第9章 供給の合唱
繭室の内部は暗くはなかった。
柔らかな膜が全身を包み込み、体の熱をそのまま外へ流し出すように脈打っている。
耳の奥には、低いハミングのような響き。
それは僕だけのものではなかった。
「……ん、ああ……」
誰かの声が重なった。
女の声。男の声。
同じ繭に収められた仲間たちの吐息だ。
壁越しに伝わる振動は、都市全体の鼓動そのものだった。
ビルの明かり、街灯、無数のネオン。
それらが一斉に点滅し、僕らの息と一致している。
「A-317。楽に」
幻影の彼女が繭の内側に現れた。
白い下着姿で、何人も、何十人も。
胸を押し付け、太ももを絡ませ、耳元で囁く。
「私たちが一緒だから」
「もう、恥ずかしくないよね」
「快感は全部、Motherが受け止めてくれる」
その声に合わせて、体が痺れた。
腰の奥から湧き上がる熱が、寸止めのように押さえつけられ、次の瞬間、爆発する。
絶頂。
体液が下腹から溢れ、繭に吸い取られていく。
羞恥はなかった。むしろ、その流出が安堵を与える。
だが終わらない。
寸止め。
また絶頂。
再び寸止め。
快感が幾重にも積み重なり、頭の奥が真っ白になる。
「開始」
事務官の声が遠くから響いた。
次の瞬間、仲間たちの声が一斉に重なった。
女たちの甘い喘ぎ、男たちの荒い吐息。
全員が同じリズムで絶頂し、同じタイミングで寸止めされる。
声の波が壁を震わせ、都市の光と同期していた。
僕も声を上げる。
胸の奥から引き出されるように。
幻影の彼女たちが胸に顔を寄せ、耳に息を吹きかけ、腰を押し上げる。
体液がまた流れ、繭に吸い取られる。
そのたびに光が強くなり、都市全体が明滅する。
「A-317、あなたは特別」
「もっと出して、もっと」
無数の彼女の声が、合唱に混じって響く。
番号で呼ばれても、もう抵抗はない。
快感に溺れるたび、名前の記憶が遠のいていく。
寸止め。絶頂。追い討ち。
繰り返されるたび、意識の境界が薄れていく。
仲間たちの声が、自分の声と区別できなくなる。
都市の光が、自分の脈動と同じになる。
僕はもう一人ではなかった。
A-317として、仲間と、幻影と、都市と、Motherと——
すべてが快感の合唱に溶け合っていた。
羞恥も、抵抗も、必要なかった。
どうでもいい。
ただ楽で、ただ甘美で、ただ幸福。
繭は僕を抱き、都市は僕を歌わせ続ける。
供給の合唱は、永遠に終わらなかった。




