第1話 最後の魔法学院生(2)
扉の鈴が澄んだ音を響かせる中、リュシアは立ち尽くしていた。久方ぶりの来客。震える手をエプロンで拭い、扉へと向かう。
「いらっしゃい……ませ」
扉を開けると、そこには一人の青年。
年の頃は二十ほど、濃い茶色の髪に真面目な眼鏡。
重そうな書物を抱え、肩から大きな革の鞄。
魔法学院の制服――今や珍しい青いローブ。
「あの……こちら、陽だまり亭でしょうか?」
青年の声は丁寧で落ち着いていたが、どこか緊張が滲んでいる。リュシアは慌てて深く頭を下げる。
「はい、ようこそおいでくださいました。
……あ、いえ、いらっしゃいませ、で……あれ?」
自分でも混乱して小さく首をかしげる。頬がほんのり赤く染まる。
「ええと……お独りでお越しでございますか?」
「はい、一人です。もしお時間が許すようでしたら、少しお話を伺いたく……」
青年は帽子を脱ぎ、丁寧にお辞儀。その仕草は、古き良き時代の気品が感じられた。
「どうぞ、此方のお席へお掛けくださいませ……」
リュシアは窓際の席へ案内した。朝の光が差し込む、陽だまり亭で最も明るい席。青年が腰を下ろすと、椅子が微かに温かな光を帯びる。
「私、アルディス・ヴェルナーと申します。ヒルシュタイン魔法学院の学生です」
「申し遅れました。私はリュシアと申します。この店の店主でございます」
「……とある文献で、こちらのことを知りまして」
「え……?」
「実は、ヒルシュタイン魔法学院は私を最後の卒業生として閉鎖が決まりました。
それで、今まで閲覧できなかった文献が解放されたのです」
思いがけない言葉だった。最も歴史ある魔法学院がついに終わりを迎えようとしているとは。
「その中で、記憶や想いに関する魔法を扱ったという、こちらのお店の記録を見つけまして、探していたのです。まさか今も営業されているなんて……私は幸運です」
どこか思い詰めたように話していたが、ふとアルディスは目を細め、自身の周りの壁や床に、さざ波のように揺らめく淡い光の気配に気が付いた。
「このお店……いつ頃の魔法建築でしょう?
初めての感覚です。物質と魔力が有機的に組み上げられた生命力というか……扉をくぐった瞬間からずっと歓迎をいただいているような」
リュシアは一目で見抜いたアルディスに驚きながら、同時に、自分の家を褒められたようで嬉しくなった。
「左様でございますか……、正確には分かりませんが三百年以上経っております。
祖母、そのまた祖母の時代より継いでおりまして」
「三百年!それは貴重な……。その…もしかして想魔術についても何かご存知でしょうか?」
想魔術という言葉に、一瞬ドキリとする。
「想魔術……ささやかではございますが、少しだけ」
リュシアは神に遺された最後の想魔術使いとして、どのように青年に伝えるのが良いか考える。
「それでは……もしよろしければ、お茶をお淹れしても?
この店の、特別なお茶を」