表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/3

自殺を選んでしまった少女

「ギリギリ間に合った」

「だからグリコで行くのはやめようって言ったのに」

あれから3カ月。

今俺は、自分の葬式を見ている。

棺桶の中には俺が居て、両親はもちろん、見た記憶がない親戚まで泣いてくれている。

「大切にされてたんだな」

「うん。今知った」

一人一人がお香をなんやかんやしている。

「あれってどういう意味があるの?」

「知らね。鳩さんに訊いてくれ」

前から後ろへ、順番が回っていく。そして、ガタイのいい親戚が立った。

「…結衣?」

その男の後ろには、結衣がいた。

「ん?ああ。もしかしてあの子が、お前が好きな子?」

首を縦に振った。どうして、結衣がここにいるんだ。

もしかして、フッたその日に死んだから罪悪感で?

だとしたら、今すぐそれを訂正したい。あの時、死にたかったわけでもないし、ただの不注意だ。青信号で渡ったけど。

結衣に手を伸ばし、少しづつ近づく。

「それ以上行くと、私は軽音を昇天させることになる」

首を包むように鎌が添えられた。

その場で膝をついた。そうか、死人に口なしってこういうことか。

目の前にいるのに、口だってあるのに、この声は届けられない。

死ぬのがこんなに辛い事だなんて思わなかった。

「結衣…結衣…」

体はもう、地面とぴったりくっついていた。

ただ、右腕だけが結衣を掴もうと足掻いている。

結衣が立って。歩いて。棺桶の俺を見た。

「ごめん」

小さく発せられた言葉に反応する。

「違う!結衣じゃない!結衣は悪くない!」

叫んでも叫んでも、結衣に届くことはない。

「酷いよ…こんなの、生き地獄じゃないか。愛も伝えられない。謝罪も訂正もなにもできない。ただできるのは、罪悪感を募らせるだけだなんて」

「死んだ人間に与えられるのは、ウイニングランの余生だけだよ。幽霊か、死神になれればだけどね」

冷たさと、温かさ、両方を含んだ言葉に聞こえた。

「ねえ。なにかの形で言葉を伝えることってだめなの?」

「高槻が言ってたろ。どんな形であれ、生者と関われば罪だ」

伸ばした右腕も、もう床とくっついていた。

結衣が席に戻ろうとした時。涙をぬぐう仕草をした。

「帰る。肩貸して」

「え?もういいのか?」

「これ以上居たら、俺は虚欠に殺されちゃうから」

「納得した」


「あー。結衣ー」

「肩貸せつったのになんでおぶることになってんだよ。死者は疲れねーんだぞ」

「足動かすのもダルい」

「ゆとり世代が」

「おい待てそれは差別だろ」

そんな話をしていると、一箇所に人が集まっているのが見えた。

視線の方向は小学校。

虚欠もそれに気づいたようで、同じく視線をそちらに向けた。

「自殺か。おい、もう降りろ」

集まっていた人をすり抜け。その現場を見た。

言葉として表したくない光景だった。

見た目から、屋上から飛び降りたんだろうと推測はできる。

「まだ生きてたり…」

「しないねえ。こりゃ死んでるよ。ほら」

虚欠が指を指した場所は、あまり見たくない見た目になっている頭だった。

そこから、黄色の丸い球体が出て来て、地面に転がった。

「なにこれ」

「魂。色は性格を、形は種族を現してる。丸は人間である証。黄色は、明るい、目立ちたがりである証」

「へえ…まだ知らない事が多いなあ。ところでなんで頭から?」

「魂は脳に宿るもんだ。頭から出てくるのは当然だろ」

「当然と言われても、そもそも脳に宿る事を知らなかったし。ところで、この魂どうするの?」

