあの子にあげたの私達じゃなくて、奏子が1人で作ったやつだったけどいいの?」
緊張しながらもそこは考えていたのかい。確かにあの子は私のお誕生日会が終わってから1人で作った子だ。途中何か言いたそうにしてたのはこの為か。
「そこはそんなに重要なところじゃないよ。今日は私と唯でお店を開いてるんだから、唯はもっとしっかりこのお店の店員なんだって自信持ってよ。逆に1人でもぞもぞしてるとおかしいからね?バイト経験ありの私のアドバイスって事で受け取って欲しい。」
「……分かった。気を付ける。」
この話は受け手側の解釈によって意見が分かれる非常に難しい部分である。しかし、私は純粋に自慢の店員、もとい友達と一緒に作ったという事はぜひお客さんにも知って欲しいと思ってるので、あえて強めに言わせてもらった。唯も多分分かってくれているはず。
最初のお客さんが去って以降、売り上げはと言うと……意外と好調だった。しかも、新たに買ってくれたお客さんが既にここのお店の位置と商品を知っていたらしく、悩みもせずにすぐ買っていく人が多かった。小さい子供とその親御さんの組み合わせがほとんどで、会話の内容を少し聞いてみたところ、どうやら最初のお客さんの女の子がお友達に広めたらしく、その影響が大きいっぽい。うさぎだけでなく、隣に並んでいるくまも可愛いねって言いながら一緒に買ってくれた人もいて、開始から2時間しない位だろうか、既に完売してしまった。
私は正直に言うと、売れ残る事を覚悟していた。数匹ならまだしも、全く売れませんでした、というのも全然あり得るし、その場合何匹か唯にあげようと考えていた。
「すごい……。全部売れたね。完売だよ!」
「え?そう?私はすぐ売り切れるから早い者勝ちだぞーなんて思ってたんだけど。」
「売り切れちゃうならもっと作っておけばよかったね。実は私、売れ残りも覚悟してたんだよ。」
「そんな事あるわけないでしょ?こんなに可愛いんだから売れて当然だよ!それにしても買って行ってくれた子供達、みんな可愛いね!とかありがとう!って言ってくれてなんだかすっごく嬉しい気持ちになったね。」
唯は最初のお客さん以降、びっくりするぐらい別人だった。親御さんとはあまり話すところは見ていないが、その分子供たちと楽しく話をしていた。そして決まって最後にお互い笑顔で手を振って別れていた。短い時間でよくあそこまで仲良くなれるなぁと思うのだが、妹の時といい、唯は小さい子に好かれやすいのかな?
「私が感じていた事が唯にも伝わったようで何より。」
「自分達が作った物で子供達が喜んでくれるってこんなに嬉しい事なんだね。」
自分で言うのもアレだが、今日のバザーは唯にとって良い経験になったのではないだろうか。初めての店員としての経験、接客、子供達との交流、そして売れた時の嬉しさ。自意識過剰だが、そんなところに唯を連れて来た私、ナイス。
「それじゃあ完売したし、片付けして帰ろっか。ちょうどお昼過ぎだし、今日お手伝いしてくれたお礼に何か奢るよ。どこか寄っていこう。」
「あの……。うさぎさん売っているお店はここですか?」
まずは売上金の片付けから、と手を伸ばしたところで小さな女の子とその親御さんと思われるお客さんが来店。
しまった……すぐに売り切れの看板を出しておくべきだった。というか売り切れるなんて思ってもいなかったから、そんな物など用意していない。ここは大きな反省点。お客さんを放置している私をよそに、唯が女の子の目線に合わせるように屈みながら
「ごめんね。うさぎさんはもう売り切れちゃったの。」
売り切れた、という単語は聞こえてたであろうに、唯の目を見る事は無く、別の所を見ている女の子。どうしたんだろう?と思い、その目線を追いかけると納得。そこには私と唯で作った白黒の非売品のうさぎがいたのだ。
「ちょっと待って唯。」
屈んでいる唯の肩を叩き、後ろに置いてあるうさぎの方へ指をさす。唯もそこで気付いたのか、しまった!というような顔であたふたし始める。
