化猫華華、今日も家を守る
過去に投稿した作品を修正しつつ、軽くリメイクしました。
私の名前は「華華」。
種族は……まあ、見ての通り、化け猫さ。
でも、私の出自はちょっと変わっててね。
生まれたときゃ、ただのどこにでもいる普通の猫だったんだ。
生粋の化猫ってわけじゃない。けれど、運命の巡り合わせってやつは時に、冗談みたいな形で牙を剥くもんだろ?
――例えば、こんなふうにさ。
私が生まれたのは、街外れにあるボロボロの神社だった。
人の気配なんてまるでない。かつては信仰の中心だったであろうその社も、今じゃ草むらに埋もれて、瓦は割れ、扉は外れ、名残の賽銭箱すら蜘蛛の巣まみれ。
私の母猫は、その社の奥、屋代の隅っこで私を産んだ。そして……それっきり帰ってこなかった。
置き去りにされた。理由も知らないまま。
最初は啼いていたけど、誰も来やしない。
餓え、寒さ、孤独。小さな命にとって、それは死を告げる予鈴に他ならなかった。
けれど、そんな私を救ってくれたのが――あの人だった。
私の主様だ。
彼女は代々、陰陽師の家系に生まれた人間だったらしい。
表向きは普通の大学生をしていたようだけど、裏では廃社や封印の地を巡る、奇妙な趣味を持っていたらしい。
私のいた神社にも、その一環で足を運んだというわけだ。
その日、私はもうほとんど動けなかった。
でも、彼女は私を拾い、躊躇なく病院に連れていった。
生き延びるための処置を施し、何度も通って様子を見に来てくれた。
最初は、どこかの家庭に引き取ってもらうつもりだったらしいよ。
でもね、何度も会ううちに、主様の心に何かが芽生えたんだろうね。
気づけば、私の居場所は彼女の家の中になっていた。
陰陽師の家系というのは、得てして“実験”を行うことが多い。
式神の材料として、動物を用いる例も少なくない。
けれど、主様はそんな因習をきっぱりと拒み、私を「家族」として迎えてくれた。
それが、私という存在の転機だった。
……気づけば私は、普通の猫ではいられなくなっていた。
妖力が、身体の奥からじわじわと滲み出してきていた。
神社という土地に残された霊的な名残、そして陰陽師の力の余波。
それらが複雑に絡まり合い、やがて私の存在は変質した。
そうして私は“化け猫”になった――否、なってしまった。
でもね、化け猫といっても、別に人間に恨みがあるわけじゃない。
主様に拾われ、大切にされて、私は初めて「生きる」ことができた。
だから私は、今も変わらず、ただの猫として主様の元で暮らしている。
……ただ、時々だけどね。
「……華華、ただい……う、うぅ……」
主様が仕事でくたくたになって帰ってくる時。
あるいは、酔ってフラフラになって帰ってくる時。
そんな時は、少しだけ力を使って、人の姿になって迎えるんだ。
重たい体をそっと抱えて、布団へ運ぶ。
冷蔵庫にあるもので軽い食事を作り、湯を沸かし、眠る彼女の額に手を当てる。
ただ、それだけのことさ。
主様は最初、私が化け猫になっていることに驚いていた。
でも、何も言わなかった。
拒絶もなければ、恐れもない。
まるで、ずっとそうだったかのように、自然に私を受け入れてくれた。
……親の愛情を知らずに生きてきた私にとって、それは何よりも温かいものだった。
だから私は、決めたんだ。
この家を守ると。
この人を守ると。
私の主様が、今日も帰るべき場所を間違えずにたどり着けるように。
私の主様が、夜の闇に呑まれぬように。
私の命と力が尽きるその時まで――私は、化け猫として、生きよう。
主様。
あなたは私に、生きる意味をくれた。
だから、せめてもの恩返しをさせておくれ。
今日も私は、猫の姿で玄関先に座る。
耳を澄まし、帰りを待ち続ける。
きっとすぐ、あの鍵の音が鳴るだろう。
それまでの間、私は静かに、優しく、灯りを守る。
――おかえりなさい、主様。