「放置だよ。昇天なら6時間。幽霊か死神になるなら、半日くらい待たなきゃいけない」

「じゃあその間どうする?またトランプ?」

「まさか、最近神様に作ってもらったこれをやろう」

虚欠は両ポケットに手を突っ込んだ。

そして、なにかを組み立てている。

「じゃじゃーん。超コンパクトオセロ」

ポケットに収まっていたオセロ盤が、普通のオセロと多分同じの大きさになった。

「駒は?」

「ふっふっふ。駒まで用意したら私のポケットは持たないから持ってないよ」

なに堂々と頭おかしいことを言ってるんだろうこの死神は。

「じゃあどうするの?まさか暗記してやれって?」

「まあ慌てなさんな。ほれ、マス目を試しに押してみ」

言われた通りに押すと、マス目が白に変わった。

「電子オセロ…?」

「その通り。正直アナログな駒の方が好きだが、その代わりこいつは持ち運びやすい」

声が通らなくなってきたので、大声を出す。

「あのさー!思った事言っていいー?」

「ああー。多分同じ意見だー」

「救急車の音で集中できないよねー!」

俺らが見つけてから約3分。来るのがすごく早い。

「仕方ないから一旦離れるぞー」


「ふー。消えた消えた。仕事が早いのも考え物だな」

「普通褒められるべきことなんだけどね」

「死んだ私に取っちゃ迷惑だ」

「それはわかる」

虚欠が勝手に先行を取った。

「あ、ずるい。大人げない」

「勝負に負けるくらいなら、私は卑怯でいい」

なにも賭けていないのにこんな真剣な顔ができるなんて。それを勉強の方に持っていけたら、またテストをせずに済むのに。

そこで。視界の端で魂の形が変わってるのが見えた。

「虚欠。魂の形が変わってるんだけど、あれなに?」

振り返って、魂を見た。

「あー…ありゃ幽霊か死神だ。少しづつ人の形になっていくんだよ。これは半日コースだな。はあーあ」

あからさまにため息を吐く。

「俺の時も、半日待ったの?」

「見つけたのが遅かったから2時間程度だ。それでもきつかったが」

ふーん。なんて思いつつオセロをする。

「やばいいつの間にか側面ほぼお前のだ」

「人とオセロやったことある?」

角を取らせないという意識はずっと感じるが、それ以外はお留守だ。

「うるせえ。いいか見てろ。こっから全米が涙するような勝利を収めてやる」

「具体的には?」

「…暴力とか?」

全米を舐めすぎている。


「んん…」

「お。目覚めた」

オセロ22連勝。ババ抜き13勝25敗。神経衰弱3勝156敗にして起きた。

「おはよう。君は死んだ。死んで幽霊になった」

少女はなにも言わず虚欠を見つめている。言葉にならない困惑なんだろう。

「手、貸してもらうよ」

少女の手を、落ちていた大きい石に触れさせるよう、動かした。

ただ。手は石をすり抜けた。

「これが、君が幽霊である証明。並びに、君が死んだことの証明」

「…そっか。死ねたんだ」

声からは、安心したような、安堵するような。そんな感情を感じさせた。

「君には二つの選択肢がある。一つは、収容所で自分と似たような子と暮らす。もう一つは、この広大な世界で一人生きること。幸い、死者はお腹が空かないし、外界からの温度も感じない。生きようと思えばいくらだって生きれる。孤独を苦と思わないならね」

死んだばかりの人に、一度に全て話してしまうのは、俺の時と同じだ。

「あ、あと。物は動かさないでね。動かそうと思えば動かせるけど。生者からは独りでに者が動いたように見えるから、もしそんなのが人に見られたら、死神に殺されて幽霊でいられなくなるよ」