「ど、どうしよう奏子……。うさぎいるのに売り切れです帰って下さいってちょっと酷いよね。」
「そうだね……私もそう思う。よし、この子女の子にあげよう!」
「えええ!!それはちょっと……。ほら!売れた子と違ってこれは私も縫ってるし、その縫い方も簡単な奴だし、奏子ほどのクオリティ無いし、それに……。私と奏子で作った子を誰にもあげたくない……。」
恐らく一番の理由は最後のやつだろう。分かる。私と唯が逆の立場でも同じ事を思うだろう。それでも今目の前にいる女の子を見て欲しい。すっごい期待しながらここのお店に来ただろうに、目の前にいるうさぎを売ってくれない。私達が断れば諦めて帰るだろうが、すっごく落ち込むはず。そんな思いをさせていいのか?勿論ダメ。ならばここは唯ごめん、心を鬼にする。
「唯。うさぎはまた一緒に作ろう?私の家でも唯の家でもいいから。でもね、女の子にとって、このうさぎは今しかないの。」
「そうだけど……。でもこれは私と奏子の作品で……。」
「勿論分かってるよ。私も初めて2人で作った作品だもん。唯が大事にしてくれて嬉しいなって思ってる。けど、目の前の女の子を見て。きっと唯と変わらない位大事にしてくれるよ。それが私達の合作で、って考えると嬉しくない?」
「それは……確かに分かるけど……。でも、私が縫ったっていうのは大丈夫なの?」
「多分大丈夫だよ。気になるなら正直に聞いてみよっか。」
私達が2人でコソコソ話してるのを不安そうに見ていた女の子へ振り替える。少しびくっとしたが、怖がらせないように屈んでゆっくりと話し出す。
「このうさぎはね、私と隣にいる娘で一緒に作った子なの。でもね練習しながらで、初めての作品なの。それでも大丈夫かな?」
女の子の差し出す手に白黒の私達の作品を置いてあげる。唯は拒否こそしなかったものの、不安そうな顔である。
「うん!可愛いから大丈夫だよ!」
手に乗せてあげて一瞬だった。本当に確認したのかな?という間隔だったが、気に入ってくれたらしい。
「気に入ってくれたみたいだね。これはもうこの子にあげちゃおう。ほら、唯も言う事あるでしょ?」
「うん。そうだね。」
まだ少し悲しさを残しつつも先程とは違い、心を決めたような表情の唯。私と同じく隣に屈んで
「さっきは売り切れなんて言ってごめんなさい。この子大事にしてあげてね。」
女の子が大きく力強く頷く姿に安心したのか、頭を撫でている唯。よかった。これで一安心だ。
「娘の為にありがとうございます。お代は500円だったかしら?」
と、親御さん。忘れかけていたが今はバザーの最中だった。
「はい、そうで」
「待ってください!これは私が練習で作った物なので、お金なんて取れません!」
私の言葉に割って入る唯。今日一番の大声に少し驚いてしまった。
「それでもタダで貰うわけにもいきませんし、しっかりお金は払いますよ。」
「でも……。それなら半額でどうですか!?奏子もそれでいいよね?」
「え?う、うん。いいけど。」
「本当にいいんですか?」
「いいんです!そういう事に、しておいて下さい……。」
半額の250円を受け取る。親御さんも申し訳なさそうな表情だった。
「この辺にお住みの方ですか?」
「はい、そうですけど何か?」
「先ほども言った通り練習がてらの作品ですので、もし仮にほつれなどが出た場合こちらに連絡ください。」
「あらご丁寧に。何かあったら訪ねますね。」
娘の手を引いて帰る2人へ手を振る私達。唯はうさぎではなく女の子をしっかりと真っすぐ見ていた。お別れは済んだのであろう。きっと大丈夫だ。
「唯ごめんね。私のわがままで。」
「いいよ気にしないで。確かに少し悲しかったけど、奏子の言う通りだと思うよ。きっとあの女の子すごく大事にしてくれると思う。」
「そうだね。私もそう思う。あの子の手にうさぎを乗せた時の嬉しそうな笑顔、比べちゃいけないのは分かってるけど、今日のお客さんの中で1番だったもん。」
「私もそう感じたよ。」
