第53話 北の公子の懸念
誕生パーティが終わったときには疲れ切っていた。
攻勢をかけてくる貴族の女の子たちに言質を与えないようにしながら、でも傷つけないように社交辞令を言い続けるのは僕には困難なタスクだ。
同じようなことをしているのに、兄上もルーカス公子も涼しい顔をしているのは凄いな。
陸に上がった魚のようになっていると、兄上にポンと肩を叩かれた。
「お疲れ様、ウィル。気疲れしたかい?」
「はい、兄上」
「ウィルは痩せて格好よくなったし、王家の覚えも目出度い有望株だから、女の子たちが寄って来るのは仕方ないよ」
「そうでしょうか?」
「あの子たちも親から言われて頑張っていたりするから、嫌がったりしてはいけないしね」
「それは分かります。だから傷つけないように気を付けたつもりではいるんですが」
貴族というのは面倒だ。
「でも西部の子たちは真っすぐだから対応しやすいな。王都の子たちは一筋縄ではいかないからなあ」
「僕はずっと西部にいます!」
「あはは」
兄上と話していると、ルーカス公子が寄ってきた。
「ウィリアム君はパーティが苦手かい?」
「はい、苦手です」
「ふふ、率直だね」
ルーカス公子は苦笑した後で真面目な顔になった。
「エディ先輩、この後ウィリアム君と話をさせて頂いても?」
「ああ、そうだったね。ウィル、この後に時間はあるかい?」
えっ、僕?
「時間はありますけど」
「それじゃあルークの話を聞いてもらえるかな? ルークはそのために我が家に来たんだ」
兄上と親交を深めるために来たんじゃないんですか?
公子ルークと兄上と一緒に、久しぶりに兄上の部屋に入った。
よく整頓されていて、真面目な兄上らしい部屋だ。
「ウィリアム君、時間を取ってもらって済まないね」
「いいえ、今日は僕の誕生パーティに参加して頂き、ありがとうございました」
北の公爵家の跡継ぎと良好な関係にあることを示すのは、フェアチャイルド家にとって、それなりどころではない意味がある。
「それでは本題に入らせてもらうよ。君が開発した乾燥に強い小麦は王国中で期待されている」
「過大な期待でなければ良いのですが」
「いや、すでにフェアチャイルド辺境領や隣りのカーディフ伯爵領で豊作になった実績があるんだ。きっと他の地域でも成果は出るだろう。北部を除けば」
北部を除けば?
「北部ではこの数年、乾燥に加えて寒さも厳しくなっているんだ。君の新しい小麦は寒さにも強いのかな? もしそうだと嬉しいんだが」
なるほど、北の公爵領は冬の寒さは厳しいと聞いていたけれど、さらに寒くなっているのか。
「いいえ。僕の開発した小麦は乾燥には強いのですが、寒さに強い特性はありません」
「そうか。それでは今年の収穫も厳しいかもしれないな」
ルーカス公子は秀麗な顔を曇らせた。
でも、この事態は想定済みだ。
「実はそういうこともあろうと思い、寒さに強い食べ物も開発しました」
「えっ、本当かい?」
「はい、ポムテというイモなんですが、乾燥にも寒さにも強く、痩せた土地でも育ちます」
救荒作物ならサツマイモもあるが、サツマイモは寒い所ではよく育たない。だからジャガイモに似たポムテを開発したんだ。
「おお、それは素晴らしい!」
「100日くらいで収穫できるのも良いところです」
ポムテを早速見てみたいというルーカス公子を兄上と一緒に工房に案内した。
兄上も新しい工房を見るのは初めてだ。
「おお、面白い形の建物だね」
「ウィルの作る建物はいつも斬新だね」
二人とも、貝殻を重ねたようなフォルムに驚いてくれた。
公子と兄上を応接室に案内する。
受付にいたスタッフが紅茶を用意してくれた。大貴族の跡取りと聞いても落ち着いて対応してくれる。さすがレバント商会出身だ。
「できたばかりの工房なのにスタッフの対応も素晴らしいね」
公子に褒めてもらった。後でオリヴァーに伝えておこう。
公子と兄上に保管していたポムテを見せた。
「これがポムテです」
「これが?」
ルーカス公子はいぶかしそうな顔をした。
「いや、ウィリアム君の言葉を疑うわけではないんだが、こんな土のついた感じの根っこに栄養があるのかい?」
そうか、食べ慣れていないから見た目に違和感があるのか。
「栄養はあります。ポムテを使った料理をお出ししますね」
アレックス商会から来てもらったスタッフたちがジャガイモを茹でてバターを付けたものを手際よく準備してくれた。
「どうぞお召し上がりください」
「う、うむ」
意を決した感じでルーカス公子と兄上はジャガイモを口に入れた。
「おお、見た目はよくないのに美味しいね」
遠慮ない感想をありがとう、兄上。
「うん、これは満腹になりそうだ。栄養があるというのも分かるね」
ルーカス公子は理解してくれたようだ。
ポムテは3月に植えたので6月くらいに収穫できる。
父上に相談して、種芋を北のシェフィールド公爵家にお分けすることになった。
ただし見慣れないので食べることを怯む領民もいるだろう。
何か工夫ができるといいんだけれど。