「はい。わかりました」

「それでどうする?収容所か、一人旅か」

「二人と一緒はだめですか?」

少女は即答した。

「三人の方が面白いからいいよ」

二つ返事でメンバーが増えた。

「それじゃ、大富豪でもする?」

現在時刻朝の0時。ちょうど、パトロール時間が終わり、朝の9時までは暇だ。

「やります」

「それじゃあ、基本ルールはわかると思うから、まずローカルルール確認ね。3スぺ、5スキップ、7渡し、8切り。この4つくらいがちょうどいいと思うんだけど、どう?」

「異論なし」

「いいと思います」

「よおし。24時間遊ぼうな」

ナチュラルにサボり魔の片鱗が見えた。


カラスの声が聞こえ始めた。

「虚欠」

「待て。今考え中だ」

「あと2時間だからね」

「わかった、わかったから静かに」


「虚欠」

「あと1時間あるだろ、慌てんなって」


「…虚欠」

「ごろにゃーん。ニャーは猫だにゃーん」

大の大人が体を丸めながら地面を転がっている。

いつもより酷い。

「虚欠。鳩さんに報告するよ?」

「んにゃー?」

今すぐにでも首を切った方がお互いのためなんじゃないだろうか、と思い始めている。

「虚欠さん。死者の世界の話もっと聞きたいです。パトロールをしながらお話、聞かせてくれませんか?」

「笑魅…わかったよ。働くよ」

杉浦すぎうら笑魅えみ。自殺した少女の名前であり、今では友達だ。

鎌を持って校門から学校を出る。


「んでさあ?鳩がいう訳よ。「トランプもいいけど、趣味は仕事のあとに嗜むものだよ」って」

「あはは!虚欠さんそれ正論ですよ!」

「えー?そんな真面目に生きてたら体持たないって」

「確かにそうですけど、虚欠さんは不真面目過ぎです」

「ねーえー軽音ー。笑魅がいじめるー」

「至極当然のことしか言われてませんよ」

何年もの付き合いかのように喋っているが、虚欠と笑魅は会って一日。俺と虚欠だって三か月だ。

友情の形成なんて、意外と簡単なんだな。

それから一カ月。俺らは平和で、楽しい日々を過ごした。


「よーし。今日もお仕事終わり。今日も大富豪やるか」

「わーい!やっと遊べる―!」

はしゃぐ二人を眺めていた。

「テンション低いな軽音。これからが楽しい夜の始まりだってのにどうした」

「ちょっと考え事してただけ、気にしないで」

「ああ?まあそれならいいけど」

笑魅と会って、友達になって、自殺した日から一ヶ月。

ずっと楽しそうだった。自殺をしたことで、重荷が消え、解放された。そう捉えることもできるだろうけど、常にと言って良いほど笑顔で、なのに不気味さを感じさせないほどナチュラルだ。

そこが、俺に不気味という印象を与える。

俺は思う。笑魅はまだ解放なんかされちゃいない。本人がどう思ってるのか知らないが、誰かに好かれるために、生前笑顔でい続けて、今もなお、俺らに見放されることを恐怖しているように見える。

「笑魅…」

名前まで出して、踏みとどまった。人の辛い部分をえぐるような真似、するべきではない。

「なーに?なにか言いたい事?」

微笑を浮かべてこちらを見つめて来る。

言うべきではない。そんなのわかってるのに。好奇心が僕を愚かな方向へ誘って来る。

「あ…あの…」

「んん?」

「なんで、じ…自殺した…のかな…って」

笑魅の顔が豹変した。微笑から、真剣な眼差しへと早変わり。

すかさず後悔した。「好奇心は猫をも殺す」という戒めを知っていたのにも関わらず、知りたいという欲望から逃れることが出来なかった。いや、かっこよく、回りくどい言い方をするのはやめよう。俺は今、この世の誰よりもクズだ。

「なんで…辛かったから?いじめとかあったし」

少しづつ、いつものノリになっていくのに安堵しつつ、質問をまたする。

「夢とか、やりたい事ってあったの?僕は好きな子がいたから、その子と幸せな家庭を築きたかったって夢があるんだけど」

「夢かあ。絶対なれないけど、アイドルは憧れたかな。みんなに可愛いって言ってもらえて、親にも自慢できるし、してもらえる。まあ、理想でしかないんだけど」

「憧れも、理想も夢だよ。夢に叶う叶わないなんて関係ない。夢を持つ、それだけで特別ですごいことなんだ、もっと誇って良いんだよ」

「そんな大げさな。それに、私自分を不細工とは思わないけど、美人じゃないし、ダンスとかできないし、バカだし…アイドルなんてできないよ。うん。向いてない」

自分でも頭がおかしい自覚はある。でも、今俺は笑魅に物凄くムカついてる。明確に夢を持ってるのに、自分には向いてないと言い聞かせて、勝手に向いてないなんて決めつけて、夢から逃げて、自殺をした。