次こそ片付けを始める。もうお客さんが来られても本当に何も売れるものが無いのでしっかりと店仕舞い。お店は閉まりましたよ、という事が外見で分かるようになったところで、後は唯に任せる。
「それじゃあ後は唯に任せていい?私はバザーが終わったら帰る前に本部へ報告しないといけないの。すぐ終わるんだけど、唯を巻き込むのも悪いし先に行ってくるね。荷物も後は詰め込むだけだからー。」
「うん分かった。」
「それじゃあお願いね。」
待たせちゃ悪いし、駆け足で本部の方へ。唯のうさぎへのお礼も考えておかないと。
ひとりぽつん。私の事を1人置いて本部?の方へ駆け出した奏子を見送って、残りの作業に取り掛かる。任せていい?なんて言われたら断れるはずもなく、素直に1人残ったが、もしお客さんが来たらどうすればいいのだろう。あーでもそうならない様に大体は片付けてくれたのかな?荷物は詰め込むだけでいいって言ってたけど、どうすればいいんだ?シートは分かるとして、お金は?ぬいぐるみを入れていた籠は?うーん。迷っててもしょうがないし始めるか。
そんな事を考えながら、片付けをしていると後ろから聞き覚えのある声で話しかけられた。
そこにはほんの先程、私のうさぎを買っていった女の子のお母さんが立っていた。
「先程はありがとうございました。あのうさぎはあなたにとって、とても大事な物だったのでしょう?それなのに売ってもらって感謝してます。娘もとても喜んでました。」
「いえいえ!そんな事気にしないでください!娘さんに喜んでもらえて嬉しい限りです!それと……すいません。私達の会話聞こえてました?」
「勿論聞こえてましたよ。あのうさぎがあなたにとって、もう1人の娘ととても意味のあるものだと。」
奏子との会話を思い出して赤面。私達2人の間での会話ならなんて事なかったけれど、それを他人に聞かれたのならすっごく恥ずかしい。それでも最悪、私が奏子に気があって売りたくなかったっていうのがバレなければそれでいいか……。
「あらあらそんなに恥ずかしがらないで下さい。とてもいい話でしたから。お見受けしたところ、あなたあの娘の事が好きなのでしょう?それで手放すのが嫌だったと。」
ぎゃーバレてる!ええとここは素直に誤魔化そう。
「違いま」
「隠さなくてもいいのよ?私には分かるから。」
「……はい。仰る通りです。」
誤魔化させても頂けなかった。
「そんなに恥ずかしがらないで下さい。人を好きになる事ってそんなに恥ずかしい事ですか?」
確かに言われてみればそうだ。何もおかしな事ではないじゃないか。
「いいえ。そんな事は決してないです。」
「そうでしょう?あらごめんなさい。偉そうな事言って。ここに来たのはお礼をするためだったの。これを受け取ってください。」
お母さんから封筒を1通受け取る。この形、厚さ、入ってるであろう物は予想できる。まさか、と思いながら確認してみると案の定お金が入っていた。それもうさぎ1匹にしては相当な額。
「何ですかこれは!?受け取れませんよこんなもの。」
「受け取ってほしいです。私達はあなたにとって非常に大事な物を頂いたわけですから。」
「それなら定価の500円でどうですか?」
「ではこうしましょう。今後あの子をデートに誘う予定は無いですか?」
「で、デートですか?遊びに行く予定ならありますけど……。」
「ではそこでこのお金を使って下さい。予定の中に少しだけ贅沢を加えてあの子にも喜んでもらって下さい。」
「なんでそこまで……?」
「お礼と応援ですよ。あなた達2人を見てうまくいってほしいなと思ったからです。それに私にも経験がありますので。」
経験?何の?人を好きになる事だろうか?でもこれって人間ならばごく普通の感情だろうし、わざわざ経験なんて言葉で置き換える必要など無いはず。では何だ?私達の会話の中で珍しい事なんかあったっけ?うーん……。あ……もしかして女性が女性の事を好きになるって事かな?今まで考えた事が無かったけど、私って奏子という女の子の事を好きになっている。これなら確かに経験っていう言葉で置き換えて表現してもおかしくは無いよね。
