第55話 世界樹を護ってきた一族
5月になり、新緑が目に眩しい季節が到来した。
山にも森にも生命の息吹が感じられて、元気をもらえる気がする。
誕生パーティの後はゆっくり過ごすことができたし、そろそろ先送りしていたことに向き合おうと思う。
この日、僕はある決意をもってエルフの隠れ里を訪ねた。
エルフの皆さんも、ここの暮らしに慣れてくれたようだし、ずっと気になっていることをルーセリナと古老さんに聞くことにしたんだ。
気になっていたのは、樹海で一体何があったかということだ。
「樹海の奥で何があったのか話してもらえるでしょうか? ルーセリナさんにはご両親のことを思い出させてしまうかもしれませんが」
ルーセリナは一瞬目を見開いたが、穏やかに話してくれた。
「両親のことは悲しいのは確かですが、世界樹が弱体化して魔物に圧迫されたときから覚悟していたことなので大丈夫です」
古老さんも「エルフの族長になるということはそういうことなのです」と言う。
どうやらエルフの族長は大変な責任を負っているようだ。
「そろそろ救世主様には事情を説明しておいたほうが良いですね」
古老さんは話し出した。
「樹海は奥に行くほど強大な魔物がいます。ただ、それでも世界樹が健在なうちは問題ありませんでした。成木の世界樹は弱い魔物は寄せ付けず、強い魔物も弱らせるのです」
世界樹にはそんな力があったのか。
「ですが、樹海の奥のエルフの里にあった世界樹は弱っていきました。実は世界樹は大地を流れる地脈から力を得ています]
[地脈とはこの世界に張り巡らされている血管のようなものなのですが、樹海は徐々に闇の力に浸食され、ついには樹海の外の地脈から切り離されてしまったのです」
樹海の奥ではそんなことが起きていたんだ。
外にいる僕らは全然知らなかった。
「我らの一族は代々世界樹を護ってきました。樹海が危なくなったからといって、世界樹が成長できる場所に安住できるかどうかも分からず、ただ逃げ出すことはできませんでした」
「一方で、このままでは一族が滅ぶと父は心配していました。そこに樹海を脱出したドワーフの皆さんからこの地の情報が入ったのです」
「そこで族長は決断し、我らは世界樹の若木を携えて樹海を脱出しました。弱っていた世界樹は別の場所に新たに根を生やすために若木を生み出していたのです」
そんな事情があったのか。
古老さんやルーセリナたちエルフの一族は、代々重い使命を負って、人知れずこの世界のために世界樹を護ってきたんだな。
きっとこれまでにも、いろんな苦労があっただろう。
僕は救世主という柄じゃないと考えてきたけれど、この人たちのために自分のできることをしなければいけないと思った。
「エルフの皆さんは世界樹が弱ってきて大変な苦労をされて、樹海を出るという難しい判断をされたのですね」
「そう言って頂けるのはありがたいです。ですが、救世主様とフェアチャイルド家の皆さんに助けて頂き、今はこうして安全な場所で暮らすことができています」
「この森には細いものとはいえ地脈が通っていますから、世界樹の若木は少しずつ成長し、力を取り戻していくことでしょう」
「この森の地脈は細いのですね。お話を聞いていると、もっと太い地脈のほうが良さそうです。ところで世界樹が成木になることは闇の力に対抗するために大切なのでしょうか?」
「はい、世界樹はこの地に暮らす生き物にとって大きな存在です。闇を防ぐだけではなく、この地の気候など環境にも関わっています。最近このあたりで旱魃が起きているのも世界樹が弱った影響だと思われます」
なんと、旱魃まで世界樹の弱体化が関わっているとは。
「世界樹が早く成長するにはもっと太い地脈の上が良いのは確かです。できるならば地脈が交差するクロスポイントの上に移植できれば一番良いのですが」
「地脈のクロスポイントとは初めて聞きました。このアルビオン王国にもクロスポイントはあるのでしょうか?」
「ええ、正確な場所は分かりませんが、フェアチャイルド領の南方で大きな地脈が交差しているようです」
うちの領地の南というと、未開地になるな。
「そのあたりは未開地です。既に人が住んでいる場所に比べれば、世界樹を移しやすいでしょう」
ただ、世界樹を確実に守るためには、信頼できる人の領地であるほうが良い。
父上にお願いして辺境伯領を広げてもらえばいいかな?
いや、既に広大な辺境伯領をさらに広げることは王家の許可を得にくいだろう。
僕の領地は西部で頂けることになっているから、僕が未開地を領地にもらえば良い。
救世主の役割を果たそうとするなら、ここは逃げちゃいけないだろう。
「僕は成人したら男爵に叙される予定です。王都付近ではなく西部で領地を得られるよう父上が陛下と交渉してくれましたし、未開地を欲しがる貴族はいませんから、南の未開地を領地に頂きたいと願い出れば、きっと認められるでしょう」
「それはありがたく思います。ですが、未開地を領地にすることは大変な苦労を伴うと思われます。救世主様はそれでよろしいのでしょうか?」
「これまで僕は自分に救世主が務まるかどうか分からないと思ってきました。ですが今日お話を聞かせて頂いて、世界樹を護ってきたエルフの皆さんの苦労が実を結ぶよう、僕のできることをしなければいけないと思ったんです」
「ありがとうございます、救世主様。それでは地脈のクロスポイントがどこにあるか特定するため、近いうちに一族の者に探索させましょう」