いじめがあった、そう笑魅から聞いた。いじめというたった三文字の言葉に、どれだけの苦しみが詰まっているのか、想像もつかない。俺なんかより、ずっと辛い人生だったことは容易に想像がつく。

なのに、そんな情報がどうでもよくなるくらい。俺の中で、夢から逃げるという行為は重いことだった。

「なにそれ、なんだよそれ。夢があったのに自殺?バカだよ、ほんとにバカ。夢を持てない人間が、この世に何人いると思ってるの。人生に生きる意味を見出せない人間が、この世に何人いると…俺はそんな人間みたことないけど、確かにこの世にそういう人間がいる。でも、その人達だって生きてる。つまんない人生をしかたなく。なら、夢を持った君が、自殺をするなんておかしいよ。いじめがあった?だからなんだよ。そんなもの、そいつらの顔面ぶん殴って…」

直後。俺は顔面を殴られ、地面に倒れた。痛みは感じない。ただ、怒りを感じ取るには支障はなかった。

「いいね。いじめられた事がない人間は、発想が幼稚でいられて。夢を持てる人間は幸せ?そりゃ持つよ。辛い現実から目を背けるために、幻想の自分に酔う。アイドルになりたかったんじゃない。アイドルになる自分を妄想して、それに縋ってた。「私はアイドルになるのが夢なんだ」そう自分に言い聞かせて将来の自分に期待した。ずっと現実逃避をするだけの人生だった。何年続いたと思ってんだよ。三年だよ三年。何百回泣いた?何十回ゲロを吐いた?何十回自殺をしようとして踏みとどまった?ねえわかる?わかんないでしょ?好きな子がいて、幸せな家庭を夢見る人間に、自殺した人間のことなんて」