もしかして、という気持ちでお母さんの事を見てみると、まるでそうだよと言うように笑顔で頷いてくれた。言葉は交わしていないが多分間違っていない。そんな方からの応援。
「……ありがたく使わせて頂きます。ありがとうございます。」
「どういたしまして。当日頑張ってくださいね。それともう1人の娘にもありがとうってお伝え下さい。」
私へ会釈をして帰っていくお母さん。私はそれよりももっと大きくお辞儀をして見送る。
結構衝撃的な会話をした私は、それからずっと頭の中で先程の会話を思い返していた。
片付け途中だったのも忘れてぼけーっと突っ立っていた事に気付いたのは、帰ってきた奏子に話しかけられてだった。
「ただいま唯。そんなとこで立ってどうしたの?片付けも終わってないじゃん。」
「あああごめん奏子お帰り。さっきね私達の白黒のうさぎを買ってくれたお母さんが来てたの。」
ふとストップ。お母さんと話していた内容を全部は話したくない。ごめん奏子ちょっとだけ嘘つかせて。
「そうなんだ。何の話してたの?」
「娘さんがうさぎをすっごく喜んでたよありがとうって話。凄く感謝されちゃった。」
「それは良かったじゃない。でもね唯。そんなとこで突っ立てるのは危ないからやめようね?」
そう言いながら片付けを終わらせる奏子。あ、私の仕事奏子にやらせちゃった。
「さて、それじゃあ無事に終わった事だし、お昼食べに行こうか。唯は何かリクエストある?」
奏子の後を追いかけながら会場を後にする。
奏子にリクエストを聞かれているが、頭の中にあるのは先程のお母さんとの会話ばかり。
というか私、今更女の子の事を好きになってるって気が付いたのか。言葉で言えば同性愛。言い換えれば多分、百合。
表面上ではこうなる。でも本当にそうだろうか?私は奏子が女の子だから好きになったのかな?多分、違う。となると百合は後付け。
そう、奏子の事を好きになったのだ。たまたま奏子が女の子だっただけに過ぎない。
ならば、この事実に気付かなかった事にも納得。百合という言葉が存在しながらその事に気付かなかった私。それだけ奏子の事を純粋に好いていたのだろう。にやけてしまう。
「唯~。リクエストまだ?って何1人でニヤニヤしてるの?」
「ごめんごめん。何の話だっけ?」
「え!?話聞いてなかったの?お昼に食べたい物だよ~。」
って言われるまでがセットね。
バザーが終わってから、更に一週間後の土曜日。
私は唯と決めた集合場所に1人で座っていた。
現在時刻は15時50分。16時集合の10分前なのだが、唯は来ていなかった。私が昔やっていたソフトボール部のように、集合時間の10分前集合は言われなくても守る事、みたいな事を決めたわけではないのだが、唯がこの時間になっても来ていなかった事は初めてだった。本来集合時間にいればいいだけの話なのだが、今まで30分以上も前に2人で揃っていたという事がほとんどだった異常な私達からすると、少し感覚がおかしくなっているのかもしれない。
行先は私の誕生日に唯が予定してくれていた所。その日は大雨で外へ出る事が出来ず、私の家で過ごしていた。
15時55分。唯の姿はまだない。スマホを確認しても連絡は入ってない。そういえばバザーが終わった後の唯は少しおかしかった。
これまでも代わりの日に行こうね、という話をよくしていて、その時の唯はすごく楽しそうだったのだが、今週になったとたん口ごもる事が多くなっていたのだ。授業中チラ見しても、なんだか考え事をしているそぶりが多いように見えた。どちらも毎日唯をよく見てなきゃ分かんないであろうほんの些細な変化で、いつもの私なら流石私!なんて心の中で思ってただろうが、状態が状態なだけに心配の方が勝っていた。
16時00分。結局集合時間になったけど唯は来なかった。スマホにも連絡は無い。流石に心配になってきた。
唯が来るであろう方向へ移動し、目視確認をして見えないようだったら電話をしてみよう。
