第30話 エルフの伝承
季節は変わり、朝晩は冷え込むようになって、昼間もコートが手放せなくなってきた。
温かいスープが美味しい季節の到来だ。
僕とテオの建てた家に問題はないか確認するためにエルフの隠れ里を訪れた。
ドワーフのときも同じことをしたのを思い出すな。
テオは工房の用事があったから、今回は一人で来ている。
ちなみにエルフたちは住処に選んだ森に特殊な精霊魔法をかけている。
「迷いの森」という魔法で、エルフたちが認めない者は森の中に入ろうとしても道に迷ってしまい、最後は森の外に出される。
僕はエルフたちに認めてもらっているから、エルフたちと同じように中に入れる。
「まあ、ウィリアム様。お久しぶりです」
里に入ると、ツリーハウスを建ててほしいと言ってきた女性が出迎えてくれた。
「寒くなってきましたけど、隙間風が吹いたりしませんか?」
「心配してくださったのですね、ありがとうございます。大丈夫です、このお家はとてもよく出来ていますよ」
話をしているうちにルーセリナも来た。
「ウィリアム様、みんな良い家だと喜んで住んでいます」
「そうですか、それなら良かった」
他のエルフたちも集まってきて、みんな御礼を言ってくれる。
問題なく暮らせているようで良かった。
それから僕は、もしよかったら使ってほしいと言って、以前たくさん作って実家の倉庫に入れてあった本棚や鞄を出した。
「これは、凄く凝った装飾の本棚ですね」
「この鞄、ものすごく革が柔らかくて良い手触りだわ」
「私たちより木工や革細工の上手な人族がいるなんて」
「ウィリアム様は何でも作れるのですね」
「何だか自信をなくしそうです」
いや、そこまで凄いものじゃ無いと思うんだけど。
困っていると、後ろから声がかかった。
「貴方がウィリアム・フェアチャイルド様でしょうか?」
「あ、古老様」とエルフたちが言ってスペースを空ける。
どうやらエルフの中で尊敬されている人らしい。
振り返ると、とても落ち着いた雰囲気のエルフの女性だった。
「お祖母様、どうしたのですか?」
ルーセリナのお祖母さんというと、族長の母親になのかな。
後でルーセリナに聞いたら、実際にはお祖母さんよりもっと前の祖先らしいけれど、呼びやすいのでお祖母様と呼んでいるらしかった。
長寿のエルフならではの話だ。
「はい、私がウィリアム・フェアチャイルドですが」
「はじめまして、ウィリアム様。私はこの氏族の中で最も年古りたエルフです。もう名前は呼ばれなくなり、古老と呼ばれています」
「実は貴方に見て頂きたいものがあるのですが、里の奥に一緒にお越し頂けますでしょうか?」
「えっ、お祖母様? ウィリアム様は確かに恩人ですし良い方ですが、里の奥に一族以外の人をお連れしてもいいんですか?」
「今回は特別なのですよ。世界樹が呼んでいるのですから」
集まっていたエルフたちはみな驚いた表情を浮かべた。
世界樹か……。ファンタジーの定番だけれど、実在していたんだな。
うちの図書室の本には世界樹は伝説上の存在だと書かれていたけれど。
古老さんに案内されて向かった先は、エルフの里の奥の秘された空間らしい。
ルーセリナもついて来た。
大木に近づいて古老さんが呪文を唱えると、その洞に入口が開く。
これは驚いたな。一体どんな魔法なんだろう?
入口を抜けると、そこは可憐な花が咲き誇る花園だった。
その中心に不思議なオーラのある一本の細い木があった。
「これが世界樹の若木です。樹海を脱出するときに運んできました。
我らの使命は世界樹を護ることなのです」
使命か。きっと長い間、エルフたちは世界樹を護り続けてきたんだろうな。
ふと呼ばれたような気がして、僕は若木に向かって歩いて行く。
そっと木肌に手を触れると、優しい緑色の光が世界樹から溢れ出し、根元から石の板みたいなものが現れた。
「おお、世界樹が光るとは。これぞ救世主の証」
古老さんは跪き、ルーナたちも膝をついた。
「えっ、どういうことですか?」
「我らの氏族には救世主が降臨されることが伝わっております」
そう言って古老さんはエルフの伝承を歌うように諳んじ始めた。
「闇が世界を脅かすとき、神の祝福を受けし者、この地に降り立たん。
その者、この世にあらざる知識を持ち、
武の力、魔法の力あるいは産み出す力をその身に宿すべし。
その手が触れしとき、世界樹は光り出さん。
おお、その者こそ、神の遣わせし救い主なり。
大いなる力をもって、数多の人を率いて闇を払わん。
我ら森の民の裔よ、救世主のもとに集い、支えよ。
外つ世界より来たりし救世主を讃えん。
我らの救い主を讃えん」
そんな伝承があったのか。武の力は勇者、魔法の力は賢者を指すのだろう。
産み出す力は生産者のことなのかな。
そういえば、転生するときに女神様からは勇者と賢者のどちらを選びますかと二択で尋ねられた。
生産者に転生というのはあまり記憶にないと女神様もおっしゃっていたのに、生産者がどうしてエルフの伝承に?
「我らは古い氏族ゆえ、他の者たちが忘れた古い伝承を受け継いでおります。ルーセリナから聞き及んだところでは、貴方様は生産者」
「過去に降臨した救世主の多くは勇者と賢者ですが、我らにはかつて降臨された生産者の救世主のことも伝わっております」
そうだったのか。これは誤魔化せないな。
「どうぞ跪くのは止めて、立ち上がってください。僕は確かに外の世界から神様に導かれてこの世界に来ました」
「おおっ」とエルフたちから感嘆の声が漏れる。
「ですが、僕は戦うのは苦手ですし、救世主になるような特別な力は持っていないと思います」
「いいえ、かつて降臨した生産者の救世主様も戦闘は苦手だったと伝わっております。救世主様の力は戦闘に関するものだけではありません」
「それに救世主様は一人で闇に立ち向かうわけではありません。救世主の現れるとき、その使徒もまた世に現れるのです」
古老さんは世界樹から現れた石板を手に取った。
「これは救世主の石板あるいは世界樹の石板と呼ばれるものです。石板には使徒の呼び名が書かれております。将軍、鍛冶師、道化師、精霊師、交渉人、夜を歩く者、巫女と読めます」
救世主に使徒か。何だか話が大きくなっちゃったな。
「救世主様、どうぞ使徒をお探しください。きっと貴方様の力になりましょう。もちろん我らもお支え致します」
正直に言えば、急にいろんな話を聞いて、混乱している。
取り敢えず、この話はエルフ以外の人たちにはしないでほしいと頼んだ。