さよなら。そう言って、笑魅はどこかに消えていった。

虚欠が倒れた俺を見下す。

「お前さあ、デリカシー?ないの?」

「なかったみたい。最低だよね」

「ああ、流石に擁護のしようがねえよ」

しばしの無言が、自分に殺意を向ける。

「そんなに嫌か?夢を持った人間が自殺するの」

「うん。嫌だ」

「理由は?」

「…わかんない。ただの八つ当たりかもしれない」

「「俺は事故で死んだ。でもお前は自分の意志で死んだ。それは夢から逃げたという事だ。俺はそれを許せない」ううん。酷い八つ当たりだよお前」

言葉にされると、反論の余地がないということが分かる。

「とりあえず謝れ。お前の意見が正しかろうが、人を傷つけていい理由にはならない」

虚欠は、ポケットから鳩さんの髪の毛を出した。

「お前も出せ。【交信の間】に行くぞ」

なんで、と聞くほど、体力は残っていなかった。

俺は言われた通り髪の毛を出し、交信と呟いた。


「おーい、鳩さーん」

鳩さんがこちらに視線を向ける。

「どうしました?」

「【追憶の記憶】やってもいい?軽音が幽霊の事情何も知らずに踏み込んじまって、喧嘩になったからさ」

鳩さんはうーんと悩むしぐさを見せる。

「わかりました。ですが、見る記憶は私が許可をするもののみ、という条件です」

「大丈夫。それなら、存分に笑魅のことを知れるはずだ。私自身も知りたいしな」

「あくまで今回は軽音さんの勉強も兼ねて許可をしているだけです。ただ、人の過去が知りたいからと悪用するのは…」

「わかってるわかってる。さあ始めよう」

虚欠が端末に向かうのをついて行く。

「杉浦笑魅…っと。打ち込むと。大画面に笑魅の写真と名前、それと生年月日。その下に、1~12までの数字が縦に並んでいる。

「12まで。つまり笑魅は12歳で死んだ。小学校六年生だな」

「…」

「鳩さん。笑魅がいじめを受けてから、自殺をするまでをテンポよく見せることってできる?」

「可能です」

「軽音。少しここで待ってな」

そういうと、カウンターの下からパソコンを出し、二人でそれを見ている。

「軽音ー。その画面に「体験」って書いてあるだろー?。それを押してくれー」

これを押すとなにが始まるのか、体験という文字を見ればわかる。

わかるから、押すのをためらう。まだなにも始まっていないのに、恐怖で指が震える。

どうにでもなれ。そう思いながらそれを押した。


目の前には開かれた小説。

周りを見渡そうとしたが、目を含むなにもかもが動かない。

固定された視点。固定されたピント、そして、ここに至るまでの情報。

恐らく、俺は今、笑魅になっている。

「くしゅん!」

笑魅がくしゃみをした。

「うお。杉浦のくしゃみでけえ」

「ってか、杉浦のくしゃみ可愛くない?」

小説で隠れて見えないが、奥で男子が話している声が聞こえる。

その時。気が強そうな女子が、その男子達に話しかけた。

「だめだなあ男は、ちょろすぎ」

「はー?なにがだよ」

「知ってる?くしゃみって自分で操れるの。可愛くしようとすれば、男子だって可愛くできる。あれはかわいこぶってんの」

「えーそんなわけ…」

「くしゅん!」

男の1人がくしゃみをした。

「うっわマジだ!マジかよ!杉浦可愛こぶってんのかよ!」

「だから言ってるでしょ。女ってのはね、ナチュラルに見える様にかわいこぶる生き物なの。私みたいにかわいこぶらず堂々としてる女って少ないんだから」

小説が閉じないように抑えていた左手に、力が込められる。


急に場所が変わった、今度は掃除をしている。ちらっと視界に映った時間的に、放課後の掃除当番だろうか。笑魅の他に、3人が掃除をしている。さっきの男子2人と気が強そうな女子だ。

