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2番目

小学校1年生の頃にお母さんは死んだ。

大好きだったお母さんが死んだことは、当時6歳だった私には受け入れがたい悲しみだった。

たくさん泣いて、泣いて。

泣いても意味がないことに気づいて泣いた。

葬式の日。

私は泣かなかった。

もう、受け入れたから。

でも、お父さんは泣いてた。

私よりも長い時間を一緒にいたんだから、それが普通なのかなと思った。

「結衣。美容師になろう」

葬式から少し経ったある日。

絵を描いている時に言われた。

お父さんのその言葉は、提案というより要求に聞こえた。

断るのは怖かった。

お父さんが壊れてしまいそうだったから。

「私。イラストレーターになりたい」

それでも、自分の希望をお父さんに伝えた。

そこからだった。

お父さんが嫌いになっていくのは。


今まで優しくしてくれてたのに、人が変わったように私に強くあたるようになった。

あれ以降、イラストレーターになりたいと言ったことはない。

暴力を振るわれるのが怖かったから。

殴られたことはなかったが、気分を損ねればいつ殴ってきてもおかしくないと思っていた。

それほど、お父さんに恐怖していた。

未来のことなんて考えたくなかった。

お父さんが望むような未来になることが怖かった。

これがエスカレートしたら、私はお父さんに人生をすべて操られてしまいそうだったから。

だから、ただ虚無の人生を送ることにした。

友達と距離を置き孤立した。

必要最低限以外は喋らない。

そうでもしないと、お父さんと働いた時の苦しみに耐えられそうになかったから。

私の小学校人生は、一年生にして終わりを告げた。


そして、中学の入学式。

友達ができるかの不安。

勉強についていけるかの不安。

そんな不安からくる緊張はなかった。

勉強は出来る方だし、友達は端から作る気はなかった。

友達がいない生活にももうとっくに慣れていたから、悲しい気持ちにすらならなかった。

入学式を終え、帰宅しようとした時。

「結衣さん…だよね?一緒に帰らない?」

連絡以外で人に話しかけられるのは久しぶりだった。

「え?…あぁ…うん。いいよ」

特に断る理由もないので承諾した。

まさかこの後殺される訳でもないだろう。


「結衣さんって普段なにをしてるの?」

「絵を描いてる。あとは本を読んだり」

「そうなんだ。結衣さんって頭良さそうだね」

「まあ。良い方ではあると思う」

しばらく沈黙が続いた。

たった2つの質問をするために一緒に帰ろうと提案したのだろうか?

それに会話がぎこちない。

自ら提案してきたんだから、もっと話す内容があってもいいと思うんだけど。

仕方ない。

「名前、なんていうの?」

私から質問をしたほうが良さそうだ。

「!「相咲軽音」って言います!」

急に元気よく質問に答える。

情緒不安定な人だ。


次の日も

「次の授業数学だね。数学得意?」

「普通の人と比べたら得意な方かな」


また次の日も

「結衣さん。なにを描いてるの?」

「鳥獣戯画のカエル」

「ほんとだ。結衣さん絵上手いね」

「うん。好きだから」

いつからだろう。

毎日話しかけてくるのに戸惑わなくなったのは。

裏があるんじゃないかと勘ぐらなくなったのは。

軽音がただの可愛い子だと思うようになったのは。

お父さんのことも、未来のことも忘れられるくらい、彼と話す時間は楽しかった。


少し経ったいつか。

「聞いてよ結衣!昨日すごく大きなカブトムシを見つけたの!あの公園で!」

「へえー。軽音”くん”はカブトムシが好きなんだね」

いつからだろう。

軽音くんのことを好きになったのは。


死んだ軽音くんにあった。

もしかしたら違うのかもしれない。

そもそも幽霊が存在する保証もないけど。

でも私は、それが軽音だと思った。

そして、軽音くんは私に言ってくれた。

「生きろ」って。

どういう意味なのかわからない。

もしかしたらそのままの意味だったのかもしれないけど。

でも私は違う意味に捉えた。

幸せになれって。

多分そういう意味だったんだと思う。

だから、勇気を出してお父さんと話した。

たくさん否定された。

理想を押し付けられた。

それでも歯向かった。

夢を追うことが幸せだと思ったから。

私には夢があったから。

話しているうちに、お父さんは少しづつ、お母さんが死ぬ前に戻っていったように見えた。

そして、お父さんはこう言ってくれた。

「学費の半分は俺が出す。もう半分は、僕は面倒見ないよ」

まだお父さんの中でも揺れているのは、口調と一人称から察した。

でも、お父さんは私が夢を追うことを認めてくれた。

たくさん勉強して、たくさんバイトをして、イラストレーターの専門学校に行くよ。

だから、もう大丈夫だよ。

安らかに眠っててね。

お母さん。


「はあ」

「中野結衣が相咲軽音に会い、死神となった軽音に会い。その結果そうなったのか。簡潔に体験させてあげました。【追憶の記憶】はそんな気軽に使って良いものではないんですよ?」

