第38話 もう一組の母と子
気を付けていたつもりだったけど、流行中の感染症に罹ってしまった。
命を落とす人の多い怖い病気だ。
激しく咳き込み、胸が痛い。
最近は血を吐くようになってしまったし、僕もいよいよ覚悟をしないといけないのかな。
「オリヴァー、大丈夫かい?だいぶ息も苦しそうだけど」
「母さん、オリヴィアと呼んで欲しいって言ってるのに」
「やれやれ、死にかけてるときくらい本名で呼ばれたらどうだい」
あはは、母さんは相変わらず遠慮がない。
「そういうものかな」
「そうだよ。まったく無駄に綺麗になっちゃって、男なのに」
「無駄はひどいな、母さん。僕は美しいものが好きなんだ。自分が美しくなろうと思ったら、女装が似合っていたんだよ」
「はいはい。あんたはどこに向かって進んでいくのか心配したもんだよ。まあ、あんたの人生だけどね」
「あはは、僕の好きにさせてくれたことには感謝してるよ」
「そうかい。まあ、あんたなりの人生を歩めたんなら良いんだけどね」
女装趣味のせいでさんざん言われたけれど、父さんも母さんも僕を無理に矯正しようとはしなかった。
「うん、僕は僕なりの人生を歩んだよ。母さん」
自分でも死相が浮かんでいるのが分かる。
やりたいことはまだまだあるけれど、父さんの商売を手伝い、お洒落な服を着たり化粧をしたり、自分を曲げることなく生きてこられた。
あるとき、うちの商会が大きな商談を勝ち取ったときに商売敵が僕のことを「男のくせに色仕掛けで契約を取った」と悪く言ったとき、父さんは血相を変えて怒ってくれたのは嬉しかったな。
普通の人生のレールから外れがちな僕のやりたいようにさせてくれた両親には本当に感謝しかない。
「ところでさ、いろんな薬を試しても駄目だったけどね。お父さんがフェアチャイルド辺境伯の息子さんからもらってきた薬があるんだ」
これまでに苦い薬、まずい薬をたくさん飲んできた。
父さんと母さんが一生懸命に薬を探してくれたことに感謝はしてるけど、正直に言えば、もう飲みたくない。
でもウィリアム様の薬か。
「正直に言えば薬は飲みつかれたけど、ウィリアム様の薬なら、もしかしたら効くかもしれない」
その薬は飲むのではなく、注射器とかいう道具を腕に刺して入れるものらしかった。
腕に針を刺すのは少し怖いが、天才のウィリアム様が考えたのなら意味があるのだろう。
銀製の注射器を母さんが腕に刺した。
チクっとするけど、病気の痛みに比べればなんともなかった。
これは効くんだろうか?
まあウィリアム様の薬でダメならどうしようもないな。
そんなふうに思っているうちに、眠くなってきた。
永遠に目覚めない眠りも近いのだろうか。
翌朝起きると、驚いたことに、ずっと悩まされてきた胸の痛みが軽くなっている。
体もあまりだるくない。
使用人に頼んで鑑定魔法を使える者に来てもらうと、忙しいはずの父さんと母さんもやってきた。
「新しい薬を試して、少し具合がよくなった気がするので病状を鑑定してもらえますか?」
「分かりました。しばらくお待ちください」
その者は集中して目を閉じた。
そして目を開けると、告げた。
「鑑定したところ、軽症となっています。おめでとうございます! 病から回復されつつあります」
「おお、神よ!」
父さんは跪いて祈った。
「おやまあ、驚いたねえ」
母さんはいつもと同じ口調だけど、その目は潤んでいた。
両親には心配をかけた。
「父さんも母さんもありがとう。ウィリアム様の薬は効いたみたいだ」
「ああ、奇跡の薬と呼ばれ始めているようなんだ。しばらく注射を続けると完全に治るらしい。本当にあの方は凄いな」
「ウィリアム様はお前の命の恩人だねえ」
ああ、母さんの言うとおりだな。
この薬がなければきっと死んでいただろう。
ウィリアム様に恩を返すために何ができるかな……そうだ!
「父さん、僕を新しく作るノーザンフォード支店の支店長にしてくれないかな」
「えっ、お前は俺の跡取りだ。本店で戦略を考えるのが仕事……ああ、そうか、ウィリアム様のもとで働きたいんだな」
さすが父さん。僕の意図を理解したようだ。
「うん。支店長ということで関係を深めて、ウィリアム様の工房のスタッフになり、いずれは家臣になりたいんだ」
恩返しもしたいし、あの方の近くにいると面白いことが多そうだ。
「やれやれ、商会を継がせるつもりだったんだがな。お前は言い出したら聞かないからなあ」
「ごめんよ、父さん」
「まあ、ウィリアム様がおられなかったらお前は死んでいたのだから仕方ない。それにあの方のものづくりの才能は大きな可能性を秘めている。商人としてあの方の創り出すものを広めていきたい気持は分かる」
「ありがとう、父さん」
「無理に押しかけて行って、ご迷惑をかけるんじゃないよ」
「あはは、僕は変人だからね。でも、お役には立てると思うんだ。できるだけ困らせないように気を付けるよ」




