第1話 最後の魔法学院生
なぜ私は、いまだこの場所で待ち続けているのでしょう――。
リュシアは窓辺に佇み、両手を胸の前で重ねた。
嵐の夜が明け、陽だまり亭の古い木の床に朝日が金色の帯を描く。
銀髪に翠の瞳、十七の姿を保つ少女の、二百年欠かしたことのない祈りの時間である。
「アルテミシア様……本日も、無事に朝を迎えさせていただきました」
祈りの最中、空気がやわらかく揺らぎ、過去の記憶が朝の光に溶けて流れ込んでくる。今と昔の合間に、そっと身を委ねるような感覚――それが、想魔術のひとときだった。
「私、まだあなたの想いを伝え続けていられるでしょうか……」
祈りに応えるように、リュシアの店、陽だまり亭の壁は光を宿し、足元の床板は、体温を分け与えるように温かくなった。
リュシアは立ち上がり、父が遺した魔法の茶箱へと歩み寄る。
箱の中には、かつての旅で収集された茶葉とコーヒーが、時を止めたように鮮やかな香りを保ち、今も静かに眠っている。
「さて、今日は何を……」
窓際の席を見つめ、接客の練習を思い立つ。
「『ごきげんよう』……ええと、『おはようございます』がよろしいのでしょうか?」
小さく首をかしげる。
長い年月のうちに、言葉遣いもどこか懐かしさと新しさが入り混じっている。
朝の支度をして一人分のティーカップをテーブルに置く。陶器が触れ合う小さな音が店内に響き、すぐに静けさに溶けていった。
開店の刻。扉の鍵を外し、テーブルを丁寧に磨き上げる。気が遠くなるほど繰り返してきた朝の日課。
「今日こそは……」
期待を込めて呟き、すぐに首を振る。
「いけません、もう長い間…………あら?」
丘の下から、誰かが登ってくる。
確かにこちらへ向かう影。
心臓が跳ね上がる。
陽だまり亭の壁の木目に沿って金色の光が浮かび上がり忙しく飛び回る。新たな出会いを感じ取っている。
カラン――
風もないのに鈴が鳴る。
コンコン。
扉がゆっくりと、開かれようとしていた――