2 伝説の勇者
「魔王よ、伝説の勇者であるこのオレとの一騎討ちを求めるとは……どういう結末になるのか、分かっているな?」
魔王城の玉座の間。玉座に座る新魔王様を見上げながら、オレはそう言って探りを入れた。果たして、新魔王様は、急死した前魔王様からちゃんと引き継ぎを受けていらっしゃるのか……
新魔王様は、玉座からゆっくりと立ち上がり、玉座の間の一同を睥睨した。
前魔王様に劣らぬ威圧感。オレは恐怖心を必死に隠し、剣の柄に手を添えた。
どうしてこうなったんだろう……オレはため息混じりにこれまでの経緯を思い起こした。
† † †
魔王城近郊のスラム街で生まれ育ったオレは、変化の魔法だけは得意だったこともあり、スリや詐欺をすることで糊口をしのいでいた。
18歳になった年、詐欺仲間に裏切られ、捕らえられオレは、牢屋から引き出され、絞首台へ向かう途中、何と魔王様に声をかけられた。
「お前、変化の魔法が得意らしいな」
「は、はい」
「何にでも化けられるのか?」
「まあ、そうですね」
「人間にもか?」
「ええ、何度か化けたことがあります」
オレは、絞首台ではなく、魔王様の執務室に連れていかれた。
魔王様は、他の者を退出させると、オレにこう言った。
「人間どもが大挙して我が国へ侵攻してきた。お前は人間の軍勢に忍び込み、動向を探れ。そうすれば、お前の罪を不問にしてやるし、お前の母親や弟の面倒もみてやろう」
母は病弱。弟はまだ幼い。オレの稼ぎ以外に生計の途はない。オレは頷かざるを得なかった。
「お前がスパイとして人間の軍に忍び込むことは、儂しか知らない。この魔法便箋で儂にだけ情報を送れ。もし、スパイであることがバレたら、自ら命を断て」
魔王様は、さも当たり前という態度でそう言った。魔王様は有能だが猜疑心が強く、冷酷な性格で有名だった。
オレは、魔王軍の後をつけ、魔王軍と人間の軍の戦闘の混乱に乗じ、戦死した地位の高そうな人間に化けた。
オレが化けた人間は、新進気鋭の若い部隊長だった。
化けたことが怪しまれないよう、そして更に信頼を得るよう、オレは積極的に人間の軍に貢献した。
「魔物どもめ、なかなか手強いな。あの砦は何としても落としたい。何かよい策はないか?」
魔王軍の砦の近くに張られた陣幕の中。人間の軍の会議。将軍の問いに一同が沈黙する中、末席に座っていたオレが声を上げた。
「あの砦、よく見ると西側の外壁が古く、所々傷んでいるようです。それに、西側を守備している部隊は、砦の他の部隊の魔物と姿形が似ていますが、元々仲の悪い別部族。他の部隊と連携が不十分なように見えます」
「なるほど……よし、西側を中心に攻撃してみるとしよう」
人間の軍は、王都の優秀な参謀長が病気で亡くなったらしく、前線の各部隊が個別に動いている状況だった。
そんな中、人間達は知らない魔族の実情に詳しいオレの策により、オレの所属する師団は勝利を重ねていった。
それに、オレは魔族の中では弱い方とはいえ、元々魔族は人間より筋力・魔力が強い。いつしかオレは、「伝説の勇者の再来」などといわれるようになっていた。
オレは、その状況を逐次魔法便箋に記し、魔王様に報告した。
† † †
そんなある日。普段は返信がない魔法便箋に、初めて魔王様から返信が来た。
魔王様によると、オレに「勇者」になりすませ、ということだった。そして、いずれ魔王様と一騎討ちする機会を設けるので、その時にわざと負けろということだった。
一騎討ちでは瀕死にはするが後で助けてやるということだった。酷い話だが、オレに断る余地はなかった。
オレは、天啓を受けた振りをして、自ら勇者だと名乗るようになった。命がけで人間の仲間を守り、人望を得ていった。種族は異なるとはいえ、仲間から頼られ称賛されるのは、悪い気がしなかった。戦友、親友といえる仲間も増えていった。
そんな中、ようやく魔王様から一騎討ちの申し出が来た。
仲間とともに魔王城に到着し、玉座の間の重厚な扉の前に案内されたオレは、魔王軍の幹部にこう言われた。
「勇者よ。実は今朝、魔王様が病で急逝されてな。亡くなられた前魔王様に代わり、新たに即位した魔王様がお前の相手をすることになった」
「へ?」
「新魔王様は慈悲深いお方。命乞いすれば命だけは助けてくれるやもしれんぞ」
魔王軍の幹部がニヤリと笑った。余裕たっぷりの表情。新魔王様は相当強く、人望も厚いようだ。
玉座の間の扉が開いた。
オレは心の準備ができないまま、勇者として新魔王様と一騎討ちをすることになってしまった。
もし、新魔王様が前魔王様から「引き継ぎ」を受けていなければ、何とかしてオレが魔王様のスパイだと伝えないと……