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夢が壊れた

「はぁ…つら」

中学1年の冬。最愛の人に告白するも思い届かず。

時刻は午後6時を回り。辺りはすっかり真っ暗だ。

「せめて今まで通り、友達に戻れるなら嬉しいんだけど…」

信号が青に変わり、また歩き始める。

瞬間。視界の端に、こちら側へ突っ込んでくる車が見えた。

気づいた時には手遅れ。

車が壁に衝突し、その間に俺がいる形となった。

肋骨は何本か折れているようで、おそらくそれが心臓に刺さっている。

俺は今。激痛に苦しむ暇もなく、死のうとしている。

死にたくない。まだ…まだ…

「結衣…」

絞り出したその声を最後に、深い眠りについた。


眩しい光によって目を覚ます。

「…あれ」

ここは、昨日車と衝突した場所だ。

周りには、テレビやドラマでよく見る黄色いテープが張り巡らされている。

普通に考えれば、あれから時がすぎ、夜が明け交通事故があったここら一帯を封鎖しているのだろう。

でも、ならここに俺がいるのはおかしい。

折れたはずの肋骨も、貫かれたはずの心臓も、元通りになっているようだ。

まるで…

「おはよう。霊体で見る朝日は、生きてた頃と違く見えたりする?」

振り向くと、大きな鎌を持った女性がいた。

その姿は死神を彷彿とさせる。

「君は死んだ。死んで死神となった」

いきなり現れたと思えば、意味のわからないことを言ってくる。

関わらない方がいい人っていうのはこういう人を言うのだろう。

大きな鎌も持ち歩いてるし。

返事もせず空を見上げていると、手を掴まれた。

「なにをする気ですか」

「証明だよ」

掴まれた手は、体重を支えていた壁を貫通した。

どちらかと言えば、"すり抜けた"という表現の方が正しいのだろう。

「信じてもらえたかな?」

こんな光景を見てしまったら、首を縦に振らざるおえない。

大きな鎌を持った女は、一度咳払いをし、話し始める。

「まあなんだ、不幸な事故だった。ありゃ私の仕業じゃないぞ?そもそも死神にそんな力はないしな」

女は微笑みながら言った。

「君も、私と同じ死神となった。なってしまったからには、その尽きた命を神に捧げた方がいい。収容所はつまんないからな」

「神?神が実在するんですか?」

死神の存在を受け入れておいて、神の存在を疑うのはどうなんだと、言った後に思った。

「いるよ。と言っても会うのはまず無理だけどね。神のことを知りたいなら、私より鳩さんに聞いた方がいい」

「はと?」

次から次へとよくわからない話が出てくる。

「行けばわかるよ」

そういうと、女はポケットから髪の毛が入った袋を出して、一本を俺に渡した。

「色々説明してやりたいが、あっちでまとめてした方が早い。その髪を持って「交信」と言うと、【交信の間】へワープすることができる。物は試しだ。やってみな」

色々聞きたいことはあったが、とりあえず、考えるのは後にしよう。

言われた通りに、言われた言葉を。

「交信」


光に包まれるとか、体が光の粒子になるとか、そんなことは一切なく、髪もいつの間にか消え、知らない場所に居た。

左にはカウンターの前で目にも留まらない速さでタイピングをしている老人。右にはかなり分厚い本をカウンターの前で読む白髪の老人。正面には大きなモニターが壁と同化しており、その少し前に小さい端末が置いてある。全体的に、左右対称に作られているようだ。