するとこちら向かって走ってくる人影が1つ。こちらに気付いてか手を振っている。多分あれは唯だろう。私も手を振り返す。
到着した唯はすごく申し訳なさそうだった。
「奏子遅刻してごめん!待ったでしょ?」
「気にしないで。何かあったんじゃないかと心配してたから無事で何より。」
「それでも私が企画したものに私が遅れるなんて……。」
はぁはぁ、と荒い息。額を伝う汗。今の季節、この時間、下がった気温の中、汗をかくほど運動が好きではない唯が頑張って走ってきたのだから、とても申し訳なさそうにしているのが伝わってくる。
「本当に気にしてないって。」
「でも……。」
しかし、ここで私も私の気持ちを100%伝える術を持ってない事も事実。このままだと唯が今日1日ずっと申し訳なさそうに行動してしまうかもしれない。それは避けたい。
鞄からハンカチを取り出して唯の汗を拭ってあげる。びっくりしてなのか、目を丸くしている唯をよそにそのまま頭を撫でてあげる。
「え?え?奏子どうしたの?」
「私なりの気にしてないよって気持ち。そうじゃないと今日1日謝ってばかりいるでしょう?」
「……そうかも。気遣ってくれてありがとう。」
どうやら私の行動は正解だったようだ。気持ちの切り替えが速いのか、それとも私の言葉を素直に受け入れてくれたのか。
「それじゃあ出発しよう。どこに連れて行ってくれるの?」
集合場所はバス停。恐らくバスに乗って移動するのだろう。誕生日の日に聞いて秘密と言われて以降私は何も聞いてない。もし唯の方から話してくれるなら、と考えていたが、今日までその話は無く、私もまた唯の意志を尊重していた。
「遠出したいんだけど大丈夫かな?」
「唯に言われた通り遅くなるってお母さんに言ってあるから大丈夫だよ。」
「分かった。ありがとう。では、バスに乗って山へ行きたいと思います。付いて来て。」
先頭を進むのは私ではなくて唯。唯の誕生日の時とは逆の今日の私達。今日は私をどんな風に好きに連れ回してくれるのかな?
バスを1回乗り継いだ。
唯にここで降りよう、と言われ長いバス旅を終えた私達が到着した場所は、来た事の無い山の近くだった。暖房が効いてたバスから降りると、外の寒さに一瞬体がぶるっと震える。出発した時からだいぶ時間も経って、気温が下がっているのは当然なのだが、それだけでは表せないような空気の冷たさというものを感じた。私が住んでいる所よりも車や建物などの人工物が圧倒的に少なく、本来の自然な地球に近い場所。そのおかげでこのように感じられるのではないだろうか?と、乏しい知識で考えていた。
周りに見えるのは私達が乗ってきたバスが通る道路を除けば、山と田んぼばかり。人通りが少ないからか街灯も少なく、とても暗い。言葉を選ばないで表現するならド田舎。私達が住んでいる所も決して都会とは表現できないが、それよりもずっとずっと田舎。
確かに唯は山へ行きたいと言っていたが、私はてっきり山がある方向へ行くのだと思っていたので少し驚いていた。いや、素直に唯の言葉を受け取らなかった私が悪い。ごめんちょっと反省。
私達を乗せていたバスが見えなくなって、その音も聞こえなくなると、辺りはすっかりと静寂にのまれた。今がもし8月とかだったら、水を張ってある田んぼからのかえるの合唱や、昆虫たちの鳴き声で凄い事になってたんだろうなぁと思う。しかし今は11月も後半に入るため、そんな音は聞こえない。逆にこんなに静かすぎるのも少しだけ不気味だった。
「長旅お疲れ様。ん〜やっぱりこういう所は空気が綺麗で美味しいね〜。奏子もそう思わない?」
両手を伸ばしながら大きく息を吸っている唯。このような風景の場所ではリアルや創作物を問わず使われる表現だが、正直空気が美味しいと言う意味が分からなかった。
「空気が美味しいって味があるの?確かに私たちがいる所より冷たいな〜って感じはするんだけど私には分からないや。どんな違いがあるの?」
匂いにとても強いわんちゃん唯に詳しく教えて頂こう。
