第72話 麦穂の海
6月に入り、小麦の収穫の時期になった。
フェアチャイルド領内は今年も豊作だと、家宰のスミスが嬉しそうに報告してくれた。
ノーザンフォードの街の人たちの表情も明るい。
今年は王国各地でも豊作のようだ。
フローラ殿下からの手紙によると、宰相が陛下に「王国各地では麦穂の海の様相でございます」と報告して、陛下も大層喜ばれたそうだ。
実った小麦の穂が風に吹かれて揺れるのは波のように見えるから、「麦穂の海」という一言で表したんだろうな。
さすがに宰相ともなると詩的な表現を使うようだ。
西部以外では二年続けて不作だったから、豊作の喜びは大きいみたいだ。
各地で収穫祭が予定されているらしい。
ただし、北部だけは低温のために豊作とはいかないようだ。
フローラ殿下も北部のことは心配していたし、兄上からの手紙によると、ルーカス公子はじゃがいもを領内に普及させようと考えているらしい。
生産スキルで毒性のないじゃがいもを作ってあるから、父上と相談のうえで北部に送ろう。値段はレバント商会に任せることになるのかな。
今年もノーザンフォード郊外の麦畑を見に行くことにした。やはり自分の目で小麦の様子を見てみたいし、収穫直前のよく実った小麦を見るのは純粋に嬉しい。
去年と同じようにリアムが護衛で付いてきてくれる。
若手に任せてもいいが自分も小麦畑を見たいと言っていた。
そしてソフィとテオ、メイベルにオリヴァーも一緒に行きたいと言ってくれた。
ソフィは麦の開発にヒントをくれたから、その成果を見せたいと思っていたんだ。
みんなで大き目の馬車に乗って街道を行く。
去年はでこぼこの道を激しく揺られながら進んだけれど、今年は街道を舗装したので揺れが少なく快適だ。
「馬車があまり揺れないのは嬉しいです。これもお兄様や工房の皆さんが道路を舗装してくれたおかげですわ」
「でこぼこ道を馬車で進むとお尻が痛くなりますしね。うちの領地も早く舗装してほしいです」
「本当にフェアチャイルド領内の道路は素晴らしいですね。荷を速く運べるのは商人にとって凄く重要です」
「兵も速く動けるようになりましたな。魔物や野盗が出たとき、騎士が早く駆け付けられるのは大きいことです。領内の治安改善にも役に立っておりますよ」
「道路の整備はドワーフの皆さんやカーペンターたちが頑張ってくれているからね。工房に戻ったらみんなの言葉を伝えるよ」
「ありがとうございます。ドワーフはやりがいをもって道路をつくっていますが、褒められるときっともっとやる気が出ます」
しばらく進み、前方に見覚えのある丘が見えてきた。
丘の頂上に着いて馬車を降りる。
去年は凄くどきどきしたなあ。
視界が広がるところで見渡すと、今年も一面に黄金色の小麦が実っている。
「今年も豊作ですな」
「うわあ、一面に小麦が実っています。凄い光景ですわ。メイ、これが生産スキルの力よ。」
「そうね、今では生産スキルを授かって良かったと思っているわ」
「素晴らしい光景ですね。大地の恵みを実感できます。大地の種族であるドワーフとして嬉しいことです」
「王国各地も北部を除いて豊作のようです。これなら小麦の値段は安くなり、貧しい人も買いやすくなるでしょう」
「なるほど。そのかわり、去年みたいにうちの小麦が高く売れることはなくなりますな。オリヴァー殿は商人としては残念に思われますかな?」
「いいえ。商業スキルを金儲けのスキルという人はいますが、僕は暮らしを豊かにし、幸せを広げるスキルだと思っています。主食である麦が安くなるのは良いことです」
「なるほど、商業スキルは誤解されている部分が多いようですな。失礼な問いだったようです。オリヴァー殿の言は素晴らしい」
「そうなんだよ、リアム。商業スキルは誤解され、過小評価されていると思う」
「お二人にそう言ってもらえると嬉しいです」
オリヴァーは商業スキルに誇りを持っている。
商業スキルを銭のためのスキルだと見下す人がいるけれど、それは間違いだ。
どんなスキルも使い方次第だと思う。
そういえば、フローラ殿下から手紙で商業スキルについて聞かれたときにオリヴァーに聞いて答えたのをきっかけに、ときどきオリヴァーからのアドバイスを殿下に伝えている。
最近は手紙の中で「オリヴァー先生」と殿下は書くようになっている。
直接手紙をやり取りしてもらったほうが早いのだけれど、王女殿下が商人の息子と手紙のやり取りをするのはよく思われないらしい。
貴族はそういうところは面倒だ。
小麦の話に戻ると、昨年のように麦で儲けられなくてもフェアチャイルド家の収入は意外と減らないらしい。
オリヴァーによると、
「麦の利益は減少しますが、領内の経済が好調ですから税収が増えています。道路を整備したので物流の流れが良くなり、建物を改修することで雇用を生み出しています。最近は橋をかけているのも経済にプラスですね」ということらしい。
「風に揺れる小麦の穂を見ているとなんだか元気がでますわ」
「そうね。私も工房に戻ったら頑張らなくちゃ」
「僕も頑張ります」
みんなと一緒に見に来てよかった。
やる気をみんなが出してくれるのは嬉しい。
けれど、ちゃんと休みも取ろうね。




