第88話 大河と湖
翌日の朝、再び工房からオフィーリアと転移して探索隊に合流した。
テントの近くに光と共に現れたら、みんなが「うわ!」とか「おお!」とか言って驚いた。
「ほら、みんな驚いたじゃないすか。俺は少し慣れてきましたけど」
ギルバートはリアにドヤ顔をした。
「まあウィリアム様の魔法が驚くべきものであるのは認めよう。だがギルが修行不足であることに変わりはない」
リアはギルには厳しいな。
それでもいざとなると二人は息が合った動きを見せてくれる。
リアはギルに期待しているから厳しいみたいだ。
探索隊は、前の日と同じように魔物を倒しながら荒野を進む。
相変わらず魔物の数が多い。
ただし植生は木が増えてきて、草原と林が入り混じってきた。土の色も少し黒くなってきた気がする。
エルフたちに聞くと、やはりこの辺りの土地は大草原よりは肥沃なようだ。
「左前方の林から大きいのが来ます!」
エルフが警告すると、でっかい鹿が三頭現れて走り込んできた。
これは魔鹿だな。
鹿というと可愛い小鹿のバンビを思い出すけれど、ヘラジカなんてオスは平均体重が約500キロで体長も3メートルくらいある。
魔鹿はヘラジカよりさらに一回り大きい感じだ。
大きな角をふりかざして突進してくる姿は迫力があった。
「ぬん!」
騎士が二人がかりで盾を使って受け止める。
それでも少し後ろに押されてズズっと下がる。
エルフが射た矢が鹿の胴体に刺さるが、巨体なので致命傷にならない。なかなか難しい魔物だ。
そのとき、魔力の高まりを感じて振り向くと、女性のエルフが詠唱を済ませたようだ。
その背後に魔法陣が浮かんでいる。
「離れてください!」
二人の騎士が飛び退った瞬間、エルフは魔法を撃った。
「メイルストローム!」
あたりに渦を巻く激流が出現した。
おお、水属性の上級魔法だ。
巨大な魔鹿も持ち上げられ、地面に叩きつけられた。
範囲を絞って撃ったようだけれど、その分威力は凄まじいものがある。
魔鹿は黒い煙と魔核を残して消えた。
エルフはやはり魔法が得意な種族だ。騎士たちが抑え込んで詠唱の時間を稼げば、大きな魔物も倒すことができるようだ。
残りの二頭も無事に倒せていた。
鹿の角に吹き飛ばされた人もいたけれど、ミスリルの防具に傷はついていない。
良い装備を準備できて良かった。
「いいか、おめえら。ケガをせず魔物を倒せたのはウィリアム様が持たせてくれた装備のおかげだ。てめえらの実力だと勘違いすんじぇねえぞ」
ジェームスはいつも通りの厳しさだった。
日が高くなってきたところで、休憩をして昼食を取ることになった。
今日のランチは焼き立てのバゲットにハムとチーズ、それに野菜サラダだ。
辺境伯家の料理人たちには本当にお世話になっているなあ。
昨日と同じように収納してきたテーブルと椅子を出して、テーブルの上に敷かれたクロスの上に食事を出す。
「おお、焼き立てのバゲット!」
男性の騎士がバゲットにハムを挟んで頬張る。
「野菜を食べられるなんて嬉しいです!」
女性の騎士たちとエルフたちにはサラダが好評だった。
サラダの大皿の前で嬉しそうに笑って話している。
みんなが笑顔になってくれるのは嬉しい。
午後、さらに南に進んでいると前方に川が見えてきた。
エルフたちによると、地脈は川の下を流れているらしい。
土の地面の下を地脈は流れるのかと思ったら、川や湖の下にも大地はあるから地脈は通っているとのことだった。
ただし水の下の地脈は感知しづらいらしい。
川岸に着くと、反対側の岸までは結構遠くて、深さもありそうだ。
流れている水の量も多く、ゆったりと流れている。
これは大河と呼ぶべきものだ。
ときどき水紋が浮かぶのは、魚がいるのかもしれない。
手で掬ってみると、透明な綺麗な水だった。
この川の水は灌漑に使えそうだ。
未開地の北の方は痩せた土地だったけれど、このあたりは農地にできるだろう。
南の未開地は不毛の大地と思われているけれど、ポテンシャルはあると思う。
北の草原だって使い道はありそうだ。
未開地の大河は、大きく蛇行して流れている。
大河に沿って南西方向に進んでいるうちに日が暮れてきた。
みんなは野営の準備を始め、僕はノーザンフォードに転移して戻った。
翌日も大河に沿って進む。
太陽の場所から考えると、だんだん南の方向に向かっているようだ。
しばらく進むと、今度は大きな湖が見えてきた。
エルフたちが議論した結果、どうやらクロスポイントに近づいているらしい。
でも水がたくさんあるせいで地脈を感知しにくくて、場所をなかなか特定できないみたいだ。
今度は湖の周りを進んでいく。
今日の差し入れは屋台で買ってきた焼いたソーセージを挟んだパンとサラダだ。
「屋台飯もいいっすね」
ギルはパンとソーセージにかぶり付いた。
「救世主様のおかげで毎日ランチが楽しみです」
みんなの気分転換になっているのなら良かった。
湖に沿って進んでいくと、沼があちらこちらに見えるようになり、だんだん湿度が上がってきた。
「うわ!」
小さな虫の群れが顔に近づいてきてびっくりした。手で慌てて追い払う。
「あっ血が!」
近くから叫び声がしたから何事かと思ったら、騎士の一人にヒルが吸いついたみたいだ。
大きなヒルで、剥がした後に血がだらだら出ている。
馬も歩きにくそうだ。
「こいつぁなかなか大変な場所だな。今日は早めに休んだほうがいいな」
「そうですね、同感です」
ジェームスとアウラスニールの判断で、早めに探索を切り上げることになった。
疲れて集中力を欠いたら危険だよね。
ジェームスはただ厳しいだけじゃなくて冷静な判断ができる。
転移魔法で戻るとき、みんな元気が無さそうだった。
ポットに入れた温かい紅茶とハチミツを差し入れたら一瞬笑顔になったけれど、湿地の探索は気が重くなるのは無理もないと思う。
テントを張って寝るとき、空を飛ぶ虫だけじゃなく地面を這う虫も出そうだ。
これだと夜もゆっくり休めないかもしれない。
生産スキルで何とかできないかな?