「私も奏子と同じようになんか冷たいな~って感じる位。でもこれは車の排気ガスやアスファルトの吸収する熱が私達の住んでいる所より少ないからなんじゃ無いかな?後は……見た目。自然が多いからこう言っただけ。というかこれが一番大きいかも。だからごめん。味の違いなんて分かんないや。」
「そうなんだ。」
「偉そうな事言っておいて変な回答でごめんね。でも分からないものを分かるって嘘はつきたくないから。」
「大丈夫だよ気にしないで。辺りに何も見えないけど、これからどこに連れて行ってくれるの?」
「場所はここで到着だよ。私は誕生日に海へ連れて行ってもらったじゃん?それがさ、すごく感動して。今まであまり景色を気にした事が無いのを勿体なく思っちゃって。それでこの感動を奏子にもお返し出来たらなと思ったの。海を見せてもらったから、それなら山方面かな?っていう安直な考えなんだけどね。」
私達女子高生2人が行くには珍しいだろう場所だなぁと思ってたからなるほど。それで山だったのか。
唯が連れて来てくれた場所に私達2人。人通りどころか車が来る気配すら無い。つまり今この広い空間は私達2人だけの物。
なんかそう思うと嬉しくなってくる。その気持ちを表すように両手を横に大きく広げてその場でくるくる回ってみた。広げた体に当たる冷たい空気が気持ちいい。
唯はというと危ないよ、と注意してくれながらもくすくすと笑っている。なんだかすっごく幸せだ。
「ねぇ奏子。横だけじゃなく空も見てみてよ。」
見上げるとそこは雲1つない真っ暗な星空だった。この時期雲が無い空なんて珍しいと思う。もしかして唯がこの空模様まで用意してくれたのかな?
「いつも見る夜空よりずっと暗くて綺麗だね。」
「そうだね。こっちの方が暗く見えるのは、勿論人口の光が圧倒的に少ない事が理由でもあるんだけど、人が巻きあげる埃、車の排気ガス等も少ない分、空気に不純物が少ないからでもあるんだよ。人間の目でその小さな埃とかを確認するのは難しいけど、塵も積もれば山となる。それが空まで重なるとどうしても霞んでしまう。これはさっき言った私の何となくじゃなくてしっかり調べたやつ。」
唯が隣で説明してくれるのをよそに私はずっと夜空を見ていた。正しく言えば見とれていたかもしれない。夜空はたまに家から見たりしていたが、場所によってこんなにも見え方が変わるんだ、なんて感動していた。あ、オリオン座発見!唯は私があげたお揃いの髪飾り、2つ合わせるとオリオン座になる事覚えてくれてるかな?
「どう奏子?」
「うん。ここに連れて来てくれてありがとう。言葉でどう表現すればいいか分かんないけれど、なんかすごいね。」
「それは良かった。実は帰りのバスがもうすぐで、これしか無いの。さっき私達が乗ってきたバスがUターンして戻ってくるんだけど。先に移動しちゃっていい?」
「うん。分かった。」
星空を見上げたまま歩くのは流石に危ないので目線を唯に戻す。
唯は私が連れて行った海に感動してこの場所を選んでくれたと言っていた。正直当時は唯の感動が私には分からなかった。しかし今になって思う。多分この感覚なんだなぁと。今私が感じているものを当時同じように、唯が感じてくれていたのなら、大成功だったんだなぁと今になって思っていた。
「実はね、奏子の誕生日当日、来るのは昼の予定だったの。夕方にはパーティーだからそれまでには絶対帰らないといけなかったからね。でもね、延期が決まって時間に余裕が出来るならいいんじゃないかなって思って夜にしてみたの。夜なら星空も見えるし綺麗だろうなって。だから当日雨が降ってくれてよかったなぁって少し思ってたの。ごめんね。めでたい日なのにこんな事思っちゃって。」
「そうなんだ……。実は私も雨で良かったなって思ってるの。今日だけじゃない。家で一緒にぬいぐるみ作った事もバザーに行った事もすごく楽しかった。もしあの時晴れてたらこれら全部無かったって事でしょ?それは嫌かな。だから気にしないで!」
思い切って唯の両手を私の両手で包み込むように握って言ってみた。少し恥ずかったけど、それよりも今凄く楽しい気持ちが勝っていたため迷いは無かった。
