第43話 フローラ殿下の悩み
フローラ殿下にお会いするため、メイドさんに先導してもらい、お城の広い廊下を進んでいった。
王女か王妃にお会いするときのマナーは一応父上に聞いていたけれど、まさか本当にお会いすることになるとは。
急に上手くできるかな?まあなるようにしかならないよね。
メイドさんによれば、普段は王族だけが使う中庭でフローラ殿下は僕を待っているらしい。
そう聞かされると緊張してきた。
普通のお庭のほうが良かったな。そんなことを考えながら歩いていると、廊下の先に空間が開けて、中庭が見えてきた。
案内された中庭は綺麗に刈り込まれた植栽が幾何学模様を描き、季節の花が咲き誇っていた。
中庭の奥には瀟洒なガゼボが見えた。
ガゼボは6本の柱で丸い天井を支える形になっていて、柱には蔓植物が巻き付いていた。
そしてガゼボにはテーブルと2脚の椅子が置かれている。
メイドさんに案内されて僕が近づくと、1脚の椅子に座っていた少女が立ち上がり、優雅に一礼をした。
僕は片膝を付き、父上に教えてもらったセリフを口にした。
「お初にお目にかかります。セオドア・フェアチャイルド辺境伯の次男、ウィリアムと申します。フローラ・アルビオン王女殿下にお目通りが叶い、光栄に存じます」
「はじめまして、ウィリアム・フェアチャイルドさん。フローラ・アルビオンです。どうぞおかけになって」
僕はメイドさんが引いてくれた椅子に座る。
正面から見ると、なるほど美少女だ。以前、西部の貴族のパーティでも話題になっていたけれど、第四王女の美しさは国中に知られている。
豪奢な金色の髪に雪のように白い肌、青い宝石のような大きな瞳。すっと通った鼻筋に小さな口。
でも、何だか殿下は元気がない気がするな。生気が感じられないから、人形みたいな綺麗さだと思ってしまった。
メイドさんが紅茶を淹れてくれる。
「どうぞお飲みになって」
「それでは頂きます」
紅茶を一口飲む。香り高く、ほどよい渋み。
やはり王城のメイドさんは紅茶を上手に淹れるんだな。
けれど、紅茶以上に僕の目を惹きつけるのはお菓子だ。テーブルの上の美しく彩色された陶器の皿に盛られているクッキーを一つ摘まむ。
おお、さすがに王城のクッキーだ。
芳醇なバターの香りにサクサクした口触り、口の中で上品な甘さがふわっと広がる。おっと、お菓子を頂きにきたんじゃなかった。
意外そうな様子で僕を見ていたフローラ姫が聞いてきた。
「ウィリアムさんは甘いお菓子がお好きなのですか?」
「はい、大好物です」
フローラ姫が笑った。無機物のようだった殿下の顔に初めて表情が浮かんだ。
「私と初めて会ったときにお菓子に夢中になったのは貴方が初めてですわ。ウィリアムさんは面白い人なのですね」
「恐縮です」
うわ、失礼だったかな。でも殿下は嬉しそうに笑っているように見える。
「ウィリアムさんは素晴らしい生産スキルをお持ちだと聞きました。乾燥に強い小麦を作り出して飢饉を防ぎ、死をもたらす恐ろしい感染症の薬もお作りになったとか」
「幸いにも人の役に立つものを作れましたが、私だけの力で作れたものではありません。樹海の素材探索に同行してくれた騎士たち、手を貸してくれたドワーフやエルフの助けがあったから上手くいったのです」
「ウィリアムさんは謙虚なのですね」
「いいえ、いつも周りに助けられているのです。そもそも剣でも魔法でもなく生産スキルを授かって落ち込んでいた私を家族が励ましてくれたことが出発点です」
フローラ姫は驚いたようだ。
「まあ、貴方は自信に溢れた方なのだとばかり思っていました」
「そんなことはありません。小さい頃は太っていましたし」
フローラ姫はまた笑った。
「今の貴方はスリムですから、そのようなことは言わなければ分かりませんのに。それにしても、貴方も剣でも魔法でもないスキルで落ち込んでいたのですね」
「ええ、この世界は剣と魔法の世界です。魔物と戦い、民を守るのが貴族の務めとされていますからね」
殿下は深く頷いた。
「よろしければ殿下のスキルをお伺いしても?」
「私が授かったのは商業スキルです。金儲けのためのスキルなどと口さがない者たちは言います」
殿下の顔が翳る。
「私は、商業スキルは内政面で重要なスキルだと思います」
僕の言葉を聞いて、また大きな目が見開かれる。
殿下は驚いているようだけれど、これは僕の本心だ。
「私は物を作りますが、それを必要とする人たちのもとに届けるのも、適正な価格を付けるのも商業スキルを駆使する商人たちです。私はアレックス商会の息子と知り合いですが、彼は優秀ですし、自分の能力に自信を持っています」
「商人を蔑む貴族は多いですが、貴方は違うのですね?」
「はい。商人には優秀な人がいますし、商業スキルも有用だと思います。以前少し教えてもらったのですが、商業スキルを伸ばすと計算が早くなり、文章を速く読めるそうです。
特に内政に関わる者には有用なスキルではないかと」
殿下は大きな目を見開いた。
「そのようなことを言う者は誰もいませんでしたわ。ですが、貴方の話には説得力がありますね。考えてみれば、商業スキルは駄目だという者たちはなぜ駄目なのか説明をしませんでした」
殿下は何かを振り払うように首を振った。
美しい金髪も一緒に揺れる。
「ああ、私はこれまで商業スキルのことをよく理解もせず、ただ嘆いていたのかもしれません。周囲の貴族たちから商業スキルを教わろうとしても教えてもらえずに。そうではなく商人に教わるべきだったのですね」
殿下の表情はどこか明るくなったような気がする。
「今日はとても良いお話を伺えました。感謝いたしますわ」
フローラ姫は最後に、この日一番の笑顔を浮かべた。