「おー、飲み込みが早い」

それじゃと言って、右の老人の方へ歩き始める。

「もしもし鳩さん。この死神にか…」

言い終わる前に、"はと"と呼ばれた老人はいつの間にか隣にいて、メジャーで俺を測っていた。

「君、名前は?」

相咲軽音(あいさきけいと)です。相乗りの相に花が咲くの咲くで相咲。軽いに音で軽音です」

「軽音君。君はこれから虚欠(ろか)と共に死者の世界のことを学んでもらう」

「ちょっと待って鳩さん。私はもうたくさん学んだじゃないか。必要ないだろ?」

「死神が不用意に幽霊を昇天させた時。死神に与えられる罰は?」

「えーっと…消滅…とか?」

「そんな罰はありません。正解は昇天です」

"ろか"と呼ばれた女は唸り声をあげた。

メジャーをポケットにしまい、二人に話し始める。

「あなた達には、死者の世界のルール。死神のルール。それと大鎌の扱い方。この3つを学んでもらいます。鴉。どこか空いてる部屋は?」

「Pφ80」

パソコンを見ていた顔を上げ、ギロリと睨むような目つきで言った。さっき見た、タイピングが早い老人だ。

はと、からす、誰が名付けたのか知らないが、鳥の名前だ。漢字もそのままなのだろうか。

「ありがとう」

鳩は、俺がワープして来た後ろにあったエレベーターへ歩き始めた。俺たちもそれを追う。

虚欠(ろか)君。Pφの80だよ。間違えないようにね」

「流石に覚えてますよ」

それじゃと言って、鳩は手を振った。定位置に戻るようだ。

「んじゃ、行きますか」

エレベーターには上下の矢印は書いておらず、一つの丸があるだけだった。

女がそれを押すと、3秒程で開いた。

中を見ると、A〜Zの選択肢があった。

「えーっと…Pか」

ボタンを押すと、全てのボタンが消え、代わりにαとかβとか。その系列のやつが並んだ。

「これがφで、次が80ね」

打ち終わると。扉が開いた。

目の前に現れたのは、教室だった。

誰もいないのに40人分の椅子が並んでいる。

扉が閉まる前に、エレベーターを出た。

どうやら、普通スライド式の扉がある場所が、エレベーターの入り口になっているらしい。

「勉強なんて何年振りかねえ。100年前くらい?」

「え?」

咄嗟にそんな声が出た。

「死神なら普通だよ。平均寿命は200歳だしね」

当然。年齢にも驚いたが、どちらかと言うと、見た目が若々しすぎる方が驚きだ。

どう見ても20代前半の肌に、美しい出立ち。生前がモデルであってもおかしくない。

死神は老けないのか?

そんなことを考えていると、後ろ側のエレベーターから誰かが降りて来た。

高槻涼太(たかつきりょうた)です。これから1週間で死者の世界のルールを覚えてもらいます」

気怠げな男が、俺たちに向かってそういった。

黒板の前に立ち、自分の名前を書いてから、指示を出した。

「黒板に名前を書いてください。互いの名前を知ることは交流のきっかけにもなるかもしれません」

女は真っ先にチョークを持ち、名前を書いた。自分の名前が変な自覚があるのか、ルビまで振った。

「華々(かから)虚欠(ろか)。生前含めると今年で120歳。とっとと面倒な復習を終わらせたい一心だ」

高槻は首を大きく縦に振った。

俺も名前を書いた。

自己紹介をしろ、とは言われていないので、すぐに席についた。

「軽音君。君は昨日死んだばかり。上手く飲み込めないことも多いと思うけど、早く仕事終わらせたいから頑張ってね」

これは自分に正直と言うべきか、怠惰と言うべきか。

「はい。頑張ります」

「まず、死神の大まかなことを話そう。本題はそれからだ」

高槻は一拍置いて話し始める。

「人は死ぬと、三つの選択肢がある。一つ目は昇天。1番多い。多くは人間としてまた生まれ変わるが、罪を犯し過ぎた人間は、虫にされたり、生まれ変わった先で幸福を感じづらい体にされたりもする。処罰は多様だ。次に幽霊。2番目に多い。壁をすり抜けたり出来るが、生者が思い浮かべるのとは違い、足はあるし浮いてもない。最後に死神。幽霊の寿命が平均50年なのに対し、死神は200年もある。他にも、条件付きだが【交信の間】に来ることが出来る。それ故神に使える義務もある。大半は秩序を乱している者がいないかのパトロールだけだ。どうやってこの三つからなにになるかを決めてるかと言うと。それは死ぬ直前の執念の強さ。「死にたくない」「まだやり残したことがある」そう強く思った人は死神となり、逆に全く思わない人は昇天する」

高槻の話だと、死神になる可能性は傾向として一番低い。でも俺は死神となった。俺の結衣に対する思いは、俺を死神にするに値するという、一種肯定をされた気分になった。

高槻は、教卓から本を取り出した。

「さあ、そろそろ始めよう」

黒板に一章、二章と書きその下に題名を加えた。

死神と生者と書いている。

あっちで言う、憲法だろうか。

「死者と生者が関わることは禁止。もしなにかの形で関われば罪となる。例えば、生者に触れたり、目の前で物を動かしたりなど。君は突然の死だから、親や友達に言い残したことなどあると思う。でも、その気持ちは胸に秘めておいて」

