第56話 トリマギア
※途中までソフィーの視点です。
このところ、ウィルお兄様は王都に呼ばれたり、新しい工房を作ったりと忙しくて、ゆっくりお話しする機会もありませんでした。
お兄様の工房は恐ろしい結核を治療する薬や注射器をつくったのに加えて、予防のための石鹸も作り、たくさんの人の役に立っています。
私も領主の娘ですから、お兄様が領民のために活躍することは嬉しいですし、誇りにも思います。
ですからお兄様が忙しいことは仕方ないと理解していますが、寂しいと思ってしまう気持ちもあるのです。
友人のメイベルは透明石鹸づくりの責任者になったと言って張り切っています。
透明な石鹸の中に薔薇やラベンダーが入っているのは素敵です。ノーザンフォードの女の子の間で人気になっています。
それは友人としても嬉しいことです。
ですが、最近登場したメイベルもお兄様の工房で活躍しているのに、妹である私の出番がないのはどういうことでしょう。
あれ、私は何を言っているのでしょうね?
それはさておき、最近のお兄様はようやくのんびりしておられるので、少しくらいお時間を頂いてもバチは当たらないのではないでしょうか。
エルフは森に隠れ里をつくり、人目を避けて暮らしています。
でもお兄様はよく出掛けているようです。
見た目が美しいだけではなく、その暮らしぶりもベールに包まれているエルフはミステリアスな種族です。
できればエルフに会ってみたいと以前から思っていました。
お兄様とお出かけもしたいですし、できればエルフの暮らす森に連れて行ってもらえないか、思い切ってお願いしてみました。
____________________________________________________________
妹のソフィアが、できればエルフの森に行きたいと言ってきた。
いつも良い子にしていて、滅多にお願いなんてしてこない妹の希望だから、できれば叶えたい。
古老さんとルーセリナに打診したら、ありがたいことに快諾してくれた。
妹とノーザンフォードの郊外に向かう。
「お兄様と一緒にお出かけするのは久しぶりで嬉しいです」
「そう言えば一緒に外出していなかったかな」
ソフィーは嬉しそうだ。
忙しくても、もう少し妹のために時間を割くべきだったと反省した。
目的地に着くと、ソフィーは怪訝そうな顔をした。
「お兄様、ここがエルフの森なのですか?」
「あはは、そう思うのも無理はないね。見た目は普通の森だし」
「でも、ここにエルフたちは住んでいるよ。実は人が入って来ないように『迷いの森』という魔法がかけられているんだ。そのせいで中に人がいる気配も外から分からないみたいだ」
「まあ、そうでしたの。そういえば、悪い人間がエルフを攫うことがあるのでしたわね。酷い人たちがいるのは嘆かわしいです」
ひとしきり嘆いてから、ソフィは気にし始めた。
「ところで、エルフの皆さんは人族との接触を避けているのに、私が押し掛けて大丈夫なのでしょうか?」
「大丈夫だよ。事前に了解はとってあるし、歓迎すると言ってくれてるから」
「それなら良いのですが」
ソフィと一緒に森に進んでいくと、いつものようにちゃんと森の中に入ることができた。
どういう仕組みなのかよく分からないけれど、ソフィも「迷いの森」の対象から外してくれたみたいだ。
やがてエルフの隠れ里が見えてきた。
「うわあ、木の上にお家があるのですね!」
ソフィはツリーハウスを見て目を丸くした。
そしてエルフを見かけると「本当に綺麗なんですね」とまた驚く。
僕はだいぶ見慣れたけれど、確かに驚くことがいろいろあるよね。
里に入ると、何人かのエルフが迎えてくれた。
「こんにちは、お嬢さん。よくいらっしゃいました」
「はじめまして、ソフィア・フェアチャイルドと申します。今日は突然お邪魔してすみません」
丁寧にソフィーは礼をする。
「まあ、小さいのに礼儀正しいのですね。ウィリアム様の妹さんならいつでも歓迎しますよ」
エルフたちはソフィーの態度をほめてくれた。
小さくてもソフィーもフェアチャイルド家の人間だ。相手が誰であれ、偉そうな態度や無礼な態度を取ることなど絶対にしない。
ちなみに今日は救世主と呼ばないでほしいとエルフにはお願いしてある。
「お兄様はエルフの方々に信頼されているのですね」
「ありがたいことにね」
僕には過分な信頼だと思う。
救世主といわれても、自分がそんな凄い存在とは思えない。
最近になって、自分なりに決意は固めつつあるけれど。
それからソフィーはエルフのツリーハウスの中を見せてもらったり、ハンモックを借りたりして、楽しく過ごした。
こんなにはしゃいだ妹の顔は久しぶりに見たなあ。
エルフの里に連れて来て良かった。
そんなふうに思っていると、古老さんとルーセリナがやってきた。忙しいだろうから、無理に顔を出してくれなくて良いと伝えておいたけれど。
「こちらは族長のルーセリナさんと古老さんだよ」
「はじめまして、ソフィア・フェアチャイルドと申します」
「よくいらっしゃいました。エルフの族長をしているルーセリナといいます」
「エルフの里はいかがですか?」
ルーセリナはソフィに微笑んでくれる。
「はい、とても楽しいです」
古老さんは……?
あれ、真剣な顔をしている?
「ソフィアさん、貴女は魔法スキルを授かっているようですが、属性魔法の適性はどのように聞いていますか?」
「はい、水の属性魔法が使えると聞きました。まだまだ未熟ですが、先生に教えてもらって練習しています」
「先生から聞いたのは水の属性魔法のことだけですか?」
「はい、それだけです。あの、何か問題がありましたか?」
「いいえ、貴方には何の問題もありませんよ。ただし魔法の教師にはいささか問題があるようです。人族では珍しいことですから、無理もないのかもしれませんが」
どういうことだろう?
不思議に思っていると、古老さんは僕に向きなおった。
「ウィリアム様、貴方様の妹は水の属性魔法だけではなく、火と風の属性魔法も使えるトリマギアです」
「ええ! トリマギアですか?」
僕もソフィーもびっくりした。
エルフには二つや三つの属性を持つ者がときどきいるらしいけれど、人族は普通は一つしか属性を持たない。
三つも属性を持つトリマギアは、同世代に一人いるかどうかだ。
ソフィにそんな魔法の才能があったとは。
「人族ではソフィアさんの魔法を伸ばすのは難しいかもしれません。幸い私は全ての属性魔法を使えますから、よろしければ私がお教えしましょうか?」
なんと古老さんは火、水、風、木、土の全属性魔法が使えるのか。
それにソフィの先生になってくれるとは。
「お願いして良いのでしょうか?」
「はい、お任せください」
目を丸くしていたソフィーも「よろしくお願いします」と頭を下げる。
エルフの森にソフィーを連れてきたことで思わぬ収穫があった。