「よーし。この辺はきれいになったな」

「前の班の時はもっとだるそうに、やけに真面目ね」

「いやーなに、改心ってやつ?」

「そうそう。俺らも心を入れ替えたって訳よ」

「ふーん」


しばらくして、掃除が終わった。

「ふー。やっと終わった。そういやさ…杉浦さんって同じ道だよね。一緒に…」

「杉浦ちゃん。ちょっといい?」

「え、あ、うん」


「…ここでいっか」

連れてこられたのは、誰もいない理科室。

「あんたさあ「南波みなみ」に色目使ったでしょ」

「いろめ?なに…それ」

「好かれるような行動してるでしょって言ってんの。やめてくれない?」

「してないよ、そんなこと。南波くんのこと好きじゃないし」

「とぼけんなよ」

そういって、突き飛ばされた。体が地面と接触する。笑魅の体だからか、ちゃんと痛みを感じる。

「色目でも使ってなきゃ、南波くんがあんたを好きになる訳がない」

「私のことが好き?」

「とぼけんなって言ってるでしょ!」

怒声が、体を硬直させる。

「わかった。とぼけるならとぼけるでいい。その代わり、二度と南波くんと喋らないで、例え話しかけられたとしても。わかった?」

「…うん」

笑魅の心には、この女に対する恐怖以外なかった。


また時間進んだ。

どれくらい進んだのかわからない。ただ一つ分かる事がある。

クラスの人間から、明らかに避けられていた。

「なんであいつずっと本読んでんの?」

「友達がいないからっしょ」

「本なんか読んでなにが楽しいんだか、俺には理解できないね」

「実は自分も理解してないんじゃね?でも"1人でも大丈夫です"ってアピールのために読んだふりをしてるとか」

「ありそう。実際ただの陰キャなんだけどね」

ゲラゲラと笑う男達。クラスの人間は、なにも気にしていない。それは、これがいつもの光景であることを示していた。

笑魅の視点が動く、視線の先は、南波に固執していた女だ。

女はにやけながらこちらを見つめている。

笑魅の思考が、俺の中に入ってくる。

"許さない"と。そうか、この状況を作ったのは、この女なのか。

大方。笑魅のありもしない噂を流したんだろう。裏工作によって相手を貶める。そういうことが好きそうな人間だ。


絶句。多分その表現が1番正しいと思う。

なぜなら、ここが屋上だからだ。肌寒い昼の今日。杉浦笑魅は自殺をするつもりなんだ。

フェンスに手をかけた、少しづつ登っていく。

不幸なことに、返しがないので簡単に登れる。

そして、フェンスを跨ごうとした瞬間。体を支えていた手が外れてしまい、その勢いのまま落ちた。

屋上から地上への落下は、一度死を経験した身でも恐ろしいものだった。笑魅の脳内が恐怖で埋め尽くされる。目を閉じているから、いつ地上に着くかはわからない、ただ、そろそろだろう。頭に激痛が走る。


「ああ!はあ…はあ…?」

「おつかれ。笑魅のいじめられてからの3年間超凝縮体験、どう?」

色々、思うところはある。始まりは、くしゃみがかわいこぶってるとか、そんな下らない理由で始まった。可哀想と思うし、実際、俺には耐えられそうにない。ただ、それより気になることがある。

「3年間を凝縮した記憶の中に、夢について触れられてなかった。どうして?」

「笑魅の中で、強く印象に残っている記憶をお前に見せた。つまり、笑魅の言っていたアイドルになりたいという夢は、あの記憶より印象が下ってことになる。」

「そんなはず…」

「鳩さんに訊くか?」

鳩さんの顔を見た。こちらと目を合わせてはくれなかった。

「虚欠。笑魅って今どこにいる?」

もう、そんなことはどうでもいい。今は、笑魅に謝ることが一番大事だ。

「えーっと…鴉さーん。レーダー見れますー?」

「生者じゃねえから体に発信機はねえよ。そんくらい覚えとけえ?」

がなり声とよくわかんないイントネーションで言う。どういう感情かもわからない。

「困ったねえ。どうしようかねえ」

「急ぐ必要もないでしょう。それに、今は笑魅さんも冷静じゃない。ゆっくり帰りを待つ。それでいいじゃないですか」

鳩さんの言っている事は正論だ。非の打ち所もなく、反論の余地もない。でも、今じゃなきゃだめだ。今じゃなきゃ、俺はこの思いを伝えられない。今じゃなきゃ、心の底から謝れない。

「原点」


学校に戻って来た。いつも、俺と虚欠。そして、笑魅と遊んでいた場所だ。どこに行ったかなんて俺には分からない。でも、多分そこにいるだろうという目星はついていた。それは、この学校が俺の母校で、家からそう遠くない場所にあるからだ。学校や、家で落ち込んだり、ムカついた時は、大抵そこにいた。


着いた場所は、公園。滑り台と鉄棒。それと、俺がよくお世話になったブランコがある。その上に、笑魅はいた。深呼吸をした。心臓なんてないのに、鼓動がうるさく感じた。意を決して、一歩を踏み出した。近づく途中で、笑魅もこちらに気づいた。

「隣。座るよ」

「うん」

周りには誰もいない。ブランコに乗るくらいいいだろう。淡泊な返事に密かに心を痛めつつ、座った。ギーコギーコと鳴る訳でもない。夜は静かなままだ。

「見たよ。笑魅の人生の一端を」

「え?」

困惑の声が漏れた。当然の反応だ。

「始まりは、下らないことだった。その下らないことですら、俺なら耐えられなかったと思う。まして、エスカレートしたら、笑魅より早く死んでいたかもしれない。3年間も耐えてたんだよね。すごいよ、笑魅は強い人だ」