突然の死。その言葉を聞いて、自分が死んだことを再確認した。思い返せばやり残したことは多い。特に、結衣のことに関しては。

頭の中で振り返る。入学式の次の日。初めて結衣の顔を見た瞬間、俺は結衣のことが好きだった。クラスで1番可愛い。他の女子を見ずに確信した。顔が整っているのはもちろん。髪の綺麗さにおいては今まで見てきた女たちを超えている。

この人と結婚したい。幸せな家庭を築きたい。率直にそう思った。

そして、彼女に話しかけてからの半年間。今まで生きて来た13年間。すべての楽しい記憶が、結衣という一人の女性に上書きされた。それまでの人生がつまらかった訳じゃない。あの日からの半年が楽しすぎたんだ。顔だけで関わり始めたのに、いつの間にか内面にまで気に掛ける余裕が出来て、思ってた以上に素敵な女性であるということに気づいた。

それからの日々を思い出す。一日一日が大切な思い出で、一日も楽しくなかった日なんてなかった。そう断言出来る。

思い出して思い出して。最後に待ち受けているのはひと時の別れと永遠の別れ。

仲直りしたい。またあの時間を過ごしたい。

でも、関わる事はこの世界では犯罪。もはや八方塞がり。

悔しさか、それともやるせなさからか、涙が流れて来た。

さっきまで高槻と合わせていた目は、今は広がる水たまりを見ている。

「…死神は寿命が長く、やることもあまりない。言ってしまえば退屈な生物だ。だから友達という存在は誰しもが求める。君も友達を作ってみると良い。生前は一人いるだけで楽しかったろう?」

自分の中で生まれた疑問を晴らすために、涙を拭き、質問する。

「どうして、友達が1人しかいなかったことを知ってるんですか?」

「【交信の間】の前に大きなモニターと小さな端末があったろう?。あの小さい端末に知りたい人の本名と顔を思い浮かべればありとあらゆる情報を知る事が出来るんだよ。モニターに画面が映っちゃうし。もし悪用がバレたら鳩と鴉っていう老人に怒られるから絶対悪用は出来ない。だから君について知ってる情報はあまりないよ。安心して」

気だるげだった顔は、いつの間にか優しさで満ちてた。

「友達か、私がなろうか」

華々良が隣の席で言った。

「貴女と?」

「嫌ならそれでいいけど。大体の死神はもうコミュニティーが組まれてる。その中に入るのはかなりアウェイだよ」

嫌だった訳じゃない。年の差を考えたんだ。13歳と120歳の友達。そんなの、おかしいと思うのが普通だ。

そんなことを考えていると、高槻に手を握られた。

「華々良は不真面目な死神です。死神になってからの100年。彼女が雑務を成したことなんて5%もあったかどうか。だから彼女を監視する役割は必要なのです。そして、君はその役割を受けるのに相応しい」

遠回しに、華々良と友達になりなさいと言っているのだろう。それを、まるで正義のために仕方なく、みたいな言い方をしてくれるこの人に感謝した。

手を離してもらうように言い、華々良の方へ体を向けて、手を出した。

「僕と友達になって下さい」

華々良はぽかんとした表情を浮かべ、少ししてから笑顔になり、手を取った。

「素直な子だな。私からもよろしく」

高槻は短く拍手をした。そして、話し始める。

「さあ、そろそろ始めよう。まず一章の死神の話だが」


「今日はこれで終わりです」

高槻先生はエレベーターでどこかへ行った。

「あー、やばい、全然覚えてない」

「復習でもする?。黒板消されてないし。」

「いやいや。そんな勤勉じゃないよ私は。大丈夫、どうにかなる」

「それならいいけど。ところで、どこで寝るんですか?」

「ああ、寝たい?」

「え、まあ、疲れましたし。もう6時にもなりますし。ああでも歯磨きとか、あれ、死神って歯磨くんですか?。あと風呂とかは?」

立ち上がり。手を振り上げた。

「めんどくさいから体でわからせてやろう。恨むなよ、軽音」

振り上げた手は、俺の頬に繰り出された。

「いった!…くない?」

「死神に痛覚はない。外部からの温度も感じないし、食事も必要としない。眠る必要もあまりない。それと疲れもしない、精神は別だけど。とにかく、生きてた頃と勝手が違うんだよ」