「ねぇ。このままバスが来るまで手を繋いでていい?」
「うん。……いいよ。」
一瞬驚いた顔をしたけれど嫌がるそぶりは無い唯。いつもとは違う空気、景色、唯と2人だけの空間。今私が望めば唯が全て叶えてくれそうな気がした。
私達を迎えに来たバスの運転手さんは、私達を微笑ましい顔で迎え入れてくれた。次はどこに連れて行ってくれるのかな。
バスがいつもの見慣れた風景の所に着くと、この後は予定通り夕食を食べに行く。場所に関しては唯が私に任せて!と言っていたので、着くまではどこになるのかは知らない。
唯に案内されて着いた所へ一番最初に思った事が、場所間違えてるんじゃない?だった。私達がいつも行く場所は、値段の手ごろさを第一に考える場所だったからだ。しかし、私達が行こうとしている場所はどう見ても高そうなレストラン。
唯に確認しても間違ってないよと言う。ならばそうなのだろうけど大丈夫だろうか?いつもより値段が3倍も4倍もしそうなんだけど。
私の心配をよそに唯は堂々とお店に入っていく。なんだかかっこよかった。
「はい。これメニュー表。好きなの選んでいいよ。」
席へ着くなり唯に渡されたメニュー表を見てみる。やはり相応の値段がするな~と少し縮こまってしまう。
「好きなのって……。大丈夫なの?」
「大丈夫って?もしかしてお金の事?それなら気にしないで!しっかり私が払うから。年に1回位贅沢してもばちは当たらないでしょう。」
唯の言う事はごもっともだし、納得できる。バイトをしている私なら年1回位ならと言えるが、唯はバイトをしていない。人の経済状況にあれこれ言うのは失礼だが、私の為に無理をさせているかもしれないとなると話は変わってくる。
言葉に出してはいなかったのだが、無意識に無言の圧をかけていたらしく、唯が突然謝ってきた。
「ごめんなさい。実は贅沢して来なさいってお金を出してくれた人がいるんです。バザーの日、最後に白黒のうさぎを買ってくれた女の子のお母さんなんだけど覚えてる?」
「それは勿論覚えてるけど。でもなんでその人が?」
「奏子が本部へ挨拶しに行った時すぐにあのお母さんが来て、お礼を言いに来たの。そしたらその後に少し話し込んでしまって、えぇっと……売ってくれたうさぎはあなた達にとってとても大切なものだったんでしょう?って。それでそのお礼に奏子と今度少し贅沢な所に行っておいでって理由で代金を多く貰ってました。隠しててごめんなさい。」
「そうだったんだ。」
あの時なんか唯の様子がおかしいなと思ってたけどそういう事だったのか。
「本来はその場ですぐ報告するべきなんだけど、少し考え事をしちゃってて……。結局言えなくて、それなら食べ終わった後に言えばいいかなって逃げてました。今日遅れて来たのもこれについて考えてたからなの。」
「なるほどね。分かった。それなら遠慮なく頂きますか!」
申し訳なさそうに話す唯に、私は笑顔で答える。結局は私の為を思ってくれての行動なんでしょ?それなら私はその気持ちに素直に答えるだけだ。
「奏子怒ってないの?」
「怒る要素どこにもないよ。のんびりしてると私だけ先に注文しちゃうぞー。」
「そう……だよね。ありがとう奏子!」
私につられてかパッと明るくなる唯。うんうん、いつもの唯だ。折角なんだから楽しくいかないとね!
料理は美味しかった。しかし、いつもと何が違うの?と聞かれてもうまく語源化出来る程舌は肥えてないから、うまく伝える事は出来ない。
唯もすぐにいつも通りに戻っていたし、なんだか普段私達が外食でわいわいおしゃべりするのとあまり変わらなかった気がする。あえて言うなら、そんな私達に少しだけ華を添えてくれた感じ。
もしかするとあの子のお母さんは最初からこれを狙っていたのかな?だとしたら何という策士……。
お店を出た後は途中まで一緒に帰って解散。これにて唯が本来私の誕生日当日にやりたかった事全てが完了らしい。色々イレギュラーはあったけど全て楽しかったよ。ありがとうね唯。




