3 一騎討ち
「魔王よ、確かお前は急遽即位したそうだな。そんなヒヨッコ魔王が伝説の勇者であるオレに勝てると思うのか? ちゃんと前魔王に手取り足取り一から教わらないでオレと戦えるのか?」
勇者が剣の柄に手をかけたまま、冷ややかな笑顔でそう言った。それを聞いた魔王軍の幹部たちが怒りをあらわにする。
一方の魔王は、余裕の表情を崩さないまま勇者に言った。
「ふん。私は前魔王様の右腕と称されし者。魔王軍幹部の総意により即位した。急遽の即位か否かなど関係ない。お前と戦うために、前魔王様から教わることなどない」
それを聞いた勇者がピクリと眉を動かした。
「教わることはない、だと?」
「そうだ」
「前魔王さ……いや、前魔王から一騎討ちについて何かその……引き継ぎとかは受けていないのか?」
勇者が少し小さい声になってそう言った。魔王が不思議そうな顔をすると、真面目な顔に戻って応じた。
「急な崩御だったものでな。そういうお前はどうやって勇者になったのだ? 王国……いや、人間どもの国の参謀長辺りに推挙でもされたのか?」
「参謀長? ああ、しばらく前に亡くなった軍の高官か。参謀長など関係ない。オレは神に勇者として選ばれたのだ」
今度は魔王が眉をピクリと動かした。
「なるほど、参謀長は関係ないか……ところで参謀長はいつ死んだのだ?」
「確か、この戦争が始まって少しした頃だったかな」
「そ、そうか……奴はスパイを使うのが上手くてな。いつの間にか魔王軍中枢にまでスパイを忍び込ませてくるのではないかとヒヤヒヤしたぞ」
「す、スパイか……そういえば、前魔王もスパイを使うのが上手いと聞いたな。あいつなら、王国軍の最重要人物でさえスパイに仕立て上げかねないと思ったものだ」
勇者と魔王は、お互いの顔を見つめ合った。その表情は真剣そのもの。空気が張り詰める。勇者の仲間と魔王軍幹部は、固唾を呑んでその様子を見守った。
† † †
しばしの沈黙の後、勇者が口を開いた。
「……魔王よ。オレとお前が本気で戦えば、周りに被害をもたらしかねん。場所を移すのはどうだ?」
それを聞いた魔王が鷹揚に頷いた。
「確かにそうだな。これは一騎討ち。我々の戦いで周りに犠牲者を出すのは本意ではない」
「それでは魔王よ、どこか、誰もいない場所に我々を転移させてくれ」
勇者の提案に、魔王が少し早口で答えた。
「ふ、ふん、勇者よ。私が転移魔法を使うのは容易いが、お前が本当の勇者と呼べる魔力を持っているのか見ていたい。転移魔法を使ってみよ」
「そうか。分かった」
勇者が短く呪文を唱えた。魔王と勇者は、眩い光に包まれ、消えてしまった。
勇者の仲間と魔王軍の幹部たちは、呆然とした様子でお互いの顔を眺め合った。