「強くないから自殺したの、気休めはやめてよ」

「気休めじゃないよ、本当に、心のからの言葉。でも、それ以上に、周りが強かった。君を取り巻く環境、全てが君を否定したんだ」

「ガキみたい。「全て」なんて簡単に使っちゃうところとか。お母さんとお父さんは、私を大事にしてくれた」

「じゃあなんで、両親に言わなかったの、笑魅を大事にしてくれるなら、笑魅の言葉に耳を傾けてくれたはずだよ」

「簡単に言わないで。私は成績がいいの。通知表が返ってくる度二人は喜んでくれて「将来安泰だな!」って…そんな状況で「いじめがあって学校行きたくない」なんて言えるわけ無いでしょ」

「でも、言わなかった結果がこれだなんて、両親はそんなの、絶対望んでなかったよ」

「そんなのわかってるよ!」

一瞬。叫び声が夜を染め上げた。

「なんで、アイドルになりたかったの?」

落ち着いた口調で言った。

「だから言ったでしょ。縋るためって」

「縋るためなら、なんでもいいでしょ?小説家でも」

「…幼稚園の頃。ふと見たテレビで、アイドルが踊って歌ってた。その時はアイドルなんて言葉知らなくて、でも、会場の人たちがそれを見て、ペンライトを振ったり、歓声を上げてた。私もこうなりたいって思った」

そうか。あの3年間の記憶の中にアイドルの夢がなかったのは、それ以前の出来事だったからか。

「「私、この人みたいになる!」って、勢いで言っちゃって、親が喜んでくれて、それで…応援…してるって。嬉しくて…カチューシャ付けて…親の前で踊って…それで…」

手で口を抑えて、膝から崩れ落ち、赤子のように丸くなった。涙を流していることは、容易に想像ができる。

「なんで…死んじゃったんだろう。あんなに、可愛がってくれたのに…」

ブランコから降りて、笑魅の横に座った。

「大丈夫。笑魅は優しいよ。優しい笑魅は、誰よりも偉いよ」

言葉選びを微妙に間違っている気がするが、とにかく、ポジティブな言葉をかけながら、背中を優しく擦った。

しばらく、俺にしか届かない泣き声が夜に溶けた。


時間にして約5分。笑魅は泣き止んだ。

「優しいね」

「否定はしない」

笑魅が微笑んだ。それにつられて、俺も微笑む。

「一件落着…でいいんだよな?」

いつの間にかいた虚欠が、問うてきた。

「うん。心配かけてごめんなさい」

「なーに、若いんだからそんくらいがちょうどいいんだよ」

帰るぞ。そう言って、虚欠は俺らに背を向けて、公園を出ていった。

「はい。笑魅」

俺は、正座状態の笑魅に、手を差し伸べた。ありがとうと言って、手を掴んでくれた。

「軽音」

「ん?どうし…」

頬にキスをされた。

「え…えっと…」

「さっき殴っちゃったでしょ?そのお返しだよ。それとも、君の言ってた、好きな子以外にされたくなかった?」

「いや、そういう訳じゃないし…俺としても…嬉しい…けど…」

「だと思った。私のファーストキスなんだから。誇っていいんだよ?」

微笑を浮かべて虚欠の背中を追いかけていった。さっきの微笑を天使だとすれば、今の微笑は悪魔だ。自分が上の立場だと理解している顔だった。声が出せない。キスされた頬にギリギリ触れないように手で覆う。触りたいけど触りたくない。不思議な気分だ。たった一度のキスで、笑魅のことが好きになりそうだ。結衣がいなければ即死だった。


「ん?軽音はどうした?」

「さあ?どうしたんでしょう。余韻に浸ってるんじゃないですか?」

「余韻?なんの?」

「フフ。なんでしょうね」

「ははーん。なるほどね。魔性の女め」

「軽音が悪いんですよ。あんな優しい人…」

「やめとけよ」

「わかってますよ。だから、あれで終わりです」

「【交信の間】の空き部屋でも使うか?あそこは防音だぞ」

「では」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