第91話 テントとチェリーパイ
翌朝、オフィーリアと一緒に工房の地下に行った。
昨日、湖の近くの湿地を探索したあとで作ったテントを収納するためだ。
「ウィリアム様、このテントは昨日作られたのですか?」
「うん、そうだよ。テオが手伝ってくれたから全員分作れたよ」
「全員分ですか? 見たところ7つしかありませんが」
「はは、見た目はそうだね。テントの中に入ってみてくれるかい?」
「はい」
不思議そうな顔をしてリアはテントの中に入った。
「うわ! 何ですか、これは! ベッドが4つも入っています」
びっくりした顔でリアはテントから出てきた。
いつもはクールだから、こんなに驚くのは珍しいな。
「やはり、大型のテントではないですよね。一体どうなっているのですか?」
「うん、外側は普通のテントだよ。内部の空間を拡張したんだ」
「内部の空間を拡張ですか?」
リアは切れ長の目を大きく見開いた。
「そんなことができるんですか? いや、実際にできていますね」
「うん、どうにか上手くいったよ」
「いや、ウィリアム様のお側にいると、本当に何が起こるか分かりませんね。自分の信じていた常識が音を立てて崩れていく気がします」
「そこまでかなあ。ところでこのテントは役に立ちそうかな?」
「それはもう間違いなく。入り口にあるネットは虫よけですね。しかもベッドで寝られるのですから、地面の湿気も気にならないでしょう」
そうだといいな。そう思いながら僕はテントを収納した。
地下室を出て工房のカフェに行くと、もうチェリーパイが焼き上がっていた。
「ありがとう、ベイカーさん。もう焼いていてくれたんだね」
「皆さんのお口に合うといいんですけど」
「きっと皆が喜びます」
オフィーリアの言うとおりだと思う。
とても美味しそうな香りだ。
チェリーパイも収納すると、オフィーリアと一緒に未開地に転移した。
騎士もエルフも、何だか昨日に比べて疲れて見えるな。
「おはよう、ギル。元気がないみたいだけど」
「おはようございます、ウィリアム様。湿気がひどくて、虫も入ってくるもんですから、あまり眠れなくて。まあ修行不足なんですが」
「そうか、大変だったな」
おお、今回はオフィーリアが優しい。
「皆が厳しい環境で野営しているのに私だけウィリアム様と一緒にノーザンフォードに戻っていることに忸怩たるところはある」
「気にすることはねえよ、リア。ウィリアム様の護衛は重要任務だ」
ジェームスが近くにやってきた。
「そうですよ、先輩。それにウィリアム様の差し入れにはみんな助かってます」
「先輩が護衛することで閣下はウィリアム様が未開地に行くことを認められたんですから、差し入れがあるのは先輩のおかげでもあります」
うん、騎士のみんなが良い人間関係なのは嬉しいな。
それはさておき、騎士やエルフに聞いてみると、ギルと同じでよく眠れなかったようだ。
例外なのはジェームスで、普段どおりに眠ったらしい。さすがだな。
でも、それ以外のみんなは寝不足で、疲れが取れていないようだ。
「昨日の様子を見て、みんなよく眠れないんじゃないかと心配したんだ。だから新しいテントを作ってきたよ」
僕は魔法で収納してきたテントを出した。
収納魔法だとテントは折りたたまなくていいし、木のベッドを入れたままで収納して運べるのはすごく便利だ。
「ありがとうございます、ウィリアム様。テントの入り口に張ってあるネットは虫よけですか?」
「そうだよ、ギル。そのほかにテントの中も工夫したんだ。まあ入ってみてよ」
「おお! これは!」
テントの中に入ったギルは大声を上げた。
「どうしたんだい? ギル?」
ギルと仲の良い若い騎士は不思議そうな顔をした。
「入ってこいよ。見れば分かるさ」
「えっ? 入るって言ってもテントは一人入ったら一杯になるだろう?」
「あはは、まあ入ってみてくれるかい」
「ウィリアム様がそうおっしゃるなら」
「一体どうなってるんだ? テントの中は広いぞ!」
若い騎士はテントに入ると叫んだ。
「みんなも入ってみてくれるかな」
残りの6つのテントも出すと、騎士もエルフもテントの中に入った。
「何ですか?この広さは」
「うわ、ベッドが4つも置いてあります!」
「救世主様、ありがとうございます。これで皆も夜にゆっくり眠れます」
「ウィリアム様、助かりやす。睡眠不足だと集中力が下がって危ねえですから」
アウラスニールもジェームスも喜んでくれた。
みんなの役に立てそうで良かった。
テントを収納すると探索を再開した。
どうやら南に行くほど湿度が上がるみたいで、湿地の中をぬかるみに気を付けながら進む。
靴は汚れるし、神経もすり減るな。
時おり気味の悪い鳴き声も聞こえる。
湿地には魔狼や魔猪はいないけれど、その代わりに大きなカエルのような魔物が現れた。
犬ぐらいの大きさで、とにかく数が多い。
両生類が苦手な人にはホラーじゃないかと思う。
けれど騎士たちもエルフたちは冷静に切り捨てたり、魔法で燃やしたりして対応していく。
倒すと黒い霧になって消えて行くから、魔物の死体を見ないで済むのはありがたいところだ。
お昼になり、湖の近くの湿地帯から離れて、乾いたところで休憩した。
「湿地帯の中では休憩にならねえですし」
そうだよね。カエルの魔物も出るし。
「みんなお疲れだったな。交替で休むぞ」
ジェームスは厳しいだけじゃない。
ちゃんと休んで良いコンディションを維持することを考えている。
エルフの隊長アウラスニールもジェームスの言葉に頷いている。
キャラクターは違うけれど、ジェームスとアウラスニールは意見があうみたいで良かった。
今日の差し入れは、屋台で買ってきたパンに焼いたソーセージを挟んだものだ。
寝不足と湿地帯の探索で疲れていたみんなは、温かいランチで少し元気が出たようだ。
そしてデザートは、ベイカーさんが焼いてくれたチェリーパイだ。
「おお、香ばしい匂い!」
「甘さと酸味のバランスが絶妙です!」
「初めて食べましたけど、とっても美味しいです」
「やはりお菓子はいいですね。おかげで元気が出ました!」
疲れていた探索隊のみんなの顔が明るくなった。
ベイカーさんに好評だったと伝えなくちゃ。




