表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/4

第1話 最後の魔法学院生(4)

「失礼します、開いてますか?」


「あ、はい!もちろんでございます。どうぞお入りくださいませ!」


 リュシアは勢いよく立ち上がり、緊張した面持ちで扉を開ける。

 扉の向こうには、栗色の髪を揺らし、瞳をきらきらと輝かせた少女が立っていた。


「わあ、素敵な店ですね!」


「あ……、ありがとうございます。お独りでお越しでございますか?」


「はい。あ、でも先客の方がいらっしゃるのですね」


 少女はアルディスに気づき、会釈。アルディスもハッとしたように丁寧に頭を下げる。


「あたし、ソラ・ミントっていいます。麓の村に住んでて。

 この建物、昔から知ってはいたのですが、お店だとは思わず……今日は何だか特別に美しく見えて、つい足を運んでしまいました」


「ソラ様ですね。私はリュシアと申します。この店の店主でございます。」


 ソラと名乗った少女は、好奇心と少しの緊張を隠しきれない様子。リュシアは別のテーブルに案内しようとしたが、ソラは首を振る。


「もしよろしければ、あちらの方とご一緒させてもらえませんか?

 一人だと少し緊張してしまって……」


 アルディスは快く同意し、ソラは向かいの席に座る。


 ソラが席に着くと、椅子が温かく光り、歓迎の輝きを放つ。


 リュシアは少し戸惑いながらも、新しいカップを用意する。


「ソラ様は、何かお飲みになりたいものはございますか?」


「ええと……あんまり分からなくて。お任せでもいいですか?

 おすすめのお茶があれば」


 リュシアは再び魔法の茶箱へ。

 今度はどんなお茶がよいだろう。

 ソラという少女は明るく見えるが、どこか不安を抱えているように感じられる。


 選んだのは、西の森で採れたレモンバームとカモミールのブレンド。

 心を落ち着かせ、新しい出会いへの勇気を与えてくれるはず。


 再び想魔術の準備をしながら、リュシアは今日という日の不思議さを噛みしめる。

 ずっと誰も来なかったのに、今日は一度に二人も。


 カップの中では、じっくり抽出された淡い翠色のハーブティーが静かに揺れている。

 小さなスプーンで蜂蜜をひとすくい。とろけるように、翠色の中にとゆっくりと沈んでいく。


 リュシアは息を整え、祈るように両手でカップを包み込む。

 その瞬間、金色の光がふわりときらめき、店内に優しい香りが広がった。


「本日は、〈新しい扉を開く、蜂蜜の香り茶〉、ご用意いたしました」


 少しだけ迷いながら名付ける仕草が、どこか初々しい。


 ソラの前にカップを置くと、彼女は嬉しそうに香りを楽しむ。


「良い香り……なんだか心が軽くなりそうです」


 ソラはカップを口元に運び、一口含む。

 その瞬間、彼女の瞳がぱっと輝きを増し、頬に柔らかな微笑みが広がる。

 しばし味わうように目を閉じ、ゆっくりと息を吐き出すと、ふと何かに気づいたようにリュシアを見上げた。


「あの……これって、もしかして、魔法……なんですか?」


 リュシアは一瞬戸惑い、視線を落とす。

 アルディスがやさしく微笑み、ソラに向き直った。


「ええ、これは“想魔術”という特別な魔法の一種です。

 リュシアさんが、お茶に想いを込めてくれたんですよ」


 ソラは驚いたように目を見開き、そして少しだけ複雑な表情を浮かべた。


「やっぱり……魔法、なんですね。小さい頃は、魔法ってきっと素敵なものだと思っていました。

 空を飛んだり、花を咲かせたり……でも、

 あたしの祖父母は魔法の事故で亡くなったんです。それ以来、ちょっと怖いものだと思うようになって……」


「でも、今日の魔法は全然怖くなかった。むしろ、すごく優しくて、温かくて……」


「……ありがとうございます、ソラ様。私の力はささやかですが、本日のお茶には“安らぎ”や“勇気”の想いを込めております」


 ソラは再びカップを手に取り、ゆっくりと飲む。


「まるで誰かが、あたしを大切に思ってくれているみたい……。あ、なんだか照れますね、こういうの」


 リュシアの瞳が潤む。長い間、誰にも理解されなかった想魔術の温もりを、この少女はたった一口で感じ取ってくれた。


「ありがとうございます、ソラ様」


 リュシアの声は、かすかに震えていた。


 アルディスは頷き、微笑みを浮かべながらも、心の奥で深い感慨に包まれていた。


(これが――“想魔術”。想いを魔法の力で物や空間に宿す術。時を越え、人の心に寄り添う力……)



 ふと、リュシアがおずおずと口を開く。


「あの……もしよろしければ、ご相伴に預からせてもらっても?」


 古めかしい言い回しに、アルディスは一瞬きょとんとした表情を浮かべる。


「つまり、店主さんも一緒にお茶しませんか?ってことですよね!」


 アルディスも「あ、なるほど」と頷き、柔らかく微笑んだ。


「は、はい……長い間、いつも一人で淹れておりましたので……もしよろしければ」


 リュシアの頬がほんのりと赤く染まる。


「もちろんです!」


「ぜひ、ご一緒に」


 ソラとアルディスが声を揃え、リュシアは小さく微笑んだ。


 リュシアは自分用のカップを手に取り、残っていたお茶を注ぐ。カップの中で琥珀色が揺れる。


 三人はそっとカップを手に取り、静かに顔を見合わせた。

 その瞬間、自然と微笑みがこぼれ、店内に安らぎが満ちていく。

 やがて、誰からともなく他愛もない話が始まり、穏やかな笑い声が小さく響いた。


 アルディスはカップを口元に運びながら、改めて店内を見回した。


 この建物の不思議な温もり、想魔術の力、そして何より――目の前の少女。

 文献で読んだ記述と、あまりにも多くが重なっている。


(もしかすると、彼女は……)


 その時、ソラが嬉しそうに声を弾ませた。


「ねえ、リュシアさん。もしよかったら、また来てもいいですか?

 あ、でもご迷惑じゃなければ!」


「もちろんでございます。いつでも、どうぞお越しくださいませ」


 リュシアは、こみ上げるものを感じ、慌てて微笑みでそれを隠した。


「それにしても、リュシアさんの言葉、すごく可愛いけど、ちょっと古風だよね。今度あたしが直してあげる!」


リュシアは思わず頬を赤らめ、アルディスも微笑んだ。


 窓の外では秋の風が、色づき始めた葉を揺らし、新しい季節の始まりを告げていた。


 長い孤独が、ゆっくりと溶けていく朝だった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