「わかってるよ鳩さん。私だって人の人生洗いざらい見ようってつもりはない。」

「それならいいのですが」

「虚欠。どうだった?」

話しかけて来たのは笑魅だった。

元を辿れば、笑魅の提案だ。

軽音が昇天してから一週間。

軽音が愛した結衣という人間は、軽音に取ってどんな存在だったのか、それを知りたいと。

それを鳩に相談した結果。

私のみなら体験することを許可された。

理由は聞かされなかったが、おおよそ笑魅には刺激が強いと思ってだろう。

愛した人が愛した人の話しを嬉々として聞くのは無理だろう。

それはただの好奇心でしかないんだから。

「そうだなあ。結衣にとって軽音っていうのは、人生を変えてくれた恩人であり、愛してやまない男の子って感じ」

嘘は言わなかった。

正確には嘘が思いつかなかったのだが。

「…そっか」

当然ながら、笑魅には暗い顔が浮かぶ。

軽音が遺した爪痕というのは大きすぎた。

結衣にとっては、命の恩人と言ってもさしつかえないだろう。

しかし、笑魅からすれば複雑な感情だ。

ほとんど悪い意味で。

「散歩でもするか。今日は晴れで散歩日和だしな」

「うん」


いつもの学校からスタートだ。

そこから適当に歩いて会話を交わす。

いや、ひょっとすると会話とは言えないのかもしれない。

私が投げる質問は一言で終わる

何回投げてもそれは変わらない。

頭の中ではなにを考えているのだろう。

軽音のことか、結衣のことか。

それとも、軽音と過ごした日々を思い出しているのだろうか。

どうだとしても、私にそれは教えてくれないだろう。

ただ、嘘を吐かれるだけだ。

「あー…」

着いた場所は公園だった。

忘れもしない。

軽音と笑魅が仲直りをした場所だ。

笑魅はブランコに手をかけた。

夜のこの辺りはほとんど人が来ないとはいえ、万が一の場合もある。

そう思って笑魅を止めようとした時。

「誰だ?」

後ろに人間の気配がした。

後ろで止まっているということは、私が見えているということだ、なにが目的だ?

そう言って、振り返って顔を確認すると。

「んー?どっかで見たことあるな」

私はどうにかその男を思い出そうとした。

私の背後を取る俊敏さ。

そんな存在は数少ない。

「思い出した。燕さんか」

殺人鬼騒動の時にいたな、そういえば。

「それで、なにか用か?」

そういうと、燕さんはなにか書かれている紙を差し出した。

「「ここら一帯は燕に見張ってもらう。存分に遊ぶといい」」

鳩さんの字だ。

なるほど。

意外と優しいご老人だ。

「それじゃあ、よろしくお願いします」

燕さんは首を縦に振り、木の上に登った。

そして、ブランコに手をかけた。

「ブランコっていいよなあ。ずーっとのんびりできるてさ。頭空っぽにして楽しめる」

「うん」

相変わらず返事は淡白だ。

そろそろ攻めた質問をしようか。

「笑魅にとって、軽音はどういう存在だ?」

返答がないことに困惑して姿を見てみると、酷く震えていた。

次第に涙も溢れ出してくる。

「大切で…大好きな人だよ」

顔を合わせないままそういう返答が帰って来た。

そうだ。

笑魅はまだ子供だ。

こんなの耐えられるわけがない。

「そうか。私にとっても軽音は大切な人間だ。人生含めても初めての友達で、人生より楽しい時間を過ごさせてもらった。あいつは優しい」

でも、と。一拍置いて。

「その優しさは、自分に向かないと残酷なもんだ」

軽音の優しさは、最終的に最愛の相手、結衣に向いた。

私達にはその優しさは来なかった。

見捨てられたと表現してもいいかもしれない。

そうなってくると、あいつを優しいと表現すること自体あってるのだろうか?

「私には見向きもしてくれなかった」

そんなことはどうでもいい。

過去の人間について考えるのは今じゃなくていい。

今は、唯一の友達を助けにならないと。

「そうだな。私達は見捨てられた。軽音にとって私達は愛した女を越えられる存在じゃなかったんだ。だから軽音は私達を置いていった。ひどいやつだ」

まだ震えは止まらないままだ。

「大丈夫。私はずっと、笑魅の側にいるよ」

私は笑魅の前に座って、優しく頭を抱きしめた。

私は、笑魅の生きる希望であり続けたい。

痛みを私にも分けてほしい。

笑魅の気持ちに共感する。

きっと、友達ってこういうことだよな。

「大丈夫だよ、笑魅」

私は笑魅に寄り添うから。

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