頬を撫でる。痛みは微塵もないのに、殴られた感覚は残り続けている。つねっても、舌を噛んでも痛みはない。この不思議な気分に、少し、癖になってしまいそうになる。

「高槻先生が言っていた。「死神とは退屈な生物」って話。眠れないって意味合いも含まれてたんですね」

「一応、死神も寝れるよ。ただ、眠くなるのに時間がかかる。普通の死神は、やることがないから寝てたりする」

冬の日に布団にくるまって寝ていた時を思い出す。とても気持ちよくて、次の日の朝になっても、布団から出たくなかった。外部からの温度が感じないんじゃ、あの感覚を味わうのも無理、か。

華々良がポケットからなにかを取り出した。ここに来た時に使った髪だろうか。

そうして、出されたのはトランプだった。

「持ち歩いてんだ、トランプ。投げて遊ぶのが好きでね」

「盗んだんですか?」

さっき習った。生者の物を動かすのは罪だと。

「特注品さ。神にかかればこんなのパパッと作ってくれるってわけ。神が作ったって言っても普通のトランプだけど。どうしても欲しいものがあるやつは、鳩を通して注文すれば作ってくれる」

「なるほど」

「で、どうする?。寝たいなら布団を用意するけど、そうじゃないなら、神経衰弱でもしようじゃないか」

「やりましょう」

「早いな返事が」

食い気味に言った自覚はあった。でも、やりたいから仕方ない。

虚欠は机をくっつけるよう俺に指示した。

「軽音。これは自慢じゃないが、私はよく1人で神経衰弱をする。短期記憶は磨かれているのだよ」

自慢げに言ってきた。自慢できることじゃないのに。

机をくっつけると、テンポよくトランプを並べ始める。マジシャンがマジックをする前の仕込みをする様子にも見えた。

「先行後攻決めっから。じゃんけんやるぞ」

そう言われ、手を出したのだが。

「…なにやってるんですか?」

「これ?未来見てんの」

流石、20年と100年を生きた死神。古典的すぎて唖然とした。

虚欠は気が済んだようで、掛け声をした。

「屈辱だ」

俺が負けた。

「さ、やったやった」

急かされ、2枚表にする。

揃う訳もなく、虚欠の番になる。


「19ペアで私の勝ち」

最初は普通の神経衰弱だったのに、気づけば虚欠が全てを持っていった。

「表になったトランプを全て覚えるのは基本。それからは予測と言う名の運の戦い。「流石に隣にはないだろう」「少し離れたこの位置に」ってね」

表になったトランプを全て覚えてる時点で、俺は土俵にすら立っていなかった。

「次はどうする?ジジ抜きとか?」

「そうしましょう。負けたままでは男が廃ります」

「いいねぇ。私のダチはそうでなきゃ」

混ぜるから、お前の7ペアを渡せと言ってきた。

いい性格をしている。絶対に屈服させると誓った。

「知ってるか?多くの人間がやるであろう混ぜ方。オーバーハンド、一つの束の下を抜き取って上にするを繰り返すやつな。あれで混ぜるにはおよそ1万回やらないと上手く混ざらない。それに比べ、リフルシャッフル。二つの束を噛み合わせるやつは7回でいい」

そういいながら、リフルシャッフルをした。

「まあ、これは鳩さんから聞いた話だけどな。何億年も前から生きてるんだぜ?それだけ知識も多いし、今もよくわかんない分厚い本をたくさん読んでる。それが役割って言われちゃその通りだが、すげえ人だ」

「鳩さんの役割って?」

何億年も前から生きている。そこに驚くのは無理な話だ。もう俺はこの世界に順応しつつあるのだから。

「ありとあらゆる疑問に答えること。あとは神との仲介人。ちなみに、鴉は鳩と同い年で、役割は、世界のバグを修復すること、それと、バグを起こしてないかの確認」

「バグ?バグなんて現実で起きるの?」

「起きるらしい。突然変異が色々なところで起きたり。重力がおかしくなったり。そういうバグを、いつも直してる。多忙すぎて、最後に寝たのは何万年も前なんて噂もある。やってることは神みたいなもんだ。鳩さんもそう言ってた」

話を聞いていると、本当に神みたいだ。鴉。あの異次元のタイピングは、何億年も打ち続けた故、ということか。

シャッフルが終わったようで、トランプを配り始める。

「暇だし52枚全部使おう。あ、一枚抜いてな」

一枚抜いて後ろの机に置いた。

「いいですよ。ゆうて最初で結構揃うでしょうし」

一つの山を二つに分け、片方のトランプの数を数えて調整した。

「さあ。めんどくせえな」

特に相槌もせずに、揃ったトランプを黙々と机に出す。

もう揃ってるペアはないだろう。そう思って顔を上げると、虚欠があくびをしているのが目に入った。

「死神は寝る必要はないんじゃないんですか?」

「”あまり”な。無いとは言ってない…はずだ」

虚欠は無言で手を出した。先行を決めるじゃんけんをするのだろう。

「軽音。さっき私がじゃんけんで勝ち、勝負でも勝ったように。流れというのはとても大事なんだ。だから私はただのじゃんけんにも手を抜いたことはない」

「ほんとに?」

「…ああ。記憶上は」

「というか、虚欠も俺と同じで友達いないんでしょ?誰とじゃんけんするの?」

机に手札を裏向き置き。椅子から立って、俺の肩に手を置いて言った。

「どうして生きてた頃に友達とじゃんけんをしたという予想をしてくれないんだ」

俺はそれを聞いて、すぐに返事をした。

「友達ができる性格してないじゃん」

高槻先生の話では、虚欠はサボり魔。そして、死神世界のルールをまともに覚えてない事から、その不真面目さはもう浮彫だ。

こんな問題。少し考えれば誰でもわかるだろう。

なぜか、虚欠は膝から崩れ落ちた。まさか、自分が友達ができる人間だと思われたかったのだろうか。

「お前も友達ができる性格してねえな」

「多くはなかったけど、友達はいたよ。友達止まりの人も」

しばしの無言が続いた。

「そうかい。そりゃ残念。まさか、死神になったのもそれが原因かい?」

「うん。フラれた数時間後、交通事故で死んで」

「交通事故?壁に血があったのに?」

「車と壁にサンドイッチにされて死んだ」

「うわあ、痛々しい。そりゃあ無念の死だったろうなあ。遺書とか書いてないのか?」

「現代で書いてるのおじいちゃんくらいだよ。多分」

「んまあ、今じゃ死なんて身近に感じないもんなあ。そりゃ書かないか。ならなおさら無念だろう」

「やり残したことはたくさんあるよ。夢だってあったんだ」

「へえ。ちなみにどんな?」

「好きな子と結婚して。幸せな家庭を築く」

「いいねー。ありきたりだけど良い夢だ」

「でも、もう叶うことはない。死んだ人間に叶えられる夢なんてないんだ」

「極端な話だが、生きてた頃思い浮かべるような夢は、叶わないだろうなあ」

でも、と続けた

「それを理解できるのは死んだ後。すべて手遅れになった時にやっと気づく。愚かだねぇ」

愚かというその言葉は、人間という生き物を指しているのだろう。その中に俺がいるのは、確かめるまでもない。

「虚欠の夢は?死ぬ前に叶えた?」

少し間を取ってから言った。

「ないよ。夢なんて大層な物」

「大層かな。今の自分がなりたいものとか、未来の自分はこうなっててほしいとか、そういうの、全部夢って読んでいいと思う。科学者になりたいとかじゃなくても、スーパーで働いて、町の人たちに親しまれる人間になりたいでも、それは夢だよ」

「それでもなかったよ。全部つまんなく感じてたし、こんなつまんない時間が続くって思うと、未来のことなんか、考えたくもなかった。全てがつまんない。そこまではいかなくても、「辛いだけの人生」って思いながら生きてる人間って多いと思う。夢なんか持つ暇もなくて、ずっと、今を生きるだけで必死な人」

夢を持てない人間。そんなこと考えたこともなかった。子供の頃。誰しもなにかに憧れたはずなのに、その憧れを、夢と呼んでいいはずなのに。どうして、夢を持てない人間というのが生まれてしまうんだろう。

その疑問をぶつけるように、意見を述べた。

「そういう必死な人間こそ、現状を脱却するような夢を持つと思うんだけど」

「じゃあ例えば。家族がみんな事故で死んでしまいました。借金があります。なので学校を中退しました。頼れる人もいません。そんな立場に立たされた人って、夢持てるかな」

輝かしい物だけが夢とは思わない。小さな幸せも、薄汚い野望も、夢であることには違いないと思う。

でも、夢を持つ余裕がない人間もいるというのは、持ったこともない視点だった。

「誰しもが夢を持てるわけじゃない。だから、夢がある人間ってのはそれだけで特別なんだ」

でも、と続けた。

「夢を持たない人間でも、死んだ先で楽しいことを見つけられるかもしれない。私みたいにな」

「楽しいことって?」

「だらだら生きる」

「虚欠らしいね」


「はい。あれから4日経ちました。とりあえず一通り教えたので、あとは各自で覚えてください。3日後にテストを行いますので、70点以下の場合、受かるまで再テストです」

虚欠が唸っている。

「今日と明日は鎌の使い方を覚えてもらいます」

高槻先生がエレベーターから出てきた時、鎌を2つ持っていて、そのうちの一つを渡された。

「この鎌はあくまでも自衛。履き違えないようお願いします」

それから、40人分の席を後ろに追いやり、鎌の使い方講座が行われた。

虚欠は得意げに相槌を打っている。鎌の扱いは得意なようだ。

「鎌という名前に形状ですが。刈り取るというよりは、撫でるように外側の刃で切り裂くという扱い方が一般的です。ただし、相手に敬意を表する時などは、従来通り、首を稲のように刈り取って下さい。以前少し話したように、幽霊、死神ともに、首が弱点ですからね」

「なんで敬意を表する時は普通の鎌と同じなんですか?」

「それは、その時がくればわかります」

今知りたいんだけどなあ、という言葉は胸に秘めて置いた。


「明日からは本格的に実技に入ります。今日教えた事を忘れないように。それと、鎌の管理は各自に任せますので、間違っても振り回さないように」


「試験開始」

昨日までの実技はどこへやら、今目の前にあるのはパッションではどうにもならない暗記力が試される試験。

虚欠のペンが動いたり止まったりしているのが妙に気になる。

虚欠なら大丈夫。いくら試験を受けたのが100年前といっても、死神として生きて来たなら染みついているはずだ。それに、授業が終わった後に二人で勉強だってした。虚欠は大丈夫。自分の事に集中しよう。


「そこまで。後ろからプリントを回収してください」

虚欠にプリントを渡す。小声で自分に大丈夫と言い聞かせているのが不安を煽る。

「ここで採点をして返す。採点が終わるまでは自由にしてていいよ。席を立つ以外はね」

虚欠がこちらを振り返って来た。

「大丈夫。ちゃんと埋まったし、見覚えのあるのも多かった。これならいける。うん。大丈夫」

ここ一週間で見た事のないくらい、頼りがいのない大人の顔だ。

「採点が終わった。テストを返すから、点数は自分で確認しなさい。70点以上で合格ですよ」

裏向きで、机の上にテストが置かれた。

「まずは俺から」

目を瞑りながら、勢いよくプリントを表にした。パチパチと拍手をする音が聞こえる。

「88点。合格…」

安堵で机に倒れる。

「次は、私か…」

唾を飲む音が聞こえた。

「どうにでもなりやがれ!」

俺同様に、思いっきりテストを表にした。

虚欠の後ろなので、点数は見えない。拍手の音も聞こえない。

「…ごうか…く?」

「74点。紛れもなく合格です」

「いよっしゃー!」

喜びの声が教室を支配する。

「これで昇天するまでは試験受けなくて済むかなあ」

「貴女次第ですよ」

うげ、と声を漏らす。ひとまずどちらも合格したことを喜ぶべき時だ。

「明日から、あなたたち…いえ、軽音君は死神として働いてもらいます。今日はゆっくりお休みください」

それと、と続けた。

「私が教えたのは、この世界で生きていく上での最低知識です。これから先、わからないことに直面した時は虚欠を頼ってください。新米死神に1年間付き添うのは、ベテランの義務ですから」

「わかりました」

高槻先生がエレベーターへ向かう。お別れということだろう。

最後に、言い残したことを言おう。もう、あの時のような後悔がないように。

「高槻先生」

「はい?なんでしょう」

「1週間、僕に死神の世界のことを教えて頂き、ありがとうございました」

驚きの顔から、すぐに笑顔に変わる。

「そういう律儀な人。死神にはとても少ない。その優しさで痛い目を見ないことを、心から祈ります。こちらこそ、ありがとう」

エレベーターでどこかへ行ってしまった。

「明日からは、晴れて日常に戻るってわけだ。明日の仕事開始時間まで23時間あるぞ。どうする?」

「コマでもしよ」

「トランプしかねえよ」

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