第63話 ピクニックに行こう
この世界では休みのない職場もあるけれど、工房では少なくとも週に一度は全員が休むようにしている。
その工房のお休みの日に、工房の主要メンバーみんなでピクニックに行くことになった。
ソフィーはそのことをメイベルから聞いて、自分も一緒に行っていいかと聞いてきた。
みんなもぜひ妹さんも一緒にと言ってくれたから、ソフィーも一緒だ。
最近は一緒に遊ぶ機会が少なくなって妹は寂しがっていたから良かった
行き先はノーザンフォード郊外の小高い丘だ。
教えてくれた屋敷のメイドさんによると、遠くまで見張らせる絶景スポットらしい。
ピクニックと言えば、僕の中では籐で編んだバスケットが欠かせない。
大きなバスケットに料理長が焼いてくれたバゲットとハム、チーズ、それにガラス瓶に入ったジャムを詰めた。
ジャムはラズベリーとブラックベリーの二種類だ。
飲み物は、革の水筒に冷ました紅茶を入れた。
そして現代の日本と違って紙コップなんて便利なものは無いから、錫合金製のカップを持っていく。
あとは草の上に敷くシートだ。
いろいろ準備していたら、結構荷物が多くなってしまった。
今回行くところは丘といってもかなり標高が高いらしく、荷物が多いと大変だけど、収納魔法という強い味方がいるから大丈夫だ。
当日の朝、新しい工房の前に集合したのはテオ、カーペンター、エイル、メイベルという工房の主要メンバーとソフィー、それに護衛の騎士二人だ。
エイルは薬作りのグループのリーダーをしている。周囲に気を配ることができる女性で、周囲の職人たちから信頼されている。
オリヴァーは昨日アカシックレコードに接続して、また倒れてしまったので静養中だ。強力である代わりに負担が大きいスキルだ。
使いこなすべくオリヴァーは試行錯誤しているようだけれど、エルフも扱えなかったというスキルだ。決して無理はしないようにと伝えている。
護衛の騎士は、遠出をするときにいつも護衛をしてくれる男女一人ずつの二人だ。
工房の仕事で遠くに行くときにも付いてきてもらっているから、今では工房のスタッフとも顔なじみになっている。
女性の騎士はオフィーリア・ロイド。ロイド家は代々フェアチャイルド家に仕えてくれている。
男性の騎士はギルバート・テイラーといって、こちらは仕立屋の息子だ。
フェアチャイルド家騎士団は出自を問わず優秀なら騎士に取り立てるので、親が平民ということも珍しくない。
二人とも、騎士団長のリアムが期待している若手だ。
ノーザンフォードを出て、郊外の街道を馬車で進む。
ドワーフたちと一緒に整備した石畳の道だ。
最近、エルフたちが近くの森から大き目の樹々を街路樹として移動させてくれたから、日差しが強くても歩きやすくなっている。
もうじき6月になるけれど、なお若葉の緑が目に鮮やかだ。街路樹があると街道の風景も絵になる感じでいいな。
空も晴れてくれて、ピクニック日和だ。
二台の馬車に分乗するとき、自然と男女で分かれた。
女性たちの馬車からは、ときどき賑やかな笑い声が聞こえる。ソフィーも溶け込んでいるようで良かった。
僕らが乗る男性の馬車のほうは、窓を開けて風を感じながら、とりとめのない話をのんびりとしている。
やがて丘に向かう坂道が見えてきた。
実際に来てみると、聞いていたとおり結構高い。前世で登った高尾山くらいの高さはありそうだ。
丘のふもとで馬車を降りて、ここからは歩いて登る。
「うわ、丘といっても高いのね」
「頂上までちゃんと登れるかな」
ソフィーとメイベルは少し不安そうだ。
みんなでおしゃべりをしながら、ゆっくり坂道を登っていく。
登り続けていると、身体強化魔法が使える騎士たちと僕、テオは平気だけど、職人さんたちとソフィーは疲れてきたみたいだ。
ちょうど少し見晴らしの良い場所に差し掛かった。
「このあたりで一休みしようか?」
「そうですね、お兄様。正直に言えば、少し疲れました」
ソフィーとメイベルは平たい石の上に布を敷いて座り込んだ。
「テオさんは生産魔法師なのに、ウィリアム様と同じで身体強化魔法を使えるのはずるいです」
メイベルが近くに座ったテオに絡んでいる。
「あはは、メイベルさんもそのうち使えるようになるかもしれませんよ」
「普通、生産魔法師は身体強化魔法を使えないものよ」
テオがカーペンターのほうに行ったところで、ソフィーはメイベルに不満そうに言った。
「ちょっとメイ、いつからメイベルさんって呼ばれているの?」
「うふふ、同僚だからね。でもテオさんは真面目だからなかなかメイベル様と言うのを止めてくれなくて、さん付けで呼んでもらえるようになるまで大変だったんだから」
「むう、何かずるい気がするわ」
「同僚に様をつけて呼んでほしくないし、テオさんのほうが先輩だからって何度も説得したのよ。それにうちは貴族といってもソフィーのお家と違って、ちっちゃな領地のしがない男爵家ですからね」
休憩して元気を取り戻したところで、また登り始めることにした。
以前の僕なら音を上げていたかもしれないけど、身体強化魔法があるから平気なのはありがたいな。
みんなとおしゃべりをしながら、ゆっくり登っていく。
そして、ついに丘の上に着いた。
おお、聞いていたとおりの絶景だ。
視界が開けて、周囲の畑や森を見渡すことができる。ノーザンフォードの街は箱庭みたいに見えた。
「おお、凄い景色ですな」
「本当ね。工房はあのあたりかしら」
カーペンターとエイルも景色を楽しんでいるようで良かった。
テオは遠くの樹海のほうを見ている。
近づくといくと、少し切なそうな顔をしていた。一族を守るために犠牲になった両親のことを思い出しているのかな。
肩をぽんと叩くと、振り返って淡い笑みを浮かべた。
「そろそろランチにしようか」
収納魔法で運んできた籐製の大きなバスケットと革の水筒を出して、草の上にシートを敷く。
そしてバスケットからお皿やコップ、食材を取り出す。
バゲットにはたっぷりとバターを塗る。バターはジャージー牛のミルクから作ったちょっと高級なものだ。
あとはお好みでハムとチーズを挟んだり、二種類のジャムをつけたりする。
そしてコップを出して水筒から紅茶を注ぐと準備は完了だ。
料理長が焼いてくれるバゲットは絶品だ。外側はしっかりと焼き目がついていて堅く、内側の白い部分は気泡が小さくてきめが細かい。
噛み締めると、旨味がじんわりと口の中に広がってくる。
バゲットサンドはシンプルだけれど美味しい。
初夏の風に吹かれながら、絶景スポットでのランチ。
ときにはこんな休日もいいな。




