第32話 何としても薬を
母上が高熱を出し、血を吐いて倒れた。
その知らせを聞くと、辺境伯家の誰もが顔を曇らせた。
母上は貴族だから平民だからという区別なく、周囲の誰にでも優しい。
だから使用人たちからも好かれている。
家中の誰にも愛を与えてくれる太陽が翳ったと、みんな心を痛めた。
感染した経緯も母上らしかった。
以前から母上はよく貧民街で炊き出しをしている。
結核が流行してから、なるべく家にいるようにと家族に父上は話した。
けれど、領民に不安が広がる中、いつものように炊き出しをすることは領民の安心につながるから、母上は炊き出しを止めなかったようだ。
マスクを付けて、うちに戻ったら手洗いもしていたようだけれど、炊き出しをしているときに感染してしまったようだ。
僕は母上の部屋に駆け付けた。
「あら、ウィルちゃん。ごめんなさいね、心配かけて」
母上はいつもと同じ口調だったけれど、すごくやつれて見えた。
「母上、血を吐いたと聞きました」
おそるおそる鑑定してみる。
鑑定魔法は人の状態も分かるんだ。
すると、『結核(重症)』という結果が出た。
思ったより悪い状態で、ショックのあまり息が詰まる。
サーッと血の気が引くのが自分でも分かった。
こんなに重い状態だったなんて。全然気付かなかった。
きっと家族に心配をかけまいとして、具合が悪くても元気に振舞っていたんだ。
このままでは……。
いや、何としても母上を助けるんだ。
「母上、僕が何とかして薬を作ります」
そう言って自分の部屋に戻る。
転生してから、母上のお陰でどれだけ救われてきたことだろう。
剣術スキルでも魔法スキルでもなく、貴族らしくない生産スキルを授かった僕にも変わらぬ愛情を注いでくれた。
僕の作った鞄や家具を他の貴族に贈って、貴族の世界では馬鹿にされている生産スキルの良さを一生懸命アピールしてくれていたことを後で知った。
乾燥に強い麦を作って僕が褒められたときは、自分のことのように喜んでくれた。
風邪をひいたときも、身体強化魔法を使い過ぎて倒れたときも、いつも優しく看病してくれた。
そう、母上の愛情に包まれていたから、この世界で僕は安心していられたんだ。
何としても治療薬を作らないと。
体に良さそうなものを材料に手当たり次第に生産スキルを使った。
けれども、効きそうな薬はできない。
魔力を消耗して、荒い息になって、僕は壁を殴った。
母上を救えなくて、何のための生産スキルだ。何が救世主だ。
生産スキルはいろんなものがつくれるけれど、材料がないと作れないし、
どんなふうに作るか、手がかりがないと作れない。
冷静に考えれば、闇雲に作っても、うまく行くわけがない。
やはり前世の記憶に頼るしかない。
感染症には確か抗生物質が効くはずだ。
抗生物質というとペニシリンが有名だ。
でもペニシリンは結核に効かないと聞いたことがある。
結核の特効薬は……そうだ、ストレプトマイシンだ。
確か、何かの菌が作るものだったような気がする。
生産スキルはいろんなものが混ざっていても分離できるから、自然界にあるものが効くなら、新しく創らなくていい。
ストレプトマイシンを見つける方向で考えるんだ。
ストレプトマイシンを作る菌は何だった?
僕は必死に前世の記憶を探った。
いつの間にか涙が零れている。でも、どうしても思い出せない。
どうして肝心なときに僕の頭は働かないんだ。
机の前で思い詰めていると、いつの間にか部屋に入ってきていたテオが声をかけてきた。
「師匠、僕もメアリー様の優しさに救われてきました。両親を亡くした僕に家族と同じように接してくれて。それがどれくらい嬉しかったか」
「絶対にお助けしましょう。いや、お助けするんです!」
見上げると、テオはこれまでに見たことのないほど真剣な顔をしていた。
「ドワーフには一族で受け継いでいる古文書があります。病気についても何か書いてあるかもしれません。叔父は古文書に詳しいんですよ」
藁にもすがる思いで、僕はテオと一緒にドワーフの村に向かった。




