第17話 続く晴天
休みが来るまでは時間はゆっくり流れるのに、休みが始まると時間はあっという間に過ぎてしまう。
それはどの世界でも同じみたいだ。夏休みは終わり、兄上は王都の学園に戻って行った。
家の中が少し寂しくなるなあ。
このところ、まだ日中は暑いけれど、朝晩は涼しい風が吹いて、秋が感じられるようになった。
過ごしやすい季節になって嬉しい。
でも、どこかおかしい気がする。
どうしてだろうと思っていると、ソフィと館の廊下で会った。
「兄上、今日も良い天気で晴れていますね。」
「そうだね、ソフィ。」
ああそうか、と僕は納得した。
ソフィのお陰で、どうしておかしい気がしたのか分かった。
いつもなら夏の終わり頃から雨が降るのに、ずっと晴天が続き、雨が降っていないんだ。
数日後、朝食の席で珍しく父上が深刻な顔をしていた。
ぼうっと考え事をしながらフォークを動かしている。
「あなた、心ここにあらずという感じだわ。何か心配事があるのかしら?」
「ああ、済まない。夏が終わりそうなのに、ずっと晴れているだろう。このままだと種を蒔いても麦がちゃんと育たないと農民たちが心配しているんだ。」
やはり、雨が降らない影響があるんだな。
この国の主食は小麦で、秋に種を蒔いて初夏に収穫する。前世で冬小麦と呼ばれていたものと同じ品種みたいだ。
冬小麦が丈夫に育つには、土の中に十分な水分が必要だと聞いたことがある。
もちろん、これから雨が降り出せば問題ないのだけれど、不安は募る。
なぜかと言えば、去年も雨が少なかったからだ。
そのせいで、今年の小麦は不作だった。
父上は善政を敷いているから税は高くないけれど、それでも蓄えが十分にはない領民は少なくない。
もし二年続けて小麦が不作なら、きっと飢える者が出てくる。
お腹が空いたのを我慢するのはつらいものだ。
前世の記憶は曖昧になっているけれど、お腹が空いてつらかったことがあったように思う。
うちの領民には、のんびり穏やかな気質の人が多い。街に馬車で出かけると笑顔で手を振ってくれる。
領民たちが飢えて苦しむ姿は見たくない。
どうにかならないかな。
朝食後に自分の部屋に戻ってからも考え続けた。
生産スキルで旱魃対策をするなら、水路を引くか。
でも領内全体に水路を巡らすのは時間がかかり過ぎる。
それに雨が降らなくて川の水位も下がっているから、水路をひいて川から取る水を増やしたら、下流はもっと干上がってしまうだろう。
いいアイデアが浮かばないでいるうちに、ふと部屋の隅にある籠に目が止まった。
あの籠に入ってるのは確か、樹海で気になった不思議な植物だったはず。
籠から取り出してみると、普通の野草に見える。
でも鑑定してみると、『名もなき野草:乾燥に強い』という結果だった。
おお、この植物は乾燥に強い特性を持っている。
あのとき樹海で気になったのは、虫の知らせだったのかもしれない。
なんとか小麦にこの特性を付けられないかな。でも、ゆっくり品種改良している時間はない。
どうすれば乾燥に強い小麦を早く作れるんだろう、と思ったところでハッとした。
作る?
そうか、生産スキルだ。
生産スキルで新種の植物を作るのは聞いたことがないけれど、違う素材を組み合わせて家具を作るように、違う種類の植物の種も組み合わせられないかな。
家具と種とは全然違うものだし、無茶な考えかもしれないけど、とにかくやってみよう。
使用人に頼んで種麦を持ってきてもらった。
樹海の不思議な植物の実と並べて、集中する。
新しい植物を作りたいと念じて集中すると、生産スキルが発動した。
暖かい光が消えると、麦が残った。
うん、ともかくスキルが発動して、二つの植物を組み合わせることはできた。
ただし、鑑定してみると『冬小麦(新種):野性味がある』と出た。
新種の麦はできたけど野性味って何だろう?残念ながら乾燥に強い特性は引き継がれていない。
うーん、エリカ先生からはイメージが大切だと教わった。どんなふうにイメージすればいいのかな?
いろいろ試してみたけれど、結局、その日は乾燥に強い麦は作れなかった。