第23話 祭りの来客と小麦の値段
夏至祭には領地の外からも人が集まってくる。
その中には来賓というべき西部の貴族たちもいる。
大広場での儀式を終えた後、僕らは来賓に応対するために館に戻った。
「素晴らしい夏至祭ですね。こんなに豊作なのは驚きました」
「王国各地が今年も不作の中、この地では麦が黄金色に実っている。豊かな実りと賑やかな夏至祭に感動致しました」
来賓はみんな社交辞令もあるのだろうけれど、豊作と夏至祭を褒めてくれる。
中には小麦を売ってもらえないかと頼んでくる貴族もいた。
どう答えるのかと思ったら、父上は小麦の販売はレバント商会に任せてあると返事をした。
いつの間にそんなことになっていたのかな。
後で父上に聞いたところ、貴族同士で価格交渉をして禍根になることを避けるために商会に任せることが通例なんだそうだ。
なるほどなあ。それにしても、いつの間にか父上の信頼を得ているレバント商会は凄いな。
肩の凝る貴族たちとの社交の後に、親しいカーディフ伯爵家の人たちと話した。
「やあテディ、今回は本当に助かったよ。おかげで領民が飢えずに済む」
テディというのは父上の名前であるセオドアの愛称だ。
父上を愛称で呼んで頭を下げたのはトーマス・カーディフ伯爵。
幼馴染であるレティの父親だ。
「頭を上げてくれ、トミー。困ったときはお互い様だよ」
父上もカーディフ伯爵のことを愛称で呼ぶ。二人は王立学園の同級生で親友だ。
「ありがとう。それにしてもウィリアム君は凄いな。生産スキルには大きな可能性が秘められていたようだ」
「恐れ入ります。今回はたまたま上手く新種の小麦を作ることができました。
結果的に皆さんのお役に立てたのなら、嬉しく思います」
「ウィリアム君、堅いなあ。もっとリラックスしてほしいんだが。
もしかすると義理の息子になるかもしれないしね」
「お父様、何を言っているんですか!」
顔を真っ赤にしたレティがカーディフ伯爵の足を踏んだ。結構痛そうだな。
まあ適当な冗談を言う伯爵が悪い。
レティは仲の良い幼馴染だけど、辺境伯の次男で爵位を継げない僕には釣り合わない。
美少女で性格も良いレティは、最近では剣術スキルの腕も上げていると聞く。
きっと高位の貴族の跡継ぎに嫁ぐのだろう。
その後は自由時間になったので、祭りの屋台を見に行った。妹のソフィーも一緒だ。
屋台では農家が手作りしたジャムや素朴な人形などが売られている。
いろいろ見て歩くだけでも楽しいな。
焼いたソーセージをパンに挟んだものや揚げたドーナツなどを売っている屋台もあったから、買って食べながら歩いた。
買い食いなんてお行儀が悪いことは普段できないけれど、今日だけは大目に見てもらえる。
「うふふ、お兄様と一緒の外出は久しぶりです」
「そうだったかな。このところ、ソフィーも勉強が忙しそうだしね」
「そうなんですよ。お母さまは私には厳しいのです」
ソフィーと取りとめのない話をしながら歩く。
「あら、お兄様、あそこはたくさん人が集まっています。何を売っているのでしょうか?」
ソフィーの言うとおり、凄い人だかりの屋台があるな。
近づいていくと、目の覚めるような美少女が売り子をしている。
僕に気が付くと手を振って、周りの人に屋台を任せて駆け寄ってきた。
「お久しぶりです、ウィリアムさま!」
こんな美少女はそうそういるものではない。そう、それはオリヴィアだった。
「えへ、また来ちゃいました。私の予想どおりウィリアム様の小麦は豊作でしたね」
「お兄様、この方は一体?」
ソフィーが驚いて固まっている。無理もないな。
「この人は王都の大商会であるレバント商会の会頭の息子さんだよ」
「えっ! こんなに綺麗なのに息子さんなのですか?」
うんうん、驚くのはよく分かるよ。
「おや、そうですか。ウィリアム様は僕の正体を知ってしまったんですね。残念です」
父上から、オリヴィアの本当の名前はオリヴァーで、アレックスさんの息子だと聞いたときは、開いた口がふさがらなかった。
いつの頃からか女の子の格好が好きになり、また似合うものだから化粧まで覚えてしまい、オリヴァーの女性形であるオリヴィアを勝手に名乗っているらしい。
そういえば、オリヴィアと呼べばいいのかな、それともオリヴァーかな。
取り敢えず本人の意思を尊重してオリヴィアと呼ぼう。
オリヴィアの商才は秀でていて、女装趣味さえなければ良い跡継ぎなのにとアレックスさんは嘆いていたそうだ。
「まあ、ウィリアム様にはそろそろ本当のことをお話ししようと思っていました。
ソフィア様、そのような訳で僕は男ですから、お兄様をとったりしませんよ」
そう言ってにっこり微笑むオリヴィアはやはり美少女にしか見えず、ソフィーはあわあわしている。
最近すっかり賢そうになってきたソフィーのこんな姿は珍しい。
妹が小さかった頃を思い出すと、ちょっと懐かしい気分になるな。
「ところで、今は父が辺境伯閣下と商談中だと思いますが、ウィリアム様の新しい小麦は普通の小麦の倍額で売ることになると思います」
「えっ、そんな高値で売るの?」
「二倍でも安いくらいです。
雨が少ないのはこの地も同じですから、目端の利く貴族なら、フェアチャイルドの小麦は乾燥に強いと気付くでしょう。秋に蒔くために喜んで高値で買いますよ」
オリヴィアは美しい顔を寄せてきて囁いた。おかしいな、心臓がどきどきする。
オリヴィアは男だし、前世を含めれば結構長く生きてるはずなんだけど。
「性悪な父は冬になってから高値で売ることを考えていました。確かに冬まで待てば三倍でも四倍でも売れるでしょうが、それは下策というもの。フェアチャイルド家が恨みを買いかねません。
それに冬になる前に飢饉が迫ってきて、王家が介入してくるかもしれません」
凄いな。オリヴィアは短期的に利益を上げるんじゃなくて、長期的な視点で損得を冷静に計算している。
見た目が綺麗なだけじゃなくて、すごく頭が切れるようだ。
ただ、王家が介入してくるなんてことがあるのかな?
辺境伯領は名前のとおり王都から距離があるから、王家は遠い存在なんだけど。




