第36話 エルフの古老さんに相談
母上を救えて良かった。
そのためにしたことに、何一つ後悔はない。
ただし、結核の特効薬であるストレプトマイシンを見つけたり、注射器を作ったりしたことの説明が厄介だ。
どちらもこの世界の知識だと思いつかないものだろう。
土にヒントがあるとドワーフから聞いたとはいっても、土の中の微生物が薬を作るとか、どうやって説明すればいいんだ?
注射器の説明も思いつかない。
どんなふうに周りの人に話せばよいのか、困ってしまった。
そこで、僕が異世界からやって来たことを知っている人に相談しようと思い、エルフの隠れ里に古老さんを訪ねた。
あまり人に聞かれたくないという僕の雰囲気を察してくれたのか、古老さんとルーセリナだけで話をするようにしてくれた。
「古老さん、急にお邪魔してすみません。ご相談したいことがあって」
「救世主様、よくいらっしゃいました。それに私からもお話しすることがあります」
「古老さんからもですか?」
「はい。どちらの話を先にしましょう?」
「先にお話を聞かせてもらえますか」
「分かりました。実は救世主の石板に記された使徒のうち、最初に『鍛冶師』が覚醒したようです。石板には『古き血の者。鍛冶師なるも、救い主を支えるのは鍛冶の技にあらず、生産の才なり』という文章が浮かびました」
「生産の才で支えてくれる鍛冶師ですか。もしかしてテオのことでしょうか?」
「ええ、きっとそうでしょう。ドワーフはみな鍛冶師ですが、あの子は鍛冶が苦手のようです。最近、生産の才能で貴方をお助けしましたか?」
「はい、僕が母のために薬を分離したとき、薬を増やす方法がないと言ったら、テオが土を材料にして薬を増やしてくれました」
「なるほど、そのときに覚醒したのでしょうね。今度テオドールを連れて来てもらえますか。救世主と使徒の話をしたほうが良いかと思います」
「分かりました」
テオが光ったとき、使徒として覚醒したのか。
今回はテオがいてくれたから母上を救うことができた。本当に感謝している。
以前に古老さんは世界樹がこのタイミングで僕を呼んだことには意味があるだろうと言っていた。
世界樹に触れて石板が現れて、テオが覚醒したからこそ薬を複製できて母上を助けられたように思う。世界樹にも感謝だ。
「それで、救世主様のご相談とはどんなことでしょう?」
「はい、今回僕は元の世界の知識を使って結核の薬を分離し、注射器という医療のための道具を使いました。どちらもこの世界の知識からは思いつきにくいことだと思います」
僕は放線菌が作るストレプトマイシンと、それを患者の体内に入れるための注射器のことを説明した。
「おお、今回の感染症に効く薬と必要な道具を作られたのですか。多くの命を奪い、多くの悲しみをもたらす病気を防ぐ物をお作りになるとは、素晴らしい。ただ、確かにこの世界の者では思いつかないでしょう」
「それで、どうやって周りの人たちに説明したら良いのか困ってしまいまして。過去の転生者たちは、異世界の知識をどうやって周りに説明したんでしょうか?」
「過去に降臨した勇者や賢者には、自分は異世界の知識があると自慢した人も多かったようですが」
「そうなんですか? 僕は辺境でのんびり物作りをしたいだけなんです。自慢したいとか考えていません」
「ふふ、やはりウィリアム様は良いお人柄ですね。そうですねえ、救世主様の中には自分の正体を隠し、外の世界の知識は神のお告げだと説明した方もいたようです」
「神様のお告げですか?」
「ええ、この世界では神への信仰が厚いので、不思議なことを神様のおかげだと考える傾向はあります」
「なるほど。じゃあ僕もそう説明します」
「ええ、それがよろしいかと。我らも口裏を合わせましょう」
翌日、今度はテオと一緒にエルフの隠れ里に行った。
エルフの古老さんとテオは面識があったみたいだ。
「これから話すことは他人に話すべき内容ではありませんから、特別な場所に行きましょう」
古老さんはテオにそう告げると、大木の前で呪文を唱えた。
「これは……。エルフの方たちの聖なる場所への入り口ですね。僕も入って良いのでしょうか?」
「ええ、今の貴方には入る資格があります」
大木の洞をくぐって世界樹の花園に出る。
「この木は、もしかして世界樹ですか?」
「そのとおりです。そしてこれが世界樹から現れた救世主の石板です」
古老さんはテオに救世主と使徒のことを説明してくれた。
「そうだったんですか。師匠は救世主で、僕はその使徒の一人なんですか?」
「ええ、あなたは最初に覚醒した使徒です」
「僕はドワーフなのに鍛冶が苦手なことを悩んでいましたが、それは生産の才能がある代償だったのかもしれません」
「見た目が他のドワーフと違うこともどうしてだろうと思っていましたが、エルダードワーフに先祖帰りしたからですか。僕が他のドワーフといろいろ違うことには意味があったんですね。両親にも聞かせたかったです」
テオは感慨深そうだった。
「テオ、異世界から転生したことをこれまで黙っていて済まない」
「いや、いきなり転生したと言ったら驚かれるだけです。それに救世主だとなれば、もう普通の子どもではいられなくなりますから。師匠が周囲に話さないでいたのはよく分かります」
ありがとう。そう言ってもらえると気持ちが楽になるよ。
逆にテオからはエルダードワーフであることは黙っていてほしいと頼まれた。
もしドワーフたちに知られると族長にされてしまうらしい。
「もうしばらくは師匠の弟子として修行したいんです」
「僕もテオが近くで支えてくれるとありがたいけれど、いいのかな?」
「僕もまだ子どもですから。叔父がしばらくは族長を務めてくれます」
「そうですね。二人ともまだ子どもなのです。無理に急いで正体を明かさなくて良いと思いますよ」
古老さんの言葉に僕とテオはほっとした。




