第35話 母と子
僕はテオと一緒に、できたばかりのストレプトマイシンを持って、母上の部屋に飛び込んだ。
「あらあら、ウィルちゃん。どうしたの?」
母上はベッドの上でクッションにもたれていた。
病でやつれているというのに、相変わらず穏やかな雰囲気をまとっている。
「母上、ようやく薬ができました。僕に注射をさせてください」
「注射? 何のことかしら?」
そうだった。この世界にはまだ注射という概念もない。
「その尖った物はなんでしょうか、ウィリアム様」
メイドたちは僕が持っている銀製の注射器の針を見て警戒した。
しまった、どうやって説明しよう?
「それが何かは分からないけど、ウィルちゃんがお母さんのために一生懸命作ってくれたものでしょう。きっと良いものだと私は信じるわ」
母上の言葉にメイドたちは緊張を解いた。
「注射というのは、この注射器という器具を使って体に薬を入れることなんです」
衰弱した母上の体をメイドに起こしてもらう。
「すみません、母上。注射するときに少しだけチクッとすると思います」
「分かったわ。大丈夫よ」
母上の腕に銀の注射器を刺し、ストレプトマイシンを流し込んだ。
これで、僕にできることはした。
ほっとしたら、意識が遠くなった。
目が覚めたら自分の部屋のベッドにいた。誰かが運んでくれたんだろうか。
薬は効いただろうか?
急いで母上の部屋を訪ねると、母上はベッドに起き上がっていた。
心なしか、昨日より血色が良くなっている気がする。
「いらっしゃい、ウィルちゃん。今日は調子が良いみたい」
おそるおそる鑑定すると、『結核(軽症)』になっていた。
薬は効いていた。
「良かった、重症から軽症になった。これで母上の病気は治せる」
その場で膝をついてへたりこむ。
安堵の涙が零れた。
僕の言葉を聞いて、メイドたちが歓声を上げた。
「ウィルちゃん、薬を作ってくれてありがとう。随分頑張ってくれたのね」
母上が細くなった手を伸ばし、涙を拭ってくれた。
「ありがとう。これで貴方たちの成長を見守ることができるわ」
こんなときまで自分のことじゃなく、子どもたちのことを考えてくれるのは母上らしい。
母上の部屋から出ると、テオが廊下にいた。
遠慮して部屋の中に入らなかったんだろうか。
「テオ、母上の病気は重症から軽症になったよ。僕らが作った薬は効いたんだ!」
「そうですか、良かったです。本当に」
テオは涙ぐんだ。
それからソフィーの部屋に行って母上が快方に向かったことを話すと、喜びと安堵で大泣きした。
「ああ、母様。良かった。ああ、神様」
泣きじゃくるソフィーの背中をさすっていると、メイベルが来てくれた。
事情を話すとメイベルも喜んで、ソフィーと抱き合っていた。
それから執務室を訪ねて父上に報告した。
「父上、母上の病気は重症から軽症になりました! 僕とテオが作った薬が効いたんです」
「それは本当かい?」
いつになく強い口調で父上は聞いてきた。
「鑑定魔法で確認したので、間違いないと思います」
「そうか……ありがとうウィル、母さんを助けてくれて。本当にありがとう」
父上の目も潤んでいた。
「いくら剣術スキルを鍛えたところで病気は治せないんだ。何もできない自分が悔しかったよ。ウィル、生産スキルは本当に凄いな」
生産スキルを得たことを今日ほど良かったと思ったことはない。




