第82話 父と子
すべてを話すことを決意して父上の執務室を訪ねた。
「父上、エルフが南の未開地を探索する件で折り入って話があります」
「騎士団の有志が同行する話は聞いているけれど、それとは別の話なんだね」
「はい、これまでお話しする決心がつかなかったんですが、世界樹や救世主のことなど、すべてお話ししようと思います」
「世界樹に救世主かい? それはなかなか機微な話のようだね。ちょっと待ってくれるかな」
父上は騎士を呼んで執務室の入り口の前に立たせた。
「うっかり使用人に聞かせてはいけないからね。それに、ウィルが話すのに決心を固める必要があるからには重たい話のようだね」
僕は頷いた。さすがに父上は察しがいい。
まず世界樹は樹海の奥にあって魔物を防ぎ、気候もコントロールしていたことを説明した。
父上は驚きながらも聞いてくれる。
そして、今は地脈とのつながりが切れて、エルフが持って逃げてきた若木しかないこと、エルフたちは世界樹が成長できる地脈のクロスポイントを探しに行くことを話した。
「世界樹か。伝説の存在かと思っていたけど、実在していたんだね。それで、旱魃は世界樹が弱ったせいなのかい?」
「はい、世界樹が弱ったことで気候がおかしくなっているとエルフの古老さんから聞きました。エルフとドワーフが樹海を逃げ出すしかなくなったのも世界樹が弱ったからのようです」
「そうだったのか……いろいな出来事はつながっていたようだね」
父上は唸った。
「はい、つながっているんです。僕がエルフの古老さんから世界樹のことなど機微な話を聞くようになったことも」
僕は思い切って打ち明けた。
「実は世界樹に僕は救世主だと認められたんです。急にこんなことを言っても信じられないと思いますが」
「いや、そうでもないんだ。救世主のことは聞いたことがあるんだ」
「そうだったのですか」
「私の知っていることも後で話そう。まずはウィルの話を続けてくれるかい?」
「はい。エルフの伝承によれば、魔物の力が強まるときに救世主が現れます。そして救世主が触れると世界樹は光り出し、特別な石板が現れると」
「じゃあウィルが世界樹に触れると光って、その石板が現れたんだね」
「はい、エルフの森にお連れして、世界樹と石板をお見せしようと思います」
父上は目を瞠った。
「それは……そう言い切れるくらい、ウィルが要請すればエルフは応じてくれるんだね」
「そのとおりです。エルフたちは救世主のもとに集まり、支えるのが役目であると語り継いでいました」
「そして、エルフの言い伝えにある救世主はこの世界にない知識を持つ異世界からの転生者なんです」
ぐっと息を呑み込む。ついに僕の正体を話すことになる。
「僕も転生者です。実は前世の記憶は6歳のときに戻っていたんです。これまで話す決心がつかなくて済みませんでした」
父上に深く頭を下げる。
「僕はウィリアム・フェアチャイルドとして生まれ、育てて頂きましたが、別の世界を生きた記憶も持っています」
「そんな訳の分からない存在だと明かせば、フェアチャイルド家にいられなくなるのではないかと思って、言い出せずにいました」
「この家はあまりに温かくて素晴らしい場所だったから……」
この家も、この家族も本当に素晴らしくて、失うのが怖かった。
「馬鹿だな、ウィル。何を言っているんだ」
父上は珍しく怒りだした。
ずっと黙っていたから怒られるのも仕方ない。
「転生者であろうと救世主であろうと、ウィルは私とメアリーの息子だ。前世の記憶があるからなんだというんだ。ウィルが私たちの家族であることは何一つ変わらない」
父上が怒った理由は違った。
以前にも、爵位をもらっても親子であることに変わりないと言ってもらったことがある。でも転生者は訳が違うのに。
前の人生の記憶を持っているなんて気持ち悪がられて当然だと思う。そんな化け物はうちの子じゃないと言われることすら覚悟していた。
なのに、すべてを受け容れてくれるというのか。
「ありがとうございます、父上。この家に生まれることができて本当に幸運だったと思います」
でも、まだ話しておかないといけないことがある。
「闇の力は強くて、強力な魔法を使えるエルフでも逃げ出さないといけないくらい魔物の脅威は大きいようです」
「古老さんからはっきりとは聞いていませんが、救世主はその魔物たちの標的にもなるんだと思います」
「僕がこの家にいると父上や母上、妹にも危険が及んでしまう。だから、そうなる前に家を出ないといけないと……」
だから僕は正体を隠そうとしていたんだ。
救世主であることが広まらなければ、魔物の標的にはならないんじゃないかと。
「だから何だというのだ!」
意外にも、父上はまた怒った。
「貴族とは民のために危険を負うものだ。世界を救うために危険があるとして、それをフェアチャイルド家が避けようとするとウィルは思うのかい?」
僕ははっとした。
貴族としてノブレスオブリージュを果たそうとするから、僕がいると魔物から狙われるとしても追い出そうとは考えないのか。
そんな高潔な考えの人に前世では出会ったことがなかった。
「まったく、ウィルの教育を一からやり直す必要があるかもしれないな」
「すみません」
父上は椅子を立って僕のところに来て、抱きしめてくれた。
「やれやれ、そんな重大な秘密をこれまで抱えていたのかい。どうしてもっと早く頼ってくれなかったのかな」
ああ、本当に僕にはもったいないくらい素晴らしい父親だ。
涙が溢れて止まらない。
落ち着くまで父上は背中をさすってくれた。
僕が落ち着いたところで父上は話し始めた。
「今度は私の知っている話をしよう。実は陛下はウィルが転生した救世主だという可能性を考えておられる」
「陛下がですか?」
「そうだ。王家にも闇の力が強まったときに外の世界の知識を持つ救世主が現れるという言い伝えがあるそうだよ」
「そんな話が王家に……」
「アルビオン王国の歴史は古いからね。ただ、救世主は剣や魔法の力を振るうという言い伝えがあるから、陛下は判断に迷っておられたようだ」
「そうだったのですか。古老さんによると、救世主はたいてい勇者か賢者で、まれに生産者であるそうです」
「なるほど、そういうことだったんだね」
「陛下にもウィルの話をお伝えするけれど、きっと驚かれることはないと思うよ。大切なのは世界樹を地脈のクロスポイントに移して、魔物から護ることのようだね」
「はい、世界樹はエルフの結界から出ると魔物に狙われるでしょう。世界樹を護る負担をエルフだけに負わせるわけにはいきません」
父上は頷いてくれた。
「陛下からいずれ領地を頂けると伺っていますから、南の未開地を領地として頂いて世界樹を護りたいと思います」
「なんと、あの人が住んでいなくて、開発しづらいあの土地を領地に望むのかい?」
「はい、きっと土木工事はドワーフたちが協力してくれるでしょうし、生産スキルを使って何とか開発できるかなと」
「うーん、確かにウィルの生産スキルは凄いし、救世主ならそうすべきなのかもしれないが。もっと治めやすい領地をもらえるのに……」
父上は天を仰いだ。
自分は苦労を抱え込むのを厭わないのに、僕には苦労をさせまいと思ってくれる。
父上の優しさが心に沁みてくる。
「分かった、陛下に事情をお伝えして相談するよ。おそらく南の未開地を領地とすることは認められるだろう。そうなったら、私もできる限りの支援をするよ」
父上は僕の気持ちを理解したうえで支えようとしてくれる。
本当にありがたい。




