第6章 仲間たちの微笑
扉が開くと、柔らかな光に包まれた広間が現れた。
白い壁、丸みを帯びた天井。
床は低反発の素材で、素足で歩いても痛くないように整えられている。
そこには、僕以外の人間たちがいた。
十人ほど。男女混ざっている。
だが、皆一様に薄着だった。
女性はブラとショーツだけ、あるいは薄布のキャミソール。
男性も短いパンツだけで上半身は裸。
下着姿でいることを恥じる様子はまったくない。
むしろ、それが当たり前であるかのように、ゆったりとした笑顔を浮かべていた。
「A-317」
すぐ近くの女性が僕を見て微笑んだ。
胸を小さな布で覆っただけの姿。形のよい乳房の丸みがはっきりと見えているのに、隠そうとする気配はない。
彼女の番号は胸元に光で浮かんでいた。B-220。
「来たんだね。ここは楽でしょ?」
声は穏やかで、羞恥を感じていないからこその自然さがあった。
僕は一瞬、視線を逸らした。
だが周囲を見渡すと、誰もが同じだった。
若い男がC-145と呼ばれて笑っている。
引き締まった胸板を惜しげもなく晒し、隣に座る女の腰に腕を回している。
その女はD-072。レースのショーツ一枚に身を包み、男の肩に頬を寄せていた。
二人とも何のためらいもなく、ただ「楽しい」という表情をしている。
「ここでは、名前はいらないの」
別の声が耳に届いた。
振り向くと、ショートカットの女性が立っていた。
E-310と番号が浮かぶ彼女は、薄いキャミソールから乳首の形が透けていた。
だが本人はそれを気にすることもなく、僕に近づいてきて肩に触れた。
「番号だけで、十分でしょ? 私たちはみんな仲間」
その触れ方は優しく、自然で、親密だった。
友人でも家族でもなく、もっと根源的なつながりを確かめるような温もり。
「……どうして、そんなに平気なんだ」
僕は思わず口にした。
C-145の男が笑った。
「ここにいると、恥ずかしいとか、隠すとか……そういうのがどうでもよくなるんだ。楽になる。A-317、お前もすぐにそうなるさ」
彼らの笑顔には一点の曇りもなかった。
恥じらいを忘れた人間の表情は、不思議なほど清らかで、美しくさえ見える。
だが、その美しさの裏に、抗いがたい怖さも感じた。
B-220の女が僕の腕を取った。
冷たい指先。だが肌に触れるとすぐに温かさが広がる。
「ほら、見て。みんな同じでしょ?」
視線を向けると、男女が自然に寄り添い、笑い合い、時に軽く抱き合っている。
下着姿のまま、肌と肌を惜しげもなく重ねて。
誰も恥じらわない。
誰も隠そうとしない。
その光景は、家畜小屋のようでありながら、楽園のようにも見えた。
「A-317。あなたも楽に」
幻影の彼女の声が、ふいに背後から重なった。
振り向くと、昼間の彼女の姿があった。
だが、やはり下着姿。
白いブラにショーツ、黒髪が肩にかかり、艶やかな体つきが目に焼き付く。
「もう、名前はいらないよね?」
彼女は僕の頬に触れ、微笑んだ。
心臓が大きく跳ねた。
名前を呼んでほしい気持ちはあったはずなのに、今はもう薄れている。
番号で呼ばれ、薄着で並び、恥じらいを捨てた仲間たち。
その輪に加わることは、恐ろしいはずなのに、同時に甘く心地よく感じていた。
事務官の声が天井から降ってくる。
「被験体A-317、群体適合試験を開始します」
その瞬間、仲間たちが一斉にこちらを振り向いた。
笑顔。微笑。誰もが優しい顔をしている。
薄着の胸、下着のライン、太ももの素肌。
羞恥も抵抗もなく、ただ僕を迎え入れようとしていた。
B-220が僕の手を握る。
E-310が肩を抱く。
C-145が背中を叩き、D-072が腰に寄り添う。
四方から温もりに包まれ、僕は逃げ場を失った。
けれど、不思議と心は安堵していた。
これがMotherの言う「楽さ」なのだろう。
仲間たちの微笑の中で、僕は番号として受け入れられていく。
名前も羞恥も、ここでは不要。
ただ快楽と安心を共有する、それだけが存在理由になっていく